一七二 トマスの涙
精鋭養成所施設内はいつもと変わらず穏やかだった。
トマスは中庭の森でいつものようにレレと泥団子を作って遊んでいた。
ギィアウォオー!
突然、得体の知れない動物の鳴き声が聞こえてきた。
「なんだ?」
トマスは空を見上げるが、何も見えない。
ギィアウォオー!
動物の声は大きくなり、広場の方でどよめきが起こる。
ドラゴンの姿は中庭の森の木々が邪魔をして、トマスやレレには見えなかった。
「トマス、怖いね」
レレは広場の方を見て、怯えた表情をみせる。
ギィアウォオー!
「ドラゴンが来てるのかも」
トマスはそう応えた。
「ドラゴン?」
レレは目を丸くする。
ドラゴンのことは知っているけど、まさかドラゴンがこんな所に来るなんて信じられない。
「うん、ドラゴン」
トマスはそう答えると、広場の騒々しさには興味を示さず、ニコニコと泥団子を丸め始めた。
「トマスは怖くないの?」
平然としているトマスにレレは首を傾げる。
「ドラゴン?わっかりーませーん」
トマスは明るく答え、白目をむいて「ニッヒッヒッ」と笑う。
「ぷっ」
そんなトマスにレレは思わず吹き出してしまうのだった。
「それより、どっちがキレイな団子作れるか勝負だよ」
トマスはそう言って、泥団子の表面のでこぼこを均しはじめる。
「うん」
レレもトマスの泥団子がキレイに丸くなっていくのを見て、負けじと自分の泥団子を両手で包むようにしてクルクルと回し、表面を均していった。
しばらく泥団子に熱中していると、突然、トマスの目から涙がこぼれ出した。
「トマス?」
レレが驚いて声をかける。
「うわぁああん!」
トマスは突然声を上げて泣いた。
「どうしたの?」
わけがわからないレレは心配そうにトマスを見、
「マーヤがぁああ」
トマスは顔をクシャクシャにして泣くのだった。
「マーヤがどうしたの?」
レレが尋ねると、
「マーヤが死んじゃったぁああああ」
トマスはそう叫んで泣きじゃくった。
「うわぁあああん!」
その時まさに、ゴリキ・ド・ゴリキの手によって、マーヤの頭部がその体から引き千切られていたのだった。