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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一八三 テドウ家の野心


 テドウ家の塔の三階にある執務室。


 ムサシは一人窓際に立ち、サイノ川の向こうに見えるイスタルの風景を眺めていた。


 いつもはただ穏やかに佇んで見えるイスタルが、今日はどこか緊張しているようにも見える。


 対岸の町はまだ静けさを保っているが、遠くに細く立ち上る煙が何本も見える。


 始まったか・・・


 ゴーゴイ山脈の向こう側にある都市、ラドリアで行われる服従の儀式に合わせて、イスタルでも護衛隊が蛮狼(ばんろう)族監視団を襲撃すると聞いている。


 対岸のムニム一帯はイスタルの市街地や監視団施設から離れているということもあって、戦闘が行われる気配はない。


 対岸遠くに立ち上る煙を見ながら、ムサシは思う。


 これは我々にとって千載一遇のチャンスだ・・・


 と。


 コン、コン・・・


 会議室の入り口のドアがノックされると、


「入れ」


 ムサシはドアに向かって声をかけた。


 ドアが開くと、トノジが入ってきた。


 その後ろにはセジの姿もある。


「始まったようだな」


 トノジはそう言いながらムサシの横に立った。


 セジは二人の後ろに立ち、二人の会話に耳を傾けながら窓外のイスタルに視線を向ける。


 ムサシは軽くトノジを一瞥(いちべつ)し、


「ああ。すでにいくつも煙が上がっている。蛮狼たちの慌てふためく姿が想像できるというものだ」


 と応えて口元に笑みを浮かべた。


「うまくいくと思うか」


 トノジは厳しい眼差しでイスタルに立ち上る煙を見つめた。


「監視団襲撃はうまくいくだろうな。蛮兵たちは油断しているだろうし、護衛隊は命懸けだ。護衛隊が失敗することはないだろう」


 ムサシは淡々と答える。


 ムサシの答えにトノジは納得し、


「たしかに。しかし兎人(とじん)も大胆なことをするものだ」


 そう言い、霊兎族の大胆な行動に半ば呆れ半ば感心するのだった。


 ムサシはそれに(うなず)き、


「我々烏人(うじん)には到底真似のできないことだ。我々はまずリスクを考える。考えるから慎重になる。慎重な人間に大胆なことはできないものだ」


 と、真顔で自らの考えを述べ、トノジを横目に見る。


「つまり、兎人は無謀ということか」


 トノジが表情を変えずにそう応えると、


「それだけ知能が低いということだ」


 ムサシは微かな笑みを浮かべ、視線を窓外の景色に戻した。


「下等な人種族は所詮、下等ということか」


 トノジは深く頷き、ムサシの意見に同意する。


「そういうことだ。だが、ときとして、世界を動かすのは知能の低い群衆の無謀さなのだ」


 ムサシはそう言うと、大きく息を吐いた。


 トノジはムサシのその言葉に反応した。


「ムサシ、お前は兎人がドラゴンを倒し、爬神様を滅ぼすことができると思っているのか」


 トノジは怪訝(けげん)な表情を浮かべムサシを見る。


「さぁな。兎人にそこまでの事ができるのか、それはわからない。ドラゴンが相手だからな。タケルから兎人が蜂起すると聞いたとき、私は正直なところ、これは兎人にとって勝つ見込みのない戦いだと思った。しかし、今ではちょっと違った見方をしているんだ。よくよく考えると、爬神様が霊兎族の都市で公開処刑を行ったということは、爬神様に危機感があったというじゃないだろうか。つまり、爬神様は兎人を恐れているということだ。爬神様が兎人を恐れているということが、兎人に勝機があることを示していると私は見ている」


 ムサシはそう答え、トノジはそれには同意できなかった。


「爬神様に不意打ちを食らわせることで、兎人が服従の儀式で勝利する可能性がないとはいえない。しかし、兎人にできることはそこまでだ。ドラゴンを倒すことはありえないし、リザド・シ・リザドにたどり着くことさえできないだろう」


 トノジはそう意見を述べ、口をへの字にして腕を組んだ。


 ムサシはトノジの堅物的な考え方に苦笑いしながら、


「まぁ、どちらにしろ、我々にとってこれは千載一遇のチャンスだということには変わりない」


 と、今の状況に対する見解を口にした。


「うん?」


 トノジには〝千載一遇のチャンス〟が何を意味しているのかわからなかった。


 公開処刑を回避することは、〝チャンス〟ではないからだ。


 トノジが首を傾げると、


「私の父デスケはずっとあのイスタルの土地を手に入れたいと願っていた。そして私もその意志を受け継ぎ、その機会を狙っていたのだ。それが叶うときが来た、ということだ」


 ムサシは真顔でそう告げ、デスケから続くテドウ家の野心を伝えた。


「どういうことだ」


 トノジは眉間に(しわ)を寄せムサシを見つめる。


 トノジもデスケがイスタルの土地を欲していたことは知っている。


 しかし、


 どういう理屈であのイスタルの土地が手に入れられるというのか・・・


 ムサシの話は飛躍しすぎているような気がした。


 気難しい顔をしているトノジに、ムサシは淡々と自らの考えを伝える。


「兎人が爬神様を滅ぼすことができようができまいが、兎人が服従の儀式で爬神軍に勝利し、リザド・シ・リザドに兵を進めてくれさえすれば、我々はあのイスタルの土地を手に入れられるということだ」


 ムサシがそこまで言うと、


「イスタルに侵攻するつもりか」


 トノジは驚き、聞き返していた。


「そうだ」


 ムサシはそれを認め、


「侵攻するタイミングはリザド・シ・リザドでの戦いの後だ」


 と、侵攻のタイミングを口にした。


 ムサシはすでにそこまで考えているということだ。


「兎人がリザド・シ・リザドに兵を送ったタイミングではないのか」


 トノジがその疑問を口にすると、


「それはまずいだろう。爬神様の許可なく勝手に兎人の土地に侵攻すれば爬神様の怒りを買うことになるからな」


 ムサシは即答し、


「なるほど」


 トノジは素直に納得した。


 今だって勝手に兎人の土地に侵攻しようものなら、爬神族によって国を滅ぼされてしまうからだ。


「侵攻するのはリザド・シ・リザドが陥落した後、もしくはタケルが爬神様を助け兎人を撃退した後、どちらかのタイミングになる」


 ムサシはきっぱりとそう告げた。


 リザド・シ・リザドが陥落した後なら、爬神様を気にせずイスタルに侵攻できるし、タケルが爬神軍を助け兎人を撃退した後なら、兎人を征伐するとの理由でイスタルに侵攻できる。


 ムサシのその考えに、


「うーむ。さすがはムサシだ。そこまで考えていたのか・・・」


 トノジは唸り、感心するのだった。


 二人の会話を黙って聞いていたセジも、ムサシの計画に驚きを隠せない。


「十年前、当時元老だった父デスケに、私がイスタルとの交流を進言したときから、その先にあったのは、あのイスタルの肥沃な土地を手に入れることだ」


 ムサシはしみじみと言う。


「頼もしいな」


 そう言って頼もしくムサシを見るトノジに、


「だからこそ、服従の儀式で兎人が勝利することを祈ろうではないか」


 ムサシは悪戯っぽくそう言い、


「そうだな」


 トノジはそう応え、口元に笑みを浮かべる。


 二人の視線の先にあるイスタルの風景。


 いくつも立ち上る煙。


 その先にある野心。


「兎人が儀式で勝利したら、いつでも侵攻できるように、治安部隊の準備を進めるように」


 ムサシは真顔で指示を出し、


「わかった」


 トノジも真顔で頷いた。


 イスタル侵攻。


 それは二人にとって、かつてない大きな仕事になる。


「この千載一遇のチャンスをものにすることが、我がサムイコクの行く末を決めるということを肝に銘じておいてくれ」


 ムサシがそう言うと、


「ムサシがそこまで考えたのなら、それを実現するのが私の仕事だ」


 トノジはそう返して胸を張る。


「ありがとう、トノジ」


 ムサシのその信頼の眼差しに、


「至急、侵攻作戦を練ることにする」


 トノジは自信に満ちた眼差しで力強く応えるのだった。


「任せたぞ」


 ムサシはそう言って穏やかな笑みを浮かべる。


「セジ、イスタル侵攻はお前の仕事だ。お前の実力を見せてみろ」


 トノジが後ろを振り向いてそう言うと、


「はい」


 セジはその大役に緊張し、顔を強張らせた。


 トノジがイスタル侵攻という大役をセジに任せたことに、ムサシは違和感を覚えた。


 たしかに、タケルとアジが遠征軍を率いてリザド・シ・リザドへ向かっている間に、残ったセジがその準備を進めるのは当然といえば当然なのかも知れないが、何か腑に落ちないものがあった。


「トノジ、お前に訊きたいことがあるのだが」


 ムサシはそう言って真顔になる。


「なんだ」


 トノジがムサシに視線を向けると、


「アジをウオチに残さず、セジを残した理由はなんだ」


 ムサシは率直にそれを訊いた。


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