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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一七三 元老院への挨拶


 セントラル地区の北の外れにある草原に、サムイコク各地区の遠征隊が集結していて、出発の準備に忙しくしていた。


 今回の遠征では投石機や弩弓など、賢烏(けんう)族の技術力を活かした大型の武器も投入されるため、現地で組み立てるための部品に欠損がないよう入念なチェックも行われた。


 隊士たちが準備を進めている間、タケルはアジとサスケを連れ、セントラルの中心にある元老院議事堂に向かった。


 元老たちへ遠征に先立っての挨拶をするのが目的だが、遠征に(いま)だ懐疑的だと思われる元老たちに、タケルは改めて遠征の意義を理解してもらうつもりだった。


 今回の遠征については父ムサシから元老たちへ説明がなされたのだが、元老たちはムサシに説得されたのであり、遠征に喜んで賛成したのではなかった。


 それも無理もないことではある。


 下手をすれば爬神族に滅ぼされるかもしれないのだから、いくら状況に応じて霊兎族の方を攻めると言われても、遠征などというものは危険な賭けでしかなかった。


 さらに、ムサシから伝えられたところによると、元老たちのほとんどが、爬神軍による公開処刑を現実の問題として受け止めていないし、リザド・シ・リザドにいる奉仕者たちが神兵に食べられていることも意に介していないという。


 だからこそ、タケルは改めて自分の言葉で、元老たちに遠征の意義を説明しようと思うのだ。


「俺が一緒に行ってもいいのか?」


 サスケが訊くと、


「もちろん」


 タケルはあっさりと答え、


「サスケ、何を気にしてるんだ?」


 アジはサスケに首を傾げてみせる。


 サスケが気にしているのは自分の生まれだった。


 元老に面会が許されているのは高い地位にある由緒ある家柄の者だけだった。


 タケルやアジはその由緒ある家柄の出だから気にならないかも知れないが、サスケは貧しいスラム街で生まれ、常に蔑まれる側の人間だったから、元老に面会するのは正直気が引けるのだ。それに、上流階級にいる者が社会の底辺にいる者たちをどれだけ軽蔑(けいべつ)するものなのか、サスケは子供の頃から嫌になるほど思い知らされて来たし、その屈辱感はそれを味わった者にしかわからないものだった。


 家柄とか血筋とか、そんなもので人間を差別する者たちに対する嫌悪感。


 自分がタケルと一緒にいることで、タケルの〝格〟に傷がつくのではないかという懸念。


 そんなものがあって、サスケの足取りは自然重くなるのだった。


「まぁ、元老に面会するなんて、俺にとっては違和感しかないから」


 サスケはそう応えてバツが悪そうに笑う。


「サスケは自由人だからな」


 タケルは涼しい顔でサスケの言い訳に納得し、


「たしかに元老院なんてわざわざ行く場所じゃないな」


 アジもサスケの言い分に理解を示した。


 サスケにとってタケルとアジは特別な存在だった。二人は生まれで人を評価することはないし、自分という人間を認め、心からの友情を持って付き合ってくれる大切な存在だった。


 なにより、サスケを治安部隊に誘ってくれたのがタケルとアジだった。


 二人の力があったからこそ、サスケは治安部隊で正当な評価を受け、部隊を一つ任されるまでになったのだ。


 三人は元老院議事堂に入ると、肩を並べて大理石が敷き詰められた広間を奥へと進んだ。


 広間はひんやりとしていて、三人の歩く靴の音が神殿内に響いていた。


 元老たちはすでにいて、広間奥にある〝議論の間〟で車座になって会議をしていた。


 議論の間は儀式の際には楽器を演奏する舞台として使われるものだ。


「サムラ様、ハシト様、シナガ様、サイト様、お久しぶりです」


 タケルは舞台の下から議論の間にいる元老たちに挨拶をし、頭を下げた。


 タケルの後ろに並んで立つアジとサスケも元老たちに向かって頭を下げる。


 舞台上で車座になっていた元老たちは舞台の縁へ移動すると、横並びに胡座(あぐら)をかいて座り直し、三人を見下ろした。


 セントラル地区元老カクジ・サムラを真ん中にして、その右に東地区元老のマモル・ハシト、南地区元老のケタロ・シナガの二人が座り、北地区元老のミドリ・サイトがその左に座った。


「よく来たな」


 カクジ・サムラが声をかけると、タケルは改めて頭を下げる。


「今回の遠征についてムサシから説明を受けたが、爬神様による公開処刑を回避するため、ということで間違いないか」


 カクジ・サムラの威厳のある声が神殿内に響く。


「間違いありません」


 タケルはきっぱりと答える。


 カクジ・サムラは軽く両隣の元老たちに目配せをしてから、


「しかし場合によっては爬神様を攻撃することもあると聞いているが・・・」


 そう言って厳しい顔をした。


 おそらく、タケルが来る前にそのことを話し合っていたのだろう。


 タケルにとって元老たちのその懸念は織り込み済みだった。


 タケルは舞台上に座る元老たちを見上げながら、


「あくまでそれは霊兎族がドラゴンを倒した場合です」


 と、明確に自らの方針を伝えた。


 タケルのその言葉に元老たちの表情が心なしか柔らかくなったように見えた。


「我々の懸念は一つだけだ。今回の遠征が原因で爬神様から報復されないか、ということだが、その心配はないということだな」


 カクジ・サムラがそう念を押すと、タケルはしっかりとその目を見て頷いた。


「はい。心配はいりません。今回の遠征に失敗はないからです。状況によっては何もせずに引き上げてきます」


 タケルは堂々と答えて胸を張った。


 タケルの〝何もせず引き上げる〟という言葉は、元老たちを安心させた。


 それは危険は犯さないと宣言しているに等しいからだ。


「そうか、それならば安心だ」


 カクジ・サムラはそう言って喜んだ。


「いかなる状況においても、賢烏族にとって悪い結果にはなりません」


 タケルは自信に満ちた表情でそう告げる。


 しかし、タケルの本心はといえば、タヌ、ラウル、ギルの三人と共にリザド・シ・リザドを攻め滅ぼすつもりだし、そこに(とら)われている奉仕者たちを解放するつもりだ。


 だからこそ、ラビッツが服従の儀式で爬神軍に勝利し、ドラゴンを倒すことを願っているのだ。


 あいつらなら、必ず成し遂げるはずだ・・・


 タケルはそれを信じて疑わない。


 この戦いは、爬神族が支配するこの世界を終わらせるための戦いだ。


 タケルはそこに自分の生きる意味を見出していた。


 それが正しいことなら、そこに辿り着くための道を探るべきである。


 タケルは遠征軍指揮官としての判断は正しく行うつもりでいるが、その正しさはあくまで爬神族を滅ぼすことにあるのだった。


 そんなタケルの心の内を元老たちは知る由もない。


「うむ」


 カクジ・サムラが頷くと、マモル・ハシト、ケタロ・シナガ、ミドリ・サイトも納得して頷いた。


 その元老たちの表情を見て、タケルは本心をぶつけてみることにした。


 タケルは遠征に発つ前に、元老たちの考えを自分の耳でちゃんと聞いておきたかった。


「今回の遠征では、できることなら、忠誠の儀式で提供された奉仕者たちを解放したいと思っています」


 タケルは真顔でそう告げ、元老たちの反応を見る。


 タケルとしては、そこに共感して欲しかった。


 サムイコクを治める元老たちだからこそ、奉仕者たちが神兵に食べられているということに、胸を痛めていて欲しかった。


 タケルのその発言に、元老たちの顔が険しくなる。


「奉仕者か・・・」


 カクジ・サムラはそう呟くだけだった。


 その隣に座るミドリ・サイトは不機嫌にタケルを見下ろし、


「奉仕者の解放のために、爬神様を攻撃するようなバカな真似をしてはならないぞ。そもそも奉仕者に志願するのは、信仰心に狂った者と卑しい貧乏人と決まっている。だから無理をして救い出すことはない」


 と、厳しく注意を与えた。


 その言葉にサスケの表情は強張り、無意識にミドリ・サイトを睨みつけていた。


 タケルは奉仕者の話を持ち出したことを後悔した。


 まさかここまで(ひど)い言い方をされるとは思ってもみなかった。


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