一七八 激戦の中の希望
カーン、カーン、カーン・・・
教会の鐘が鳴り、そして、
ギィアウォオー!
北西の空遠くからドラゴンの咆哮が聞こえてくると、東門からギラス・ド・ギラス、南門からグラゴ・ド・グラゴ、西門からガギラ・ド・ガギラはそれぞれが神兵二千を率いてラドリアの市街地に入った。
もともとこの三隊は市街地にいる霊兎を皆殺しにしながら、教会前広場に向かう予定であったが、市街地に住民の霊兎がいないことを不審に思った。
重ねて、ドラゴンが現れたらすぐに引き上げるはずのステラ・ゴ・ステラの乗る馬車も一向に現れない。
何かがおかしい。
三つの隊は中央広場で合流し、教会前広場の様子を窺いながら兵を進めた。
教会前広場では虐殺が始まっているはずだ。
しかし、教会前広場が近づくにつれ、そこから聞こえてくるのは剣と剣がぶつかる激しい音と、勇ましい雄叫びと悲鳴の声だった。
「やはり、おかしいぞ」
ガギラ・ド・ガギラが教会前広場の異変に気づき、
「急ごう」
グラゴ・ド・グラゴが目付きを鋭くすると、
「そうしよう」
ギラス・ド・ギラスがそう応じ、三人は六千の兵を引き連れ教会前広場へ急いだ。
教会前広場の様子が見えてくると、
「なんだこれは・・・」
ギラス・ド・ギラスは目を見張り、
「どういうことだ・・・」
グラゴ・ド・グラゴはその信じられない光景に息を呑む。
「・・・」
ガギラ・ド・ガギラに至っては唖然として言葉すら出なかった。
爬神族に従順なはずの霊兎が、彼らの目の前で神兵、蛮兵を相手に戦闘を繰り広げているのだ。
こんな馬鹿なことがあるのだろうか・・・
ギラス・ド・ギラスは我に返ると、
「霊兎を殺せぇええ!」
と叫びながら広場に突入したのだった。
ギラス・ド・ギラスの叫び声に我に返ったグラゴ・ド・グラゴとガギラ・ド・ガギラの二人も広場に突入し、それに続いて六千の神兵たちが雄叫びをあげながら一斉に広場に雪崩れ込んでいく。
「ギィエエエー!」「ギィエエエー!」
突入してきた神兵たちに、
「素手で戦え!」「霊兎は握り潰せ!」「剣は納めろ!」
広場で戦闘を繰り広げている神兵たちが口々にそう叫ぶ。
それを聞いた神兵たちは剣を収め、素手で隊士たちに襲いかかった。
「ぎゃぁあ!」「ぐああああ!」「ぎああああ!」
疲れの見え始めた隊士たちの断末魔の叫び声が響き渡る。
ゴリキ・ド・ゴリキは戦闘のただ中にあって、広場南口から雪崩れ込む神兵を見て安堵した。
「霊兎を皆殺しにせよ!」
ゴリキ・ド・ゴリキがそう叫ぶと、隊士たちの鬼気迫る戦いぶりに苦戦していた神兵たちも息を吹き返し、
「ギィエエエ!」
雄叫びを上げて隊士たちに襲いかかった。
援軍が広場に突入したことで、神兵たちの勢いが増した。
「ぎゃあ!」「うぎぁ!」「ぐぎゃっ!」
隊士たちが次々と神兵に掴まっていく。
ブシュ!ブシュ!ブシュ!
神兵たちは笑みを浮かべながら隊士たちの頭部を引き千切っていった。
ボリボリ・・・ムシャムシャ・・・
神兵たちは霊兎の頭部を食べ、体力を回復させていく。
広場の南から雪崩れ込む神兵の出現により、明らかに護衛隊は不利な状況に追い込まれていた。
ミカルは必死に戦いながら広場南側の状況を確認するが、思っていた以上の厳しい状況に絶望的な気持ちになる。
このままでは第二陣が投入されても形勢逆転は難しい・・・
ミカルはその絶望的な気持ちを振り払うかのように、遮二無二神兵を倒していった。
タヌは広場南口から雪崩れ込む神兵の勢いを見て危機感を覚えた。
ここで終わるわけにはいかない・・・
タヌは南口へ向かって移動する。
勢いのある神兵を止めなければ・・・・
広場南口から雪崩れ込む神兵を気にしていたラウルはタヌの動きに気づいた。
「タヌ!」
ラウルもすぐさまタヌの後を追う。
ギルもタヌの動きに気づき、
「俺も行くぜ!」
二人の後を追って南口に向かう。
「ギル、待て!わしも行くぞ!」
ギルの近くで戦っていたバケじぃもギルに続いた。
タヌ、ラウル、ギル、バケじぃが広場南口へ向かうと、それにグラン、パパン、キーナも続き、彼らの左腕に巻いた茜色のバンダナを追って、ラビッツの霊兎たち全員が雪崩れ込む神兵の勢いを止めるために南口へと向かったのだった。
茜色のラビッツが広場南口へ向かうのを見て、ミカルは祈るような気持ちになる。
頼むぞ、ラビッツ・・・
ラビッツが南口で爬神軍の勢いを止めている間に、できるだけ多くの敵兵を倒さなければならない・・・
ミカルはその思いで隊士たちを鼓舞し続けた。
隊士たちが相手にするのは神兵だけではない。
疲労により隊士たちの動きが悪くなると、力に勝る蛮兵たちに手こずるようになっていた。
「踏ん張れ!怯むな!」
ミカルはそう叫びながら、目の前の敵兵に向かっていった。
広場は血の匂いでむせ返っていた。
ドゴレは黒の爬神マウラ・ド・マウラを見つけると、
「イスタルのドゴレ、ここにあり!」
と叫びながら、剣を振り上げ向かっていった。
すると両脇から不意に蛮兵が現れ、
「うぉおおお!」「死ねええ!」
と叫びながら、ドゴレに斬りかかってきた。
「むん!」
バサッ!バサッ!
ドゴレが咄嗟に蛮兵を斬り捨てたところに、
「ギィエ!」
黒の爬神の手が伸びてきた。
「くそっ!」
ドゴレはその手から逃れようと横に跳ぶが、
ガッ!
と、ふくらはぎを掴まれてしまう。
「何くそ!」
ドゴレはふくらはぎを握る黒の爬神の手を斬りつけるがうまく力が込められない。
マウラ・ド・マウラはドゴレを顔の高さに持ち上げ、その口を大きく開けた。
その口の中に覗く牙。
牙と牙の間に見える肉片。
ダメか・・・
ドゴレが諦めたそのときだった。
ブスッ!
「ギイィアアア!」
マウラ・ド・マウラは突然悲鳴を上げると、反射的にドゴレを放り投げ、うつ伏せに倒れ絶命した。
ドゴレはマウラ・ド・マウラの手から離れると、受け身を取りながら地面を転がった。
「ドゴレ様、諦めるには早過ぎます」
起き上がろうとするドゴレの背中に誰かが声をかけた。
ドゴレが声に振り返ると、そこに黒緑色の霊兎がいた。
「よくもマウラ・ド・マウラ様を!」「貴様!」
その霊兎はそう叫んで襲いかかる神兵に向かって跳び上がると、
グサッ!
素速く眉間に剣を刺して一人を始末し、その神兵の肩を蹴ってさらに跳び上がると、
バサッ!
もう一人の神兵の眉間をあっという間に斬り裂いたのだった。
「ギイィ・・・」「ギィア・・・」
神兵は一人は仰向けに、もう一人は膝から崩れるようにして倒れ、絶命した。
その見事な剣さばき。
ドゴレの目に映る黒緑色の霊兎、それはアクだった。
それは信じられない光景だった。
ドゴレはアクが黒の爬神と神兵二人を迷いなく斬り殺したことに驚いていた。
アクはドラゴンを崇拝し、爬神族を崇めているはずの男だった。
だからこそ、アクは自分たちに立ちはだかる存在であって一緒に戦う存在ではないはずだった。
「戦いはこれからです。一緒に世界を変えましょう」
アクはそう言うと、
「うぉおおおお!」
雄叫びを上げながら、戦闘の混乱の中に消えていった。
「アク!」
ドゴレはアクの背中に向かって叫んでいた。
私も負けてはいられないな・・・
ドゴレもアクに負けじと敵兵に向かっていった。
不思議な事だが、アクが一緒に戦っていることで、ドゴレはこの戦いに勝てるのではないか、そんな気持ちになっていた。アクが仲間として共に戦っていることで、これは霊兎族が一丸となって戦っている戦いなのだ、そう思えたからである。
それはまさに霊兎族の存亡を賭けた戦いに相応しく、ドゴレは胸を熱くして剣を振る。
あのアクでさえ変わったのだ。世界が変えられないわけがない・・・
「まだまだ!」
そう叫びながら神兵を斬り倒すドゴレの顔は、希望に満ちたものだった。