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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一九〇 二人の隊長


 前後を黒の爬神に挟まれ、万事休すとなるタヌ。


 焦りの感情が湧き起こってきて、胸を打つ鼓動が激しくなる。


 落ち着け・・・


 タヌは自分に言い聞かせる。


 感情に流されるな。感情を流すんだ・・・


 タヌは肩の力を抜く。


 ふぅーーーー。


 タヌは静かに長い息を吐き、焦りの感情を現れるがままに任せ、それを受け入れることなく流していく。


 すると焦りの感情は自然に流れ、そして消えていくのだった。


 ふぅーーーー。


 タヌは意識をその場の空気の中に溶け込ませる。


 感情が静まり、心臓の鼓動も穏やかなテンポを刻む。


 すーっと心の中が空っぽになると、二人の爬神の動きが意識の中に入ってくる。


「ギエエ!」


 前にいるギラス・ド・ギラスがタヌに斬りかかる。


 ブォン!


 タヌはゆらっと左に動いてそれを躱す。


「ギイエ!」


 タヌの動きを読んで、背後のガギラ・ド・ガギラも剣を繰り出した。


 ブォン!


 その太刀がタヌの肩に触れ、タヌの肩から血が滲む。


 タヌは肩の痛みの感覚に(とら)われない。


 ギラス・ド・ギラス、ガギラ・ド・ガギラから次々と剣が繰り出され、


 ブォン!ブォン!ブォン!ブォン!


 タヌは気の流れに身を任せ、ゆらゆらとそれを躱し続けた。


「舐めるな!」


 背後からガギラ・ド・ガギラがタヌに向かって剣を振り下ろす。


 ブォン!


 タヌはそれをすっと右に躱しながら後ろを振り向き、ガギラ・ド・ガギラの股下を滑るようにして潜ってその背後に回った。


「逃がすか!」


 ガギラ・ド・ガギラは振り向きながらタヌに向かって水平に剣を繰り出した。


 ブォン!


 タヌは咄嗟に後ろに跳ぶが、ガギラ・ド・ガギラの太刀は思いの外速く、


 ガシッ!


「くっ」


 タヌはそれを剣で受け止め、ガギラ・ド・ガギラの凄まじい力によって撥ね飛ばされてしまう。


 ドサッ!


 タヌは背中から地面に落ちるとすぐに体を起こし、片膝を突いて息を整える。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」


 くそっ、体がついてこない・・・


 黒の爬神二人を相手にするには、タヌの体は疲弊し過ぎていた。


 しかし、タヌが顔を上げるとそこには間違いなく二人の黒の爬神がいて、タヌはこの二人を倒さなければならないのだった。


「手こずらせやがって!」


 ギラス・ド・ギラスがそう叫びながらタヌに剣を振り上げたそのとき、


「タヌ!」


 どこからか呼ぶ声が聞こえた。


 それはどこか聞き覚えのある懐かしい声だった。


 エラス?・・・


 ブォン!


 ギラス・ド・ギラスの太刀を躱しながら、タヌが辺りに意識を向けると、


「僕が相手だ!」


 エラスがそう叫びながら、タヌの背後から飛び出して来て、ギラス・ド・ギラスに襲いかかった。


「なに!」


 ギラス・ド・ギラスはタヌしか見ていなかったため、突然現れた茶髪の霊兎に驚いた。


「うぉおおお!」


 エラスは雄叫びを上げながらギラス・ド・ギラスに斬りかかる。


 ガキンッ!


 ギラス・ド・ギラスは咄嗟にエラスの繰り出した太刀を払う。


「まだまだ!」


 エラスは横に飛ばされるが、着地するとすぐにギラス・ド・ギラスに跳びかかって太刀を繰り出した。


 ビュン!ビュン!ビュン!


 エラスはがむしゃらに太刀を繰り出した。


 勢いを失ったら、この黒の爬神に太刀打ちできないことがわかっているからだ。


 ガキンッ!ガキンッ!ガキンッ!


 ギラス・ド・ギラスはエラスの速い攻撃に驚き、防戦一方になる。


 なんだ、この霊兎は・・・


 エラスはギラス・ド・ギラスの背後に回りながら、


 バサッ!


 ギラス・ド・ギラスの腰の辺りを斬った。


 ギラス・ド・ギラスの皮膚が裂け、そこから血が流れ出す。


「小癪な!」


 ギラス・ド・ギラスは激怒し、エラスに襲いかかる。


 攻守が入れ替わり、


 ブオン!ブオン!ブオン!


 エラスはギラス・ド・ギラスの力任せの太刀を必死の思いで右に左に跳んで躱していく。


 ガギラ・ド・ガギラは突然現れた茶髪の霊兎に唖然とし、エラスとギラス・ド・ギラスの攻防を見つめているだけだった。


 それはほんの短い時間ではあったが、ガギラ・ド・ガギラが気を取られるほどに、エラスの動きにはキレがあった。


 そんなエラスの戦いっぷりに、タヌは驚いて目を丸くしていた。


 エラス?本当にあのエラス?・・・


 タヌが知っているエラスは武術の才能はあるけれど、そんなことにはまったく興味がなく、爬神教の教えを熱心に学ぶ生真面目な生徒でしかなかった。


 そんなエラスが今、目の前で黒の爬神と互角の戦いを繰り広げているのだ。


 今目の前にいるエラスは、タヌの知っているエラスではなかった。


 その顔つきがまったく違っていた。


 エラスの戦う姿に勇気づけられたタヌは、静かに呼吸を整え、改めて気を充実させる。


 絶対に倒してやる・・・


 タヌはそう決意を固め、剣を握り直した。


 すぅーーー。


 タヌは気を自分の中に取り込むように息を吸い、剣にその力を込める。


 ガギラ・ド・ガギラはそのタヌの気配に気づくと、


「お前は俺が相手をしてやる」


 そう言いながらタヌに向かって剣を振り上げた。


「うぉおおお!」


 エラスは雄叫びを上げながら素速い動きでギラス・ド・ギラスの背後に回ると、すぐさま跳び上がり、


 ビュン!


 その後頭部目がけて剣を振り下ろした。


「させるか!」


 ギラス・ド・ギラスは勢いよく後ろを振り向きながら、右手に持つ剣の柄頭をエラスの脇腹にぶつけた。


 ガンッ!


 エラスは弾き飛ばされ、


「うがっ!」


 悲鳴を上げて地面を転がった。


 エラスは仰向けに倒れ、脇腹の痛みにすぐには動けなかった。


 そのエラスの目には空が映っていて、空はどこまでも青かった。


「よく頑張った」


 エラスの頭の近くから声がし、ザッと耳元で土を踏む音がすると、空を見上げるエラスの視界に二人の霊兎の姿が入ってきた。


 一人は見覚えのある霊兎だった。


 その霊兎はエラスの顔を覗き込むようにして、


「ここからは任せろ」


 そう言って微笑んだ。


「ミカル様!」


 エラスは驚き、慌てて体を起こした。


「痛っ」


 エラスは痛みに顔をしかめる。


「お前の戦いぶりは見ていたぞ」


 ミカルはエラスを労るように声をかけると、ギラス・ド・ギラスの前に立って剣を構えた。


 もう一人の霊兎がエラスに声をかける。


「お前はタヌを守れ」


 ドゴレだった。


「はい」


 エラスは隊長服を着た黒髪の霊兎に素直に頷いた。


 ドゴレはミカルの横に立つと、同じく剣を構えた。


 この二人の護衛隊隊長の姿が、エラスには痺れるほど格好良く見えた。


「行けるか?」


 ミカルが声をかけると、


「行けるさ」


 ドゴレはそう応えて片頬に笑みを浮かべる。


 しかし、二人はすでに疲弊していた。


 それは広場で戦うすべての隊士たちにいえることだった。


 数的不利の中、体格、体力に優る神兵や蛮兵を相手にがむしゃらに戦えば、どんなに優れた兵士でも長くは戦えない。


 必死に戦えば戦うほど疲弊するのも早かった。


 護衛隊の隊長たちは、隊士たちを鼓舞するために誰よりも激しく戦ったため、それだけ体力の消耗も激しかった。


 ミカルやドゴレがそれでも戦えるのは、この戦いにかける彼らの〝想い〟の力に他ならない。


 ブォン!


 ガギラ・ド・ガギラの太刀を躱しながら、エラスに視線を向けたタヌの目に、ミカルとドゴレ、二人の姿が飛び込んできた。


「ミカル様!ドゴレ様!」


 タヌは大声で叫んでいた。


 久しぶりに見たミカルの姿に、タヌの胸が熱くなる。


「ギェエ!」


 ガギラ・ド・ガギラは怒りに任せてタヌに斬りかかるが、


 ブォン!


 タヌはそれをいとも簡単に躱した。


 ミカルはタヌと目が合うと、微かな笑みを浮かべ頷いた。


 大丈夫だ。


 タヌにはミカルがそう言っているような気がした。


「なんだ、貴様ら!」


 ギラス・ド・ギラスは突然現れた二人の霊兎に向かって怒鳴った。


 この二人がただの霊兎でないことは二人が纏うオーラでわかる。


「早くそいつらを始末しろ!」


 ガギラ・ド・ガギラはそう叫びながらタヌに向って太刀を繰り出し続け、


 ブォン!ブォン!ブォン!


 タヌはそれをゆらゆらと躱し続けた。


 ミカルはギラス・ド・ギラスの動きを捉えながら、


「ドゴレ、私がこいつを殺る。お前は向こうのを頼む」


 そうドゴレに囁いた。


「わかった」


 ドゴレが返事を返すと、ミカルはすぐにギラス・ド・ギラスに跳びかかった。


「うぉおお!」


 ビュン!


 ミカルはギラス・ド・ギラスに斬りかかるが、それはあくまでギラス・ド・ギラスの気を引くための攻撃だった。


 ガキッ!


 ギラス・ド・ギラスは軽くあしらうようにそれを払い、


「その程度か」


 ミカルの攻撃を鼻で笑う。


 ドゴレはギラス・ド・ギラスがミカルに気を取られている隙に、ガギラ・ド・ガギラに向かっていった。


 ガギラ・ド・ガギラは執拗にタヌに向かって剣を振り回していた。


 ブオン!ブオン!ブオン!


 タヌはそれをゆらゆらと揺れるような動きで躱している。


 そのしなやかな流れるような動きにドゴレは目を見張り、息を呑んだ。


 タヌ、お前は想像以上の男だ・・・


「ギイエエ!」


 ガギラ・ド・ガギラが喚きながらタヌに向かって剣を振り上げた。


 そこへ、


「うおおお!」


 背後からドゴレが斬りかかる。


 ガギラ・ド・ガギラは突然聞こえてきた雄叫びに振り返ると、


「ギエー!」


 背後に迫る黒髪の霊兎に向かって剣を繰り出した。


 ブオン!


 ドゴレはその太刀を仰け反るようにして躱すと、ガギラ・ド・ガギラの脇を()り抜け、


 ザザーッ!


 タヌの前に滑り込んだ。


 そして、ドゴレはタヌを(かば)うようにしてガギラ・ド・ガギラの前に立ち、剣を構えた。


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