一六〇 唖然
カーン、カーン、カーン・・・
教会の鐘の音に合わせるように、生贄の柩はゆっくりと広場中央へ向かって運ばれていく。
「シール・・・」
ラウルは生贄の柩を見つめそう呟いた。
あの柩の中でシールが眠っていると思うと胸が張り裂けそうになる。
今すぐ飛び出していって、シールを救い出したい衝動に駆られる。
ラウルのその焦りの気持ちに気づいたタヌは、
「ラウル」
そう声をかけてラウルの背中をポンポンと優しく叩き、その気持ちを落ち着けようとする。
ラウルがタヌに振り向くと、
「大丈夫。シールは渡さない」
タヌはそう言って力強く頷き、
「ああ。絶対に渡すものか」
ラウルも力強くそれに応えて頷き返すのだった。
タヌとラウルはグランと共に広場の西、三階建ての建物の屋上にいて、隠れるようにして広場の様子を眺めていた。ラビッツのメンバーは建物の陰に隠れ、いつでも突撃できるように待機している。
タヌ、ラウル、グランの三人は左腕に茜色のバンダナを巻いていた。それがラビッツの証だった。下で待機しているラビッツの霊兎たちも皆茜色のバンダナを左腕に巻いている。
グランは微かに震えていた。
「グラン、大丈夫?」
タヌが気づいて声をかけると、
「武者震いだ」
グランはそう言って笑う。
カーン、カーン、カーン・・・
生贄の柩が広場中央にある台の上に置かれる。
タヌは広場の様子を眺めながら、そっと左腕に巻かれた茜色のバンダナに触れ、祈るように目を閉じる。
茜色のバンダナの下には赤いバラの刺繍が入ったバンダナが巻かれていて、タヌはその赤いバラに想いを伝えるのだった。
ラウルもそれを見て、自分の左腕に巻かれた茜色のバンダナを鷲掴みにするように握ると、そのバンダナの下にある青いバラの刺繍にナーラを想う。
教会の鐘の音が鳴りやみ広場に静けさが訪れると、生贄の柩を囲んで爬神族を称える舞が披露された。
トン・トン・トトン・トン・トン・・・
ピィ〜・ピピ・ピィ〜・ピ・ヒョロヒョロロ〜・・・
音楽に合わせ生贄の柩の周りを舞う踊り子たちの姿は、晴天の青空の下優雅で美しい。
そのときだった。
ギィアウォオー!
北西の空遠くから、得体の知れない生き物の咆哮らしき鳴き声が聞こえてきた。
タヌ、ラウル、グランは北西の空を見上げる。
ギィアウォオー!
三人の目に映ったのは、黒錆色の巨大な生き物が広場に向かって飛んでくる姿だった。
「あれがドラゴン・・・」
タヌは唖然とし、
「嘘だろ・・・」
ラウルは息を呑んでドラゴンを見つめた。
グランは口をあんぐり開けた状態で固まっている。
ギィアウォオー!
三つ目の巨大なドラゴンは広場上空を旋回した。
ざわざわ・・・
広場はざわついた。
隊士たちは明らかに動揺していた。
その様子を見て、
「まずいな・・・」
タヌは険しい表情で呟いた。
広場の混乱の中、爬神官は立ち上がると、従者を引き連れて広場を引き上げ始めた。
「どうなってるんだ?」
ラウルが首を傾げると、
「わからない」
タヌはそう応え、じっと広場の様子を見つめた。
ギィアウォオー!
ドラゴンは口から火炎を放射した。
ビシャーッ!
「おお・・・」
広場の隊士たちはそれに恐れ慄いた。
ざわざわ・・・
爬神軍の列から二人の神兵が歩み出て、生贄の柩の両脇に立って空を見上げた。
「何をする気だ・・・」
ラウルはそう呟き、神兵の視線を追って空を見上げる。
タヌは動揺する隊士たちを心配し、広場全体を見渡した。
すると、
うん?・・・
タヌの目に、一人の隊士が広場中央の通路を生贄の柩に向かって駆けていく姿が飛び込んできた。
何をする気だ・・・
タヌはじっとその隊士を目で追った。
ギィアウォオー!
ざわざわ・・・
空を見上げていた神兵が視線を生贄の柩に向けたちょうどそのとき、その隊士は生贄の柩に辿り着き、迷わずそこにいる二人の神兵に襲いかかったのだった。
「えっ・・・」
タヌの目はその隊士に釘付けになる。
そして、
「うそっ・・・」
タヌは気づいたのだった。
それが隊士の恰好をしたマーヤだということに。
タヌは咄嗟に状況を理解した。
ドラゴンが狙っているのは生贄の柩で、マーヤはドラゴンからシールを守ろうとしているのだ。
マーヤが殺される・・・
マーヤへの想いがぎゅーっと胸に込み上げてくる。
「マーヤ!」
タヌは思わず叫んでいた。
「ラウル、お願い!」
タヌはバケじぃから預かった石笛をラウルに手渡すと、ラウルの返事を待たずに建物の屋上から飛び降り、広場中央のマーヤの元へ向かった。
「タヌ!」
ラウルのその声はタヌに届かない。
ラウルが広場中央へ視線を向けると、爬神軍から生贄の柩を守るように立つ、白髪の隊士の姿が目に飛び込んできたのだった。
「えっ」
ラウルは驚いてその兵士に目を凝らす。
よく見るとその兵士は白髪の若い娘だった。
そして、ラウルは唖然としてしまう。
「マーヤ・・・」
ラウルはなぜタヌが広場に飛び出したのか、その理由を理解した。
「グラン、ここから先の判断はお前に任せる」
ラウルはそう告げると、石笛を無理やりグランの手に握らせ、建物の屋上から飛び降りた。
「えっ、うそっ」
グランは何が何だかわからず、目を丸くして広場中央へ向かう二人の姿を目で追うのだった。