一七九 いつ鐘を鳴らすのか
第二陣の配置を終えたダレロは剣術の上級クラスの生徒であるキキアとルドスを連れ、教会堂に入り、突撃の鐘を鳴らすために鐘楼に登った。
ダレロが鐘楼に登ったときには既に激しい戦闘が繰り広げられていた。
わぁあああああ!
ガキンッ!ガシッ!ガシッ!ガキンッ!
雄叫びを上げ、神兵、蛮兵に立ち向かう護衛隊隊士たち。
局所局所では神兵、蛮兵に負けていないが、時間と共に戦況は護衛隊に不利になりつつあった。
キキアとルドスは初めて見る人と人とが殺し合う凄惨な光景に、言葉なく呆然としていた。
ドドドドド・・・
地響きがして、広場の南口に向かって恐ろしい数の神兵が突進してくる様子が目に飛び込んできた。
あれが待機していた六千の兵か・・・
ダレロは眉間に皺を寄せ、険しい顔になる。
新しく現れた神兵たちが広場に雪崩れ込んで来ると、疲れの見え始めていた隊士たちは圧倒されたが、それでも、必死にそれに抗っているのがわかる。
鐘楼からは「わぁあああ!」としか聞こえない隊士たちの雄叫びに、そしてその必死な姿に、ダレロは胸を打たれる。
自らの命を顧みず、ただひたすら霊兎族の明日のために戦うその姿。
彼らのひたむきな姿は、見る者の心を揺さぶらずにはいられない。
キキアとルドスはいつの間にかその目から涙を流していた。
霊兎族に生まれてよかった・・・
二人は生まれて初めてそう思えたのだった。
ダレロはじっと戦況を見つめる。
ここが勝負所だ。なんとか踏ん張ってくれ・・・
今すぐ飛び出していって戦闘に加わりたい気持ちを抑え、ダレロは冷静に第二陣の突入するタイミングを見定める。
わぁあああああ!
ガキンッ!ガシッ!ガシッ!ガキンッ!
戦闘は激しさを増していき、広場は血に染まってゆく。
ダレロの目に映る光景の中で、奮闘する隊士たちの姿は痛々しいまでにひた向きで、神々しいものだった。
「あ・・」
ダレロは繰り広げられる死闘の中に、偶然エラスの姿を見つけて驚いた。
マーヤと一緒に待機しているはずじゃ・・・
戦闘の中にあるエラスはダレロの知っているエラスではなかった。
その目は怒りで吊り上がり、憎しみに満ちた形相で神兵に立ち向かっていた。
ダレロは嫌な予感がした。
エラスが広場にいるということは、マーヤもいるということだ。
マーヤはどこだ・・・
ダレロは広場にマーヤの姿を探すが、いくら優れた五感能力を持っている霊兎族といえど、戦闘の混乱の中に一人の人間を見つけ出すのは難しかった。
頼む、無事でいてくれ・・・
ダレロにはマーヤの無事を祈ることしかできなかった。
そんなダレロの視界に飛び込んできたのは、広場の南口付近で戦う茜色のバンダナを巻いた霊兎たちの姿だった。
彼らは広場に雪崩れ込む神兵の勢いを殺すために奮闘していた。
あれがラビッツか・・・
ダレロにはそれがラビッツだとすぐにわかった。
茜色はラビッツの象徴だった。
茜色は血の色を意味し、血の色は命を捧げることを意味している。
そして今、まさにラビッツは命を懸けて爬神軍に立ち向かっているのだ。
その姿がどれだけ隊士たちに勇気を与えているだろうか。
頼んだぞ・・・
神兵六千が新たに広場に突入したことで、戦闘は広場南側を中心に行われ、そこで死闘が繰り広げられた。
そしてそこにラビッツがいて、獅子奮迅の活躍をみせているのだった。
ラビッツは爬神軍を止める必要はない。
勢いを削いでくれるだけでいい。
それだけで勝機は見えてくるはずだ。
ダレロは厳しい表情で戦況を見つめた。
体力に優る神兵や蛮兵はまだ衰えをみせていない。
護衛隊は劣勢だ。
広場には無数の屍が転がり、広場中央付近では隊士たちの数は大分少なくなっていた。
だが、その分スペースが生まれ、隊士たちは敵との間合いを取って体力の消耗を抑えながら戦うことができている。
たしかに、神兵、蛮兵に勢いはあるが、隊士たちだって負けてはいない・・・
ダレロには隊士たちが思った以上に踏ん張っているように見えた。
「ダレロ様、このままでは広場の護衛隊は全滅してしまいます。今すぐ第二陣を投入すべきではないでしょうか」
キキアが顔面蒼白の面持ちで訴えた。
鐘を鳴らす紐を握るルドスの目もそれを訴えている。
ダレロはキキアに振り返ると、
「全滅したって構わない」
穏やかに、それでいてきっぱりとそう告げたのだった。
その言葉に二人は驚いた。
「ど、どういうことですか」
キキアは驚きを隠せない表情でその真意を尋ねる。
「大事なのは広場の護衛隊の数ではない。敵の数だ。第二陣を投入するのは最大限にその効果を発揮できるときだ。今第二陣を投入したら、兵力に優る爬神軍と監視団に激しく抵抗され、第二陣の奮闘があったとしても、我々に勝ち目はないだろう。そうなれば、そこですべてが終わる。それは許されないことだ。我々は勝てるタイミングを待たなければならない。たとえ今広場で戦っている護衛隊が全滅しようとも、それはやむを得ないことだ」
ダレロはそう告げ、その非情とも思える言葉に、キキアは反論できなかった。
ダレロの言う通りだと思ったからだ。
キキアは自分の考えの浅はかさを恥じ、
「・・・」
言葉なく思い詰めた表情で俯くのだった。
「ルドス」
ダレロはルドスに声をかけた。
「は、はい」
ルドスは緊張で声を上ずらせる。
そんなルドスを落ち着かせるかのように、ダレロはその顔に笑みを浮かべた。
「お前が鐘を鳴らすときは、我々が勝利するときだ。お前の役割は重要だぞ」
ダレロがそう言ってルドスの肩に手を置くと、ルドスは覚悟を決めた眼差しで頷いた。
ダレロは広場に視線を戻し、戦況を見つめる。
ここは広場で戦う隊士たち、そしてラビッツの奮闘に賭けるしかない。
もう一踏ん張りだ。頑張ってくれ・・・
ダレロは祈るような気持ちでそのタイミングを待つのだった。