一五九 会いたい気持ち
朝、マーヤはダレロを探した。
ダレロは施設裏の果樹園にいて、護衛隊の隊士たちに指示を与えていた。
マーヤはダレロを見つけると、無意識に駆け出していた。
「タヌはどこにいるんですか?」
マーヤが尋ねると、
「ラビッツが今どこでどうしているのか、詳しいことはわからないんだ。少なくとも、昨日の夜はヴィルアンの丘にいたはずだが」
ダレロがそう答えて申し訳なさそうな顔すると、マーヤは落胆し悲しげに俯いた。
シールがいなくなってからというもの、マーヤはずっと心細くて誰かにすがりたい気持ちだった。
今ほどタヌに会いたいと思ったことはなかった。
今すぐタヌに会いたかった。
「いつになったら会えるんですか」
マーヤはタヌに会いたい気持ちを抑えられなかった。
「今日の戦いが終わったら間違いなく会える。だから、今日は危険を犯さないことだ」
ダレロはそう言って優しく微笑む。
「・・・」
マーヤは黙って頷いたが、できれば服従の儀式の前に会っていろいろ話したかった。
この不安な思いを、心細さを、タヌに慰めてもらいたかった。
今日の戦いが終わればタヌに会える・・・
マーヤはそう自分に言い聞かせ、会いたい気持ちをぐっと堪えたのだ。
カーン、カーン、カーン・・・
鐘の音にマーヤは我に返り、広場に視線を向けた。
教会の鐘の音に合わせるように、生贄の柩はゆっくりと広場中央へ向かって運ばれていく。
その様子をマーヤは広場の東、教会近くの二階建ての建物の屋根から見つめていた。
そこからはコンクリの横顔がはっきりと見え、広場中央は遠くに見える。
霊兎族は五感が優れているため、マーヤには広場中央の爬神官の顔もはっきりと確認できていた。
お姉ちゃん・・・
マーヤは焦りと悲しみの入り混じった表情で、じっとシールの眠る柩を目で追っていた。
マーヤはエラスと一緒にいて、
「マーヤ・・・」
エラスが声をかけるが、マーヤはその声に反応を示さない。
二人は傾斜のゆるい三角屋根にうつ伏せになり、屋根から顔だけ出して式を見つめているのだった。
マーヤは長袖の筒型衣にズボンを穿いて腰に剣を下げているが、マーヤの肩まで伸びた綺麗で艶のある白い髪と女性らしい体の線、そしてなによりその美しい顔立ちと人を惹きつける強い眼差しは、マーヤの持つ女性らしい強さと美しさを際立たせていて、それは今着ている護衛隊の制服によって隠しきれるものではなかった。
カーン、カーン、カーン・・・
生贄の柩は広場中央にある台の上に置かれた。
「マーヤ、シールはラビッツに任せれば大丈夫だよ」
エラスは広場をじっと見つめるマーヤに改めて声をかける。
「だって、タヌとラウルだよ。あの二人ならきっとやってくれる。心配ないよ。そうだろ」
エラスは必死にマーヤを元気づけようとし、その想いが通じたのか、マーヤはエラスに振り向くと、
「うん」
焦りと不安の入り混じった笑みを浮かべながらも健気に頷くのだった。
そのマーヤの表情にエラスは胸が締め付けられる。
教会の鐘の音が鳴りやみ広場に静けさが訪れると、生贄の柩を囲んで爬神族を称える舞が披露された。
トン・トン・トトン・トン・トン・・・
ピィ〜・ピピ・ピィ〜・ピ・ヒョロヒョロロ〜・・・
音楽に合わせ生贄の柩の周りを舞う踊り子たちの姿は、晴天の青空の下優雅で美しい。
そのときだった。
ギィアウォオー!
どこか遠くから、得体の知れない生き物の咆哮らしき鳴き声が聞こえてきた。
「なに?」
マーヤは音のする方角に視線を向ける。
ギィアウォオー!
マーヤの目に映ったのは、黒錆色の巨大な生き物が広場に向かって飛んでくる姿だった。
「ドラゴンだ!」
エラスが思わず声を上げる。
三つ目の巨大なドラゴンは広場上空を旋回した。
ざわざわ・・・
広場が騒然となる。
マーヤには上空を旋回するドラゴンが生贄の柩を中心に回っているように見えた。
お姉ちゃんを狙っている・・・
それはマーヤの直感だった。
「エラス、ここ頼んだわよ」
マーヤはそう告げると、
「えっ」
驚くエラスに振り向きもせず、二階建ての屋根から飛び降り、広場中央に向かって駆け出していた。