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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一八四 秘密の相談


 クミコとの縁談のこともあり、ムサシはアジがウオチに残るものだとばかり思っていた。


 タケルからもトノジへはそう依頼していたはずだった。


 しかし、アジは遠征軍に参加することになり、それがアジの意志だということだった。


 それでアジがタケルと共に遠征軍を率いると決まったときは、ムサシもアジの意志を尊重することにし納得したが、トノジが迷いなくイスタル侵攻をセジに任せた、その態度に、その声音に、その眼差しに、ムサシは違和感を覚えたのだった。


「うん?」


 トノジは首を傾げる。


 それはトノジにとって既に片付いたことだった。


「理由があるのか」


 ムサシはそう言って眉間に皺を寄せる。


 そんなムサシに、


「この前も説明したはずだが、アジからどうしてもタケルと行動を共にしたいと頭を下げられたのだ」


 トノジは重々しい口調でそう答えた。


「そうか」


 ムサシはそう相槌を打ったものの、納得はしてはいなかった。


 できればクミコのためにもアジにはウオチに残ってもらい、イスタル侵攻に備えて治安部隊をまとめて欲しかった。


 タケルはそもそも勝つことがわかっている戦をしにいくわけだから、そのサポートならセジで十分なはずだった。


 トノジはムサシからこの質問が出たことを幸いに、ジベイ家の跡継ぎについて自らの考えを伝えた。


「実は・・・ジベイ家はアジではなく、セジに継がせようと思っている」


 トノジが真顔でそう告げると、ムサシはその言葉に驚いた。


「どういうことだ?」


 ムサシの目つきが鋭くなる。


 セジは二人の背後で緊張した面持ちでムサシの反応を窺っていた。


「アジは冷徹になれないところがある。つまり、情に流されてしまうということだ。それに比べ、セジはいつでも冷徹な判断ができる。ジベイ家に必要なのはその冷徹さだ」


 トノジは淡々と二人の違いを説明した。


 トノジのその説明に、セジは嬉しそうに笑みを浮かべる。


 しかし、アジがジベイ家を継ぐのが当然のことだし、アジの人柄や実力を認めているムサシにとってそれは納得できることではなかった。


「たしかにセジは常に冷静だし(すぐ)れていると思う。しかし、治安部隊を率いるには冷静さだけではダメだ。アジのように情があって、正しさを貫こうとする熱い人間でなければ務まらない。そんなアジをタケルが心から信頼しているのはお前も知っているだろう」


 ムサシはそう反論しアジを擁護した。


 そのムサシの言葉に、セジは悔しさで顔を歪める。


「アジはタケルからの信頼は厚いが、タケルを補佐するには冷静さに欠けている。タケルが感情に走ると、アジも一緒になって熱くなっている。これではいけない。本来ならタケルが感情的になっているときこそ、冷静になってタケルを落ち着けるのがジベイ家の人間の役割だというのに、アジにはそれができない」


 トノジはアジの情に流されるところが気に食わなかったし、セジの冷静さこそジベイ家の跡取りに相応しいと考えていた。


 トノジにそう力説されると、ムサシはそれに強く反論できなかった。


 トノジの言い分はそれはそれで正しいと思ったからだ。


「そういう見方も確かにできないこともないが・・・」


 ムサシはそう応えて難しい顔をするだけだった。


 トノジはそんなムサシに、ジベイ家の跡継ぎがセジである必要性を訴える。


「セジはタケルと見方が違うからこそ、タケルを支えるのにうってつけの人間なのだ。タケルの耳に痛いことを言える人間こそ、タケルのそばにいるべきだとは思わないか」


 トノジがダメ押しすると、


「それはそうだが・・・」


 ムサシはそう言って返事を濁した。


「テドウ家を支えるジベイ家の跡取りについては、私情を交えず冷静に判断したうえで、セジが相応しいと考えているのだ。とはいえ、ジベイ家の跡取りは跡取りとして、西地区治安部隊指揮官の任命は、ムサシ、お前が行うことだから、いずれ私が引退する際は是非、セジを私の後任の指揮官に任命するようお願いしたい」


 トノジはそう言ってムサシに頭を下げた。


 それを見守るセジは祈るような気持ちでムサシを見ていた。


 治安部隊の指揮官はジベイ家の当主が務めるのが慣例だ。


 いくらムサシに任命権があるとはいえ、慣例を破ってまでアジを指揮官に任命することは難しい。


「ジベイ家として、アジをどうするつもりだ」


 ムサシはアジの処遇を(たず)ねた。


 ムサシはアジという人間を高く評価している。だからこそ、クミコを他の元老家に嫁がせることなく、ジベイ家に嫁がせることを決めたのだ。いくらジベイ家の問題とはいえ、娘のクミコが嫁ぐ以上、アジの処遇はムサシにとって看過できないことだった。


「ジベイ家の家督を継ぐのがセジというだけで、アジはジベイ家を出て自分の家を構えればいい。治安部隊での仕事も頑張ってもらう。お前が言うように、アジは冷静さに欠けるが人望は厚いので、セジの下で治安部隊をまとめてもらおうと思っている。冷静なセジが指揮官としてタケルを戦略面で補佐し、アジが実行面でタケルを補佐すれば、西地区、そしてサムイコクは盤石になると思うが」


 トノジはアジの処遇について、今後の治安部隊の在り方も含めて提案した。


 トノジはきちんとアジの長所も理解した上で、すべてを判断していた。


「なるほど」


 それなら適材適所なのかも知れない・・・


 ムサシはそう思った。


 ムサシが納得して頷くと、このときとばかりにトノジは切り出した。


「そこで相談なのだが」


 トノジは真剣は眼差しでムサシを見る。


「相談?」


 ムサシが身構えると、トノジは少し考えるようにしてから、


「クミコのことだ」


 そうポツリと言う。


「クミコがどうしたんだ」


 ムサシは唐突にクミコの名前を出され怪訝な表情を浮かべる。


 嫌な予感がした。


「クミコをアジではなく、セジに嫁がせてもらえないか」


 案の定、トノジは耳を疑うようなことを言い出した。


 その言葉にムサシの顔色が変わる。


 二人の背後でセジの表情も緊張で強張った。


「どういうことだ?」


 ムサシは不機嫌にトノジを睨んだ。


 その想定内の反応に、トノジは動じることなく、


「これは家と家との婚姻だ。セジがジベイ家を継ぐ以上、当然ではないか」


 きっぱりとそう言い、セジとクミコとの婚姻を認めるよう迫った。


 ムサシはトノジから目を逸らし、窓外の景色遠くに視線を向けた。


「トノジ、お前の言っていることはよくわかる。しかし、私はクミコの気持ちを大切にしたい」


 ムサシはそう応えながら、アジとの縁談の話を聞いたときの、クミコの今まで見たこともないような喜びようを思い出していた。


 アジとの結婚をクミコがどれだけ心待ちにしているか、それを知っているムサシはそう簡単にトノジの申し出を受け入れるわけにはいかなかった。


 トノジはそんな甘い考えのムサシにため息をつく。


「人の感情なんて一時的なものだ。家と家との婚姻にクミコの気持ちだとか、アジの気持ちだとか、そんな感情的なものを持ち出すべきではない。それに、クミコならセジとも仲がいい。そんなに難しいことではないだろう」


 トノジはそう言ってムサシを説得するが、ムサシは難しい表情を変えなかった。


「それもわかるが、今ここで即答することはできない」


 ムサシは強い口調でそう応え、この場での回答を避けた。


 トノジもセジとクミコの縁談を、ムサシがすぐに受け入れるとは思っていなかった。


 無理に話を進めたら上手くいかなくなってしまうこともわかっている。


 今日はここまで話せたことで十分だ・・・


 トノジはそう判断し、


「それは当然だ。考えておいてくれ」


 そう言って笑顔をみせた。


 そのトノジの笑顔に、ムサシも肩の力を抜く。


「わかった。しかし、結論を急ぐことはないだろう。クミコの結婚については、すべてが終わってからだ」


 ムサシはそう言って結論を先延ばしにすることを伝えた。


 クミコにはアジが相応しい。


 ムサシはそう思っている。


 その気持ちが揺らぐことはなかったが、トノジの言うように、家と家との婚姻に私情を持ち込んではいけないのかも知れない、とも思うのだった。


 とにかく今はイスタル侵攻が優先だ。クミコの結婚についてはすべてが終わってからでいい・・・


 ムサシは宙を睨む。


「それはそうだ」


 トノジはムサシに同意し、セジに振り返った。


 セジは悔しそうな顔で(うつむ)いていた。


「セジ、ムサシに認められるように、イスタル侵攻の準備をしっかりと進めるんだぞ」


 トノジはそう声をかけてセジを励ました。


「はい」


 セジはトノジの目を見て返事をすると、すぐに目を伏せ、歯を食いしばって両手の拳を握り締めるのだった。


 その表情は、悔しさと失望の入り混じった複雑なものだった。


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