一八〇 ギル
広場南口付近で爬神軍を相手に奮闘するラビッツの前に立ちはだかったのが、黒の爬神の三人、ギラス・ド・ギラス、グラゴ・ド・グラゴ、ガギラ・ド・ガギラ、そして赤の爬神ゴリキ・ド・ゴリキだった。
「霊兎ごときが我々爬神族に戦いを挑むとは身の程知らずな」
グラゴ・ド・グラゴはそう吐き捨てながら、右手で鷲掴みにした茜色のバンダナを腕に巻いた霊兎の頭を左手で掴み、
「ぎぃああああ!」
その悲鳴を心地よく聞きながら、
ブシャッ!
握り潰すのだった。
グラゴ・ド・グラゴは左手についた霊兎の肉片を舐め取り、
「よくも、テナリを!」
と叫びながら跳びかかってくる霊兎に、
「黙れ!」
と怒鳴り、右手に握った霊兎の体を投げつけ、
「キィエエエ!」
次々と茜色のバンダナを巻いた霊兎に襲いかかっていった。
ガギラ・ド・ガギラとギラス・ド・ギラスも同じだった。
この黒の爬神二人も茜色のバンダナを巻いた霊兎を見つけると、片っ端から襲っていった。
例えばガギラ・ド・ガギラは他の神兵と戦っている霊兎を素速く鷲掴みにし、
バキッ、バキバキッ・・・
「ぎぃあああ!」
断末魔の叫びを上げるその霊兎の顔をニヤニヤと見ながら、
ブシャ!
容赦なく握り潰した。
ギラス・ド・ギラスはなかなか掴むことができない茜色のバンダナを巻いた霊兎に、わざと隙をみせ、
「うぉおお!」
その霊兎が飛びかかって来た所を狙って素速くその足を掴み、頭上に振り上げてから思いっきり地面に叩きつけて殺した。
「ぎゃあ!」
バシャッ!
霊兎の頭が破裂すると、
「ちっ、勿体ないことをした」
ギラス・ド・ギラスは頭のない霊兎の体をポイッと投げ捨て、次の霊兎を探すのだった。
わぁあああああ!
ガキンッ!ガシッ!ガシッ!ガキンッ!
戦闘は佳境を迎えつつあった。
黒の爬神がラビッツの霊兎を狙って襲っている頃、赤の爬神と対決したのがギルだった。
「食らえ!」
押し寄せる神兵たちを相手にギルは体力を温存しつつ立ち向かい、
「ギィァ!」「ギアアッ!」「ギィアッ!」
一撃一殺で斬り倒していった。
しかし、神兵は次から次に現れ、襲いかかってくる。
「くそっ、キリがねぇ」
ギルにも疲労の色が見え始めていた。
そこにあるのは気力だけだった。
そのとき悲鳴が聞こえた。
「きゃぁ!」
声に振り向くと、そこにはキーナがいて赤の爬神に右足を掴まれ宙吊りにされていた。
ギルはすぐさまキーナの元へ向かった。
赤の爬神は明らかに他の爬神とは違う威圧感を放っていた。
それは黒の爬神とも違うどす黒いものだった。
「あいつ、タヌの女を殺した奴じゃないか・・・」
ギルは怒りの眼差しで赤の爬神、ゴリキ・ド・ゴリキを睨みつけた。
キーナは宙吊りになりながらも、ゴリキ・ド・ゴリキに剣を向け抵抗していた。
「キーナ!」
ギルはゴリキ・ド・ゴリキの背後で跳び上がり、その後頭部めがけて剣を振り下ろす。
「バカが!」
ゴリキ・ド・ゴリキはギルの気配に気づくと体を前に移動させつつ、振り向きざまに右手に握ったキーナの体を思いっきりギルに向かって突き出した。
「きゃああ!」
キーナを傷つける訳にはいかなかった。
ギルは咄嗟に剣を振り下ろすのをやめ、左肩を前に出すようにして体を捻り、キーナの体を背中で受け止めようとする。
「きゃっ!」
キーナの悲鳴が聞こえた。
ドンッ!
二人の体が激しくぶつかり、
「ぐあっ!」
ギルは弾き飛ばされた。
一瞬意識が飛び、
ダンッ!
ギルはうつ伏せに地面に叩きつけられた。
そこにゴリキ・ド・ゴリキが襲いかかる。
「ゴミが」
ゴリキ・ド・ゴリキはそう言ってギルを蹴り飛ばした。
ズドンッ!
「ぐあっ」
ギルは一度宙に浮いた後、
ダンッ!ゴロゴロ・・・
地面に叩きつけられ転がった。
「ぐっ・・・」
ギルはなんとか立ち上がろうとするが、全身の痛みに、すぐには立ち上がれなかった。
「きゃああああ!」
キーナの悲鳴が聞こえ、ギルは顔を上げる。
そのギルの目に映る光景は残酷なものだった。
ゴリキ・ド・ゴリキは頭上に高々とキーナを持ち上げると、抵抗するキーナを卑しく笑って見ながら、その右足を握る手に力を込める。
「やめろぉおおお!」
ギルは腹の底から叫んでいた。
バキッ!
「ぎゃぁ!」
キーナの足の骨が砕かれ、キーナはその手に握っていた剣を落としてしまう。
「ふふっ」
ゴリキ・ド・ゴリキは苦痛に歪むキーナの顔を嬉しそうに見ながら大きく口を開けると、ゆっくりとその中にキーナの頭を下ろしていった。
「ギル、逃げて!こいつは化け物だ!」
そう叫ぶキーナの目から、涙がこぼれていた。
「キーナ!」
お前・・・ここでキーナを救えなかったら・・・あっち行ったとき・・・ヒーナに顔向けできねぇだろ・・・
ギルは痛みを堪え、必死に立ち上がった。
「げぼっ」
ギルは口から血を吐き、それでもゴリキ・ド・ゴリキに向かっていった。
「やめろぉおお!」
ギルはゴリキ・ド・ゴリキに向かって跳び上がる。
「邪魔だ!」
ゴリキ・ド・ゴリキは一喝すると、
ガンッ!
裏拳で激しくギルを打ち払った。
「ぐはっ!」
ギルはゴリキ・ド・ゴリキに弾き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられる。
「キーナ・・・」
それでもギルは必死に立ち上がる。
「きゃぁああ!やだ、やだぁあああ!」
キーナの泣き叫ぶ声。
キーナはゴリキ・ド・ゴリキの口の中へ落ちていく。
「ヒーナ・・・ごめん・・・」
それがキーナの最期の言葉だった。
ゴリキ・ド・ゴリキは横目にギルを見て卑しく笑う。
そして、
「ぎぃああああ!」
キーナは絶叫し、
ガブッ!
ゴリキ・ド・ゴリキはキーナの頭部を食い千切ったのだった。
「きぃいいなぁああ!」
ギルの嘆きの声が虚しく響く。
バキッ、ボキボキッ・・・
ゴリキ・ド・ゴリキは美味そうにキーナの頭部を咀嚼すると、右手に握った体の部分をゴミを扱うようにポイッと投げ捨てた。
「てめぇ!」
ギルは怒りに体を震わせた。
ギルは痛みを忘れ、剣を構える。
「お前も私に食われたいか」
ゴリキ・ド・ゴリキはそう言ってニヤリと笑う。
「お前に食われるかよ」
ギルはそう言い返し、「ぺっ」と口の中の血を吐き出した。
「生意気な!」
ゴリキ・ド・ゴリキは突進し、右手を勢いよく突き出しギルを掴みにかかる。
ギルはそれを左に跳び退いて躱す。
ゴリキ・ド・ゴリキの右手が大きく空振りし、バランスを崩して背中を向けたところにギルは斬りかかった。
「うぉおお!」
ギルは最後の力を振り絞って跳び上がり、ゴリキ・ド・ゴリキの後頭部を狙う。
しかし、ゴリキ・ド・ゴリキはそれを許さなかった。
「バカが!」
ゴリキ・ド・ゴリキは空振りした反動を使って勢い良く右肘を突き出すようにして後ろを振り返りながら、そのまま右手の甲をギルにぶつけた。
ガンッ!
「ぐがっ!」
ゴリキ・ド・ゴリキはギルを弾き飛ばし、
ゴンッ!
ギルは頭から地面に叩きつけられ、その手から剣がこぼれ落ちた。
ゴリキ・ド・ゴリキはすぐさまギルにトドメを刺しに向かう。
ギルは朦朧とする意識の中、仰向けに倒れたまま剣を手探りで探すが、剣は手の届く場所にはなかった。
くそっ・・・
ゴリキ・ド・ゴリキはギルを目の前にして仁王立ちに立つと、ゆっくりと剣を抜いた。
「仲間を助けられなくて残念だったな・・・」
ゴリキ・ド・ゴリキは意識のはっきりしないギルを鼻で笑うと、右手に握る剣の切っ先を下に向けてその柄頭を握り、ゆっくりとそれを胸の高さに持ち上げた。
ギルは「ふぅー」と静かに息を吐き、覚悟を決める。
「死ね!」
ゴリキ・ド・ゴリキは剣を突き下ろし、
グサッ!
それはギルの腹に突き刺さった。
「げぼっ」
ギルの口から血が溢れ出す。
ヒーナ・・・
その最期の瞬間、ギルの目に浮かんだのは、ヒーナのどこか寂しげなあの笑顔だった。
「悔しいなぁ・・・」
ギルは声にならない声でそう呟くと、静かに目を閉じ絶命したのだった。
ゴリキ・ド・ゴリキはギルの腹に剣を突き立てたまま、ギルの頭を鷲掴みにして胴体から引き千切ると、そのまま口の中に放り込んだ。
バキッ、ボリボリ・・・
ゴリキ・ド・ゴリキはギルの頭部を味わうように咀嚼し、そしてゴクンッとそれを美味そうに飲み込むのだった。
「身の程知らずが・・・」
ゴリキ・ド・ゴリキはそう言いながらギルの腹から剣を抜くと、辺りを見渡し、激しく戦う銀色の霊兎に目をつけた。
ゴリキ・ド・ゴリキはニヤリと笑い、
「次はお前だ」
そう吐き捨てるように言い、銀色の霊兎、ラウルに向かって踏み出すのだった。