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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一五八 服従の儀式


 服従の儀式が始まろうとしていた。


 地響きを立てながら、ゴリキ・ド・ゴリキ率いる爬神軍は隊列を組んで西門をくぐり、ラドリア市街に入った。


 爬神軍はみな上半身裸に腰布をまとい、腰に巻いたベルトに剣を下げていて、そして裸足だ。


 赤色の肌をしたゴリキ・ド・ゴリキを先頭に、黒色の肌をしたセザル・ド・セザルがその隣を行進し、二人の後ろを同じく四人の黒色の肌をした高位爬武官が行進している。


 高位爬武官の後ろには濃緑色の肌をした爬武官が続き、爬武官の後に続くのが緑色の肌をした神兵たちだった。


 爬神軍は中央広場に向かって進んでいく。


 その光景に献上の儀式のような厳粛さはない。


 爬武官、神兵ともに無表情な顔に冷たい目をし、胸を張って行進しているのだが、そこに人としての感情のようなものは感じられず、何とも無機質で不気味な雰囲気を漂わせている。


 そこにあるのは威嚇と暴力的な冷酷さだけだった。


 そしていつもと違う光景の一つが、沿道に住民の姿が一人も見当たらないことだった。


 市街の住民は市街地から離れるように教会から命じられていたからだ。


 これは服従の儀式の残酷な光景を住民にみせる必要はない、というコンクリの判断だった。


 爬神軍は中央広場を左折し教会前広場へと向かう。


 教会前広場ではすでに護衛隊は整列を終えていた。


 すべての都市が統治兎神官を先頭にし、爬神軍の到着を待っているのだった。


 各都市ごとに整列する中、イスタルだけは様子が異なっていた。


 統治兎神官の位置にコンドラではなく、高位兎神官のソムリが立っていた。


 護衛隊隊長のドゴレはそれを不審に思い、


「ソムリ様、コンドラ様はどうしたのでしょうか」


 と尋ねたが、


「コンドラ様は具合が悪いということでお休みになられている」


 ソムリは無愛想に答えるだけだった。


「わかりました」


 ドゴレはそう言って残念そうな顔をし、


 コンドラはどこまで悪運の強い奴なんだ・・・


 と、心の中で吐き捨てるのだった。


 天気は晴れ。


 広場を舞う風がときおり微かな土埃を立てている。


 スペルスのラルス、ミンスキのマイス、サットレのイオン、ボルデンのユラジ、ラドリアのミカル、イスタルのドゴレ、ナスラスのアミラ、ドゴルラのテサカ、各都市の隊長それぞれが緊張の面持ちで爬神軍の到着を待っていた。


 地響きを立てながら、ゴリキ・ド・ゴリキ率いる爬神軍が教会前広場の入り口に辿り着く。


 先頭を行進していたゴリキ・ド・ゴリキとセザル・ド・セザルは広場の南口で左右に分かれて止まり、四人の高位爬武官も二人つづに分かれ、ゴリキ・ド・ゴリキ、セザル・ド・セザルの隣に道を作るように並んだ。


 ゴリキ・ド・ゴリキらが作った道を通り、濃緑の爬武官たちを先頭に爬神軍は広場の中央に向かって行進を続けた。


 爬神軍の迫力、その巨大さ、そこから漂う殺気に隊士たちは圧倒された。


狼狽(うろた)えるな」


 ミカルは小声で注意し、右に立つ副隊長、左に立つ班長を落ち着ける。


 爬神軍は舞台を挟んで向こう側に整列した。


 それはまるで高く分厚い壁のようだった。


 神兵のその感情のない冷たい目つき、そこに聳え立つ頑強な体躯を見上げると、一人の神兵を倒すのも容易じゃないことがわかる。


 今まで神兵の姿を何度も見ているはずなのに、広場に整列する隊士たちに動揺が走るのを、ミカルは感じていた。


 戦うことを前提に神兵の体つきを目の当たりにしたら、動揺するのも仕方がないのかも知れない・・・


 爬神軍が広場に整列し終わると、蛮狼族監視団が爬神軍の左右および背後を囲むように整列した。


 そのときミカルら隊長たちは、そこに蛮狼族監視団のすべての兵が集められていることに気づいたが、特に動揺することはなく、むしろそのことを喜んだ。


 爬神軍および蛮狼族監視団の整列が終わると、教会堂の入り口にコンクリが現れ、神兵に向かって浅く礼をしてから最高兎神官用の椅子の前に立った。


 コンクリの両脇に従者が立ち、右の従者が弓と矢を、左の従者が剣を抱えるようにして持っているのだった。


 コンクリはじっと広場南口を見つめた。


 しばらくすると、馬車がゆっくりと教会前広場に近づいて来るのが見えてきた。


 南口で左右に分かれて立つ高位爬武官たちはその馬車を待っていたのだ。


 馬車が広場の南口に止まると、馬車の中から祈祷(きとう)爬神官(はしんかん)であるステラ・ゴ・ステラが威厳を漂わせながら降りてきた。その黄白色の肌はこの人物が祈祷爬神官であることを証明するものであり、この場にいる霊兎たちが初めて目にする肌色だった。


 ステラ・ゴ・ステラは一枚布をゆったりと体に巻き付けて右肩を出し、二人の従者を従え、広場南口から教会堂に向かって真っ直ぐに伸びる通路の前に立つと、ゴリキ・ド・ゴリキとセザル・ド・セザルに先導され、後ろを四人の高位爬武官に守られ、ゆっくりと広場中央に向かった。


 広場中央、生贄の柩が置かれる台の手前に、ステラ・ゴ・ステラが座る煌びやかな巨大な椅子が用意されていた。


 ステラ・ゴ・ステラはその椅子の前に立つと、教会堂入り口に立つコンクリに向かって肩の高さに右手を上げ、自身の到着を知らせた。


 コンクリはそれに対して一礼し、ステラ・ゴ・ステラと同じように右手を肩の高さに上げて応える。


 ステラ・ゴ・ステラはそれを確認し、椅子に腰を下ろす。


 ステラ・ゴ・ステラの両脇には従者が立ち、従者の外側、右にゴリキ・ド・ゴリキ、左にセザル・ド・セザルが、ステラ・ゴ・ステラを守るように立った。


 ナセル・ド・ナセルとコグリ・ド・コグリの二人はゴリキ・ド・ゴリキの右に等間隔、爬神一人分の距離を空けて立ち、ネイル・ド・ネイルとマウラ・ド・マウラの二人はセザル・ド・セザルの左に等間隔に並んだ立った。


 このやり取りの間、広場は静寂に支配されていた。


 カーン、カーン、カーン・・・


 教会の鐘の音が鳴る。


 それを合図に、教会堂の後ろからアクに先導された生贄の柩が現れた。


 生贄の柩を先導するアクはゆっくりと歩を進め、中央通路に入る前に一旦立ち止まって教会堂の前でコンクリの指示を待つ。


 生贄の柩は爬神族の大きさに合わせて作られていてかなり大きく、シールの眠る純白の柩が蓋をされずにそのまま中に納められているのだった。その大きな柩を、その柩より一回り大きな板に載せ、八人の親衛隊兵士が板に取り付けられた担ぎ棒を肩に担いで運んでいるのだった。


 コンクリはシールの眠る柩に向かって何かを振りかける仕草をし、


「生贄を捧げよ!」


 厳粛な面持ちでそう命じると、生贄の柩が中央通路に入っていくのを見届けてから、椅子に腰を下ろすのだった。


 アクに先導され、生贄の柩を担ぐ八人の親衛隊隊士は慎重に歩を進めた。


 カーン、カーン、カーン・・・


 教会の鐘の音に合わせるように、ゆっくりと生贄の柩は広場中央へ運ばれていく。


 カーン、カーン、カーン・・・


 生贄の柩は広場中央に辿り着くと、載せてきた板ごと、そこにある台の上に置かれた。


 アクは緊張の面持ちでステラ・ゴ・ステラに一礼し、八人の兵士と共に教会堂前の親衛隊の持ち場へと引き上げた。


 教会の鐘の音が鳴りやみ広場に静けさが訪れると、教会堂の後ろから笛と太鼓を奏でる楽団と八名の踊り子が現れ、広場中央の生贄の柩を囲んで爬神族を称える舞を披露した。


 トン・トン・トトン・トン・トン・・・


 ピィ〜・ピピ・ピィ〜・ピ・ヒョロヒョロロ〜・・・


 音楽に合わせ生贄の柩の周りを舞う踊り子たちの姿は、晴天の青空の下優雅で美しい。


「これは美しい・・・」


 ステラ・ゴ・ステラも思わず感嘆の声を漏らす。


 と、その時だった。


 ギィアウォオー!


 北西の空遠くから、得体の知れない生き物の咆哮が聞こえてきた。


 その不気味な鳴き声に、


 ざわざわ・・・


 広場はざわつき緊張が走る。


 ギィアウォオー!


 咆哮は間違いなく広場に近づいて来る。


「まさか・・・」


 ミカルは北西の空を見上げ顔を強張らせた。


 ミカルの目に映ったもの。


「嘘だ・・・」


 ミカルは唖然としてしまう。


 そして、


 ギィアウォオー!


 上空に三つ目のドラゴンの巨大な姿が現れたのだった。


 ブァサ、ブァサ・・・


 ドラゴンはその大きな翼を羽ばたかせ、広場上空を旋回した。


 ギィアウォオー!


 見上げるドラゴンは黒錆色の鋼のような硬い鱗に全身を守られ、樽のようなどっしりとした胴体からは鞭のような鋭い尻尾が伸びていて、その体をくねらせるようにしながら両翼を羽ばたかせ飛んでいるのだった。


 その長く太い首に支えられた頭部にある二本の角と、赤銅色に光る三つの目が、広場にいる隊士たちを震え上がらせた。


「きゃぁー!」


 踊り子たちは踊るのをやめ悲鳴を上げる。


「ドラゴンだ!」


 広場に整列する隊士たちは生まれて初めて見るドラゴンの姿に恐れ(おのの)いた。


 まさかドラゴンが現れるとは予想だにしないことだった。


「なんてことだ・・・」


 唖然とする隊士たち。


 ざわざわ・・・


 広場が騒然となる。


 ギィアウォオー!


 ドラゴンは咆哮し、その口から火炎を放射した。


 ビシャーッ!


「な、なんだあれは・・・」


 ドラゴンが吐く火炎の凄まじさに衝撃を受け、隊士たちから戦意が失われていく。


 身の毛がよだつような恐怖。


 ただ驚き、目を見開く隊士たち。


 広場に整列する者は皆ドラゴンを見上げ、ただ茫然と立ち尽くすのだった。


 ゴリキ・ド・ゴリキは隊士たちの動揺を蔑んだ目で眺めていた。


 ステラ・ゴ・ステラは従者の右側に立つゴリキ・ド・ゴリキに目で合図を送り、自分の役目が終わったことを知らせた。


 ゴリキ・ド・ゴリキは南口で待つ馬車に右手を高々と掲げて合図を送る。


 ステラ・ゴ・ステラは騒然とした空気の中静かに立ち上がると、従者を引き連れ、南口で待つ馬車へ悠然と向かった。


 続いて、ゴリキ・ド・ゴリキは後方に立つ二名の神兵に合図を送り、数歩後ろに下がって生贄の柩から離れた。セザル・ド・セザルも同じく数歩下がって生贄の柩から離れる。


 ギィアウォオー!


 ドラゴンは咆哮し、


 ざわざわ・・・


 広場はざわめき続ける。


 爬神軍の列から歩み出た二人の神兵は生贄の柩の両脇に立つと空を見上げ、ドラゴンの様子を窺った。


 ギィアウォオー!


 ざわざわ・・・


 二人の神兵はドラゴンが生贄の柩に視線を向けたのを確認すると、腰の高さにある、生贄の柩を載せた板の担ぎ棒に手を伸ばした。


 そのとき、


「お姉ちゃん!」


 そんな叫び声とともに突然隊士らしき霊兎が現れ、


 ブスッ!


「ギィア!」


 右の神兵の鳩尾を剣で突き刺し、すぐさま左の神兵に振り返って飛びかかると、


 ブスッ!


「ギィエ!」


 その喉元に剣を突き刺した。


 その目にも留まらぬ早技に、二人の神兵は為す術がなかった。


 ダァンッ!


 最初に刺された神兵が仰向けに倒れると、もう一人の神兵も口から血を流し仰向けに倒れ、絶命したのだった。


 ギィアウォオー!


 上空ではドラゴンが咆哮し、


 ざわざわ・・・


 広場はざわめいている。


 ゴリキ・ド・ゴリキとセザル・ド・セザルは突然の出来事に何が起こったのか理解できなかった。


 目の前に現れたのは、一人の美しい白髪の娘だった。


「お姉ちゃんは、渡さない・・・」


 その娘はそう言って柩の前に立ち、剣を構えた。


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