一七一 ゴリキ・ド・ゴリキの驚愕
セザル・ド・セザルの繰り出す太刀が、赤褐色の霊兎に掠りもしない。
ゴリキ・ド・ゴリキは信じられない光景を目の当たりにし、呆気に取られていた。
この赤褐色の霊兎は一体何者だ・・・
その姿に、ゴリキ・ド・ゴリキの脳裏にいつかの記憶が蘇る。
「こいつは・・・」
ゴリキ・ド・ゴリキの目に映るのは、ラドリアの惨劇のあの赤褐色の霊兎の姿だった。
「こいつが、あのときの霊兎の子供か・・・」
ゴリキ・ド・ゴリキの目つきが変わる。
ゴリキ・ド・ゴリキはラドリアの惨劇で味わわされた屈辱を忘れてはいなかった。
そして、ふと気づいた。
セザル・ド・セザルを相手にしない赤褐色の霊兎の身ごなし、その戦いぶりに、舞台の向こう側でドラゴンに怯えていた護衛隊の目つきが変わっていることに。
「まさか・・・」
ゴリキ・ド・ゴリキは従順な霊兎族を虐殺しに来たのである。
しかし、殺されるはずの霊兎たちの顔つきは戦う者の顔つきだった。
ゴリキ・ド・ゴリキは咄嗟に広場を引き上げるステラ・ゴ・ステラに振り返る。
ステラ・ゴ・ステラはゆったりとした、いかにも高位にある爬神官らしい足取りで従者を引き連れ馬車へと向かっていた。
「まずい・・・」
ゴリキ・ド・ゴリキの顔に焦りの色が浮かぶ。
ステラ・ゴ・ステラ様が馬車に乗るまでは動けない・・・
ゴリキ・ド・ゴリキは整列する神兵たちを見渡し、
「攻撃に備えよ!しかし、私が号令を出すまで動いてはならない!」
そう叫んでいた。
ブォン!!ブォン!!ブォン!!
セザル・ド・セザルがどんなにムキになっても、その太刀は赤褐色の霊兎に掠りもしなかった。
そして、広場の視線がセザル・ド・セザルと赤褐色の霊兎に集まる中、東西に伸びる舞台の両端から茜色のバンダナを左腕に巻いた霊兎たちが現れ、舞台の上に勇ましく立ち並んだのだった。
その恐れを知らぬ態度。
生意気な・・・
ゴリキ・ド・ゴリキの目に怒りの色が浮かぶ。
だが、ステラ・ゴ・ステラはまだ馬車に到着しない。
「ギィェエエエ!」
セザル・ド・セザルが絶叫しながら斬りかかると、赤褐色の霊兎は目にも留まらぬ速さでセザル・ド・セザルの頭上に跳び上がり、剣を一閃、その眉間に向かって振り抜いた。
バサッ!
「ギ、ギエ・・・」
セザル・ド・セザルは倒れ、眉間から流れる血で顔を赤く染めながら絶命した。
ステラ・ゴ・ステラ様、早く・・・
ゴリキ・ド・ゴリキは心の中で祈る。
神兵たちは舞台上に立ち並ぶ霊兎たちを殺気立った眼差しで睨み、ゴリキ・ド・ゴリキからの号令を今か今かと待っていた。
赤褐色の霊兎は空に向かって咆哮した。
「うぉおおおおおお!」
そのとき、ゴリキ・ド・ゴリキは上空を一本の矢が勢いよく飛んでくることに気づいた。
「なにっ!」
ゴリキ・ド・ゴリキは矢の飛ぶ先を追う。
「おおおーー!」
舞台に立ち並ぶ霊兎たちが天に向かって剣を突き上げ雄叫びを上げる。
ゴリキ・ド・ゴリキの頭上を越えて飛んでいった矢はステラ・ゴ・ステラへ向かっていく。
「ステラ・ド・ステラ様!」
ゴリキ・ド・ゴリキはそう叫びながら駆け出していた。
しかし、矢は勢いを失わぬまま、
ブスッ!
通路を引き上げるステラ・ゴ・ステラの後頭部に突き刺さったのだった。
それはあり得ない光景だった。
あってはならない光景だった。
ゴリキ・ド・ゴリキは驚愕し、
「ステラ・ゴ・ステラ様!」
と叫んでいた。
ゴリキ・ド・ゴリキがステラ・ゴ・ステラの元にたどり着いたときにはすでに絶命していた。
「誰が・・・」
ゴリキ・ド・ゴリキは後ろを振り返り、犯人を探して矢の飛んで来た方向を見、そこに弓を握るコンクリの姿を見つけたのだった。
「コンクリ、よくも・・・」
ゴリキ・ド・ゴリキは怒りに震え、コンクリを睨みつける。
「おおおーー!」
広場の護衛隊が舞台の霊兎に呼応するように一斉に雄叫びを上げ、剣を抜いて天に突き上げた。
神兵たちはその様子を殺気だった目で睨み、ゴリキ・ド・ゴリキからの命令がないことに苛立っていた。
ゴリキ・ド・ゴリキの目が激しい怒りのために吊り上がる。
おのれ・・・
ゴリキ・ド・ゴリキは剣を抜いて天に突き上げると、
「霊兎を殺せぇええ!!」
と叫び、爬神軍に突撃の号令をかけた。
「ギィエエエ!」
神兵たちは雄叫びを上げながら剣を抜き、向かってくる霊兎どもにぶつかっていく。
ガシャッ!ガシャッ!ガシャッ!
剣と剣がぶつかる音が広場中に響き渡り、戦闘が始まった。