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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一七四 人間の評価


 ここはひとまず収めなければ、そう思った。


「それは勿論わかっています。奉仕者解放のために爬神様を攻撃することはありません。あくまで奉仕者解放は、チャンスがあれば行うということです」


 タケルは落ち着いた態度でそう応え、


「お前のその言葉を信じているぞ」


 ミドリ・サイトはタケルの言葉を素直に受け入れた。


 そもそもタケルが奉仕者解放のために爬神族を攻撃するとは思っていないからだ。


 テドウ家の跡取りであるタケルが、奉仕者のために賢烏族全体を危険に(さら)すような、そんな愚かな真似をするはずがない。


 それが元老たちの共通認識だった。


 カクジ・サムラも納得して頷き、ケタロ・シナガは飄々とした感じでタケルに微笑んだ。


 一人、マモル・ハシトだけはタケルの言葉よりも、タケルの後ろでミドリ・サイトを睨みつけている茶髪の男の態度を気にした。


 茶髪の男は目の色も明るい茶色で、賢烏族ではあまり見かけない風貌をしている。


「そこの茶色い髪の男は何者だ」


 マモル・ハシトは厳しい口調でタケルに尋ねた。


 元老たちの視線がサスケに集まる。


 タケルはチラッとサスケに振り返ってからマモル・ハシトを見上げ、


「この男は西地区治安部隊で部隊長の職を務めているサスケという者です。大変優秀な男で、今回の遠征では、ここにいるアジ・ジベイと共に私を補佐してもらいます」


 そう淡々と答えるのだった。


 元老たちは当然のことながらアジのことは知っていて、アジがそこにいることには納得して頷いたが、サスケという男の醸し出す雰囲気とその鋭い目付きがこの神聖な場所に相応しくないことに気づいて嫌な顔をした。


「その者の家名はなんというのか」


 マモル・ハシトは眉間に(しわ)を寄せ、サスケの家名(姓)を尋ねた。


 マモル・ハシトのその厳しい眼差しと、タケルの返事に興味を示す他の元老たちの表情に、タケルはサスケをここに連れて来たことを後悔した。


「家名を聞いてどうするのでしょうか。遠征とこの者の家柄は関係ありません」


 タケルは強い態度で家名を答えることを拒絶した。


「ほぉ、なぜ答えられない?何か理由でもあるのか」


 マモル・ハシトは弱みを見つけた者の嫌らしい目付きでタケルを問い詰める。


「そ、それは・・・」


 タケルはどう答えればサスケを守れるのか必死に考えるが、良い答えが思いつかなかった。


 そのとき、


「ありません」


 サスケが自らの口できっぱりと答えたのだった。


 タケルはサスケに振り返り、サスケにそう返事をさせてしまったことに対する痛恨の表情を浮かべた。


 マモル・ハシトはサスケを一瞥(いちべつ)し、タケルに厳しい言葉を浴びせた。


「タケルよ、ここは神殿である。この神聖な場所に、家名を持たない卑しい人間を入れることは許されない」


 場が静まり返り、緊張感に包まれる。


 サスケにとって(さげす)みの眼差しは慣れっこだった。


 元老ともなれば、自分のような底辺の人間を、人間と思っていなくても不思議なことではなかった。そういう傲慢な人間たちに対する嫌悪感よりも、今はタケルに迷惑をかけたくないという思いの方が強かった。


 カクジ・サムラとミドリ・サイトも厳しい表情でサスケを睨みつけていた。


「まぁ、良いではないか」


 そう言って緊張を和らげたのはケタロ・シナガだった。


 ケタロ・シナガは南地区の人間が持つのんびりした性分そのものの男で、殺伐とした空気が好きではなかった。


「良くないぞ」


 マモル・ハシトはケタロ・シナガに言い返す。


 タケルはマモル・ハシトの口振りに沸々とした怒りを覚えた。


 サスケの隣で舞台上を見上げるアジも、元老たちの態度を許せなく思う。


 タケルは元老たちを見上げ、怒りの感情を抑えながら自らの考えを伝えた。


「私は家柄で人を選ぶことはありません。その者の人格と実力のみで人間を評価します。ここにいるサスケは立派な男で、だからこそ部隊長を任されているのです。このサスケという男は神殿に入るのに相応しい人間なのです。どうかそのことをご理解いただければと思います」


 タケルは言葉に力を込め、元老たちに理解を求めた。


 しかし、マモル・ハシトは露骨に嫌な顔をしてタケルを見下ろし、その不快感を示す。


 その表情はタケルの考えを強く否定するものだった。


「家柄とは血筋だ。お前は血筋の大切さをわかっていない。お前はテドウ家の血筋に生まれたからこそ、元老に相応しい人間なのだ。お前の人格で元老になるのではない。お前の血筋がお前を元老にするのだ。それがわかれば、私が言っていることの意味もわかるだろう」


 マモル・ハシトは厳しい口調でタケルを叱責した。


 マモル・ハシトの言っていることは間違っていないのかも知れない。たしかに、タケルがテドウ家に生まれていなければ、こうやって遠征隊を率いることもなかったわけだし、血筋がその者の社会的地位を決めてしまうことは否定できないだろう。


 しかし、それはあくまでこの社会においての役割でしかないはずだ。


 人間の本質はそんなところにはないはずだ。


 スラム街でサスケと出会ったとき、タケルは純粋にサスケという人間の魅力に惹かれた。


 その魅力にサスケの生まれなんて関係なかった。


 そして、タケルはタヌ、ラウル、ギルの三人と出会って確信したのだ。


 それは、人を魅了するのはその者の魂の輝きということだ。


 タケル自身、兎人(とじん)を下等な人種として蔑んでいた。


 そんな自分があの三人の魂と触れ合い、彼らの存在自体に魅了されたのだ。


 この体はただの肉の塊に過ぎない。


 肉の塊である人間を輝かせているのは、その人間に宿る魂の輝きだ。


 その魂の生き様だ。


「ハシト様、申し訳ございませんでした」


 タケルは穏やかな表情で謝罪し、深々と頭を下げた。


 それからサスケに振り返ると、元老たちに気づかれないように、舌をぺろっと出して笑ってみせるのだった。


 サスケは思わず吹き出しそうになるのを堪え、アジはそんなタケルを嬉しく思った。


 タケルらしいな・・・


 アジとサスケはそう思った。


「二度とこの者を神殿には入れません。私の認識が甘かったことを、心から謝罪いたします。申し訳ございませんでした。どうかお許しください」


 タケルが改めて謝罪し、元老たちに深々と頭を下げると、


「わかれば良いことだ」


 マモル・ハシトはそう応え、タケルに優しい笑みを返した。


 その場の空気が和むと、カクジ・サムラとミドリ・サイトは胸を()で下ろし、


「家柄ではなく実力で人を見るタケルだからこそ、賢烏族の命運をかけた遠征軍を率いることができるのだ」


 ケタロ・シナガはそんな風にタケルを評価し、優しく微笑むのだった。


 最後に、


「サムイコクの未来はお前の肩にかかっている。しっかり頼むぞ」


 元老たちを代表してカクジ・サムラがタケルを激励し、


「はい。遠征についてはご心配なく。賢烏族にとって最善の選択をさせていただきますので、爬神様から報復を受けるようなことは断じてございません」


 タケルは改めて元老たちの懸念を払拭し、元老院議事堂を後にしたのだった。


 議事堂を出ると、タケルはすぐにサスケに謝った。


「サスケ、すまなかった。あんな汚い場所にお前を連れて行ったのが間違いだった。お前の魂が汚れちまうところだった」


 タケルは心から謝罪し、後悔の念をその表情に表した。


 サスケはそれに笑って応える。


「タケル、お前が人格と実力のみで人間を評価するって断言してくれたときは、正直嬉しかったよ」


 サスケがそう言うと、


「それ以外に人を評価する基準はないと思うけど」


 タケルは当然といった風にそれに応えるのだった。


「それにしても、タケルが元老たちに気づかれないように舌を出したのは面白かったな」


 アジはそう言って笑う。


「あれには驚いた。思わず吹き出しそうになった」


 サスケもあの場面を思い出して笑う。


「話しても無駄(むだ)だと思ったから、あれは引き上げる合図のつもりだった」


 タケルがそう応えて気持ち良さそうに笑うと、


「タケルらしいな」


 アジはそう言ってタケルの尻をパンッと叩いた。


「下らない奴らに対するせめてもの反抗だ」


 タケルは尻の痛みを心地よく感じながら、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


 そんなタケルの笑顔に、サスケはタケルの懐の深さ、人間としての大きさを見ていた。いつかタケルが元老の地位に就いたとき、サムイコクがどう変わるか楽しみだと思った。


 今回の遠征でタケルを死なせるわけにはいかない。どんなことがあってもタケルを守ってみせる・・・


 サスケはそう心に誓うのだった。


「今頃ラドリアでは戦闘が始まってるんだろうな」


 アジがそう言いながら西の空を見上げると、


「あいつらなら間違いなくやってくれるだろう」


 タケルは不安のない眼差しで西の空に目をやり、


「タヌ、ラウル、ギル、あいつらに出会えて本当に良かった・・・」


 サスケは西の空に向かってしみじみとそう呟くのだった。


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