一六一 友情
カーン、カーン、カーン・・・
教会の鐘の音に合わせるように、生贄の柩はゆっくりと広場中央へ向かって運ばれていく。
「じじぃ、そのバンダナ似合わねぇな」
ギルは茜色のバンダナを左腕に巻くバケじぃを見て笑う。
「黙れ」
バケじぃは不機嫌にそっぽを向く。
「緊張感ないなぁ」
パパンはそんな二人に呆れて苦笑いする。
茜色のバンダナはラビッツの証だった。
—この茜色のバンダナは、誇りなき霊兎族が今まで無駄に流した血と、霊兎族の誇りを取り戻すためにこれから我々が流す血を表している。この茜色のバンダナを腕に巻いて戦う我々ラビッツの姿は、必ずや、護衛隊の隊士たちを奮い立たせることになるじゃろう。
バケじぃはバンダナの茜色についてそう説明し、服従の儀式に向かうラビッツの霊兎たちを奮い立たせたのだった。
「ヒーナ、私たちを見守ってね・・・」
ギルの後ろでキーナがそう呟いた。
そのキーナの手にはヒーナの形見の剣が握られている。
「ヒーナは俺たちと一緒に戦うさ」
ギルがキーナに振り返ってそう声をかけると、
「うん」
キーナは目を潤ませ頷くのだった。
「ギルの言う通りじゃ。ヒーナはわしらと共に戦う。ヒーナは今でもラビッツの大切な仲間じゃからな」
バケじぃはしみじみと言い、
「じじぃ、死ぬなよ」
ギルはそう言って片頬に笑みを浮かべる。
「お前こそ、死ぬんじゃないぞ」
バケじぃは真顔でそう返すと、広場に視線を戻した。
広場の東、三階建て建物の屋上には、バケじぃ、パパン、ギル、キーナの四人がいて、そこから広場の様子を窺っていた。
カーン、カーン、カーン・・・
生贄の柩が広場中央にある台の上に置かれた。
教会の鐘の音が鳴りやみ広場に静けさが訪れると、生贄の柩を囲んで爬神族を称える舞が披露された。
トン・トン・トトン・トン・トン・・・
ピィ〜・ピピ・ピィ〜・ピ・ヒョロヒョロロ〜・・・
音楽に合わせ生贄の柩の周りを舞う踊り子たちの姿は晴天の青空の下優雅で美しい。
そのときだった。
ギィアウォオー!
北西の空遠くから、得体の知れない生き物の咆哮らしき鳴き声が聞こえてきた。
「なんじゃ?」
バケじぃは北西の空を見上げる。
ギル、パパン、キーナも耳を澄ませて北西の空に視線を向けた。
ギィアウォオー!
四人の目に映ったのは、黒錆色の巨大な生き物が広場に向かって飛んでくる姿だった。
「ドラゴン・・・」
バケじぃはそう声を漏らし、
「げっ」
ギルは目を丸くした。
その隣でパパンは顔を強張らせ、キーナはドラゴンを怖がってパパンの背中にしがみつく。
ギィアウォオー!
三つ目の巨大なドラゴンは広場上空を旋回した。
ざわざわ・・・
隊士たちは狼狽え、広場がざわついた。
「まずいぞ」
バケじぃは想定外の事態に危機感を覚え、険しい表情で広場の隊士たちの様子に目を凝らした。
「一体どうなってるんだ・・・」
ギルが動揺すると、
「落ち着け!」
バケじぃは厳しい口調でギルを叱り、睨みつけた。
バケじぃのその動じない眼差しに、ギルは無言で頷き、すぐに落ち着きを取り戻す。
ギィアウォオー!
ざわざわ・・・
爬神軍の列から二人の神兵が歩み出て、生贄の柩の両脇に立って空を見上げた。
「そうか、そういうことか・・・」
バケじぃは独り言のように呟き、ギル、パパン、キーナに振り向くと、
「ドラゴンは生贄の柩を狙っておる。ドラゴンによって柩が持ち去られるのを待って、爬神軍は護衛隊に襲いかかるつもりじゃ」
眉間に皺を寄せた険しい表情でそう告げたのだった。
それを聞いてギルの顔色が変わる。
ドラゴンが生贄の柩を狙っているとしたら、それを阻止することは難しい。
ラウル・・・
ギルは広場の反対側の建物に目を凝らし、そこにいるはずのラウルを想った。
「バケじぃ突撃しよう!」
ギルはそう訴えていた。
「まだじゃ!」
バケじぃはギルを一喝する。
「生贄の柩が奪われちまうだろ!」
ギルがそう主張しても、
「まだじゃ!」
バケじぃはそれを許さなかった。
バケじぃの反論を許さない厳しい眼差しに、ギルはそれ以上何も言えなかった。
私情を優先して大局を見失ってはならない・・・
それがバケじぃの教えだった。
「バケじぃ、俺たちはどうすればいいんだ?」
パパンが尋ねると、
「護衛隊次第じゃ。我々は護衛隊の出方を待って判断するしかない」
バケじぃは思い詰めた表情でそう答え、広場に視線を戻した。
ギィアウォオー!
ざわざわ・・・
生贄の柩の両脇に立つ二人の神兵が生贄の柩に手を伸ばした、そのときだった。
広場を見つめるバケじぃの目に、生贄の柩に向かって飛び出す一人の隊士の姿が飛び込んで来た。
そして、首を傾げるバケじぃの視線の先で、その白髪の隊士は目にも留まらぬ速さで二人の神兵を斬り倒したのだった。
「なんと!」
バケじぃは驚きの声を上げ、それを見ていたギル、パパン、キーナも信じられない光景に唖然とした。
その白髪の隊士の姿にバケじぃは心を打たれる。
鬼気迫るその姿。その剣さばきは見事としか言いようがない。
しかしそのあまりにも無謀な行動に神兵たちがどう反応するか、バケじぃはそれを懸念した。
最悪、そのまま戦闘が始まるかも知れない・・・
バケじぃは広場にミカルの姿を探した。
ギルは白髪の隊士の行動を愕然としながら見ていたのだが、そのギルの目に、広場の反対側で待機しているはずのタヌが、舞台の上を広場中央に向かって走る姿が飛び込んで来たのだった。
「タヌ!」
ギルは思わず叫んでいた。
タヌの後ろにはラウルの姿も見える。
広場にいる誰もがドラゴンと神兵を斬った白髪の隊士に気を取られ、舞台上を走る二人の姿に気づいていない。
ここで見ているだけだなんて、俺の性分が許さねぇ・・・
と、ギルは思った。
面白いじゃねぇか・・・
ギルはニヤリと笑い、
「じじぃ、先行ってるぜ!」
そう言うが早いか建物の屋上から飛び降り、広場中央へ向かった。
「ギル!バカ!」
バケじぃは慌てて叫んだが、ギルは構わず広場中央を目指し駆けていく。
白髪の隊士の登場で状況は変わっていた。
バケじぃの目に、タヌとラウル、二人の姿も飛び込んで来た。
「作戦変更じゃ・・・」
バケじぃは広場の状況をじっと見つめながら、石笛を吹くタイミングを探る。
白髪の隊士は爬神族の武官の前に立ちはだかり、必死に生贄の柩を守ろうとしていた。
その姿にバケじぃの胸は熱くなる。
ギィアウォオー!
上空でドラゴンの咆哮が轟いた。
護衛隊は何をしているのじゃ・・・あの白髪の隊士を見殺しにする気か・・・
バケじぃに焦りの色が浮かぶ。
広場の隊士たちはドラゴンに動揺し、白髪の隊士が神兵を二人も斬り殺したというのに、ただ唖然として動く気配がなかった。
バケじぃは覚悟を決めた。
「いつでも突撃できるように指示を出せ」
バケじぃがキーナにそう命じると、
「うん」
キーナは建物の後ろに隠れているラビッツのメンバーの元へ走った。