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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一五七 エラスの不安


「トマス、マーヤ見なかった?」


 男子寮の前でレレと遊ぶトマスに、エラスが声をかけた。


 トマスは地面に絵を一生懸命に描いていて、


「見てないよ」


 エラスを見もせずに答える。


 エラスはトマスのその緊張感の無さにある意味感心した。


 これから服従の儀式が行われ、そして、大きな戦闘が始まるのだ。


 トマスはそれを知っているくせに、なんでこうも無邪気に遊んでいられるのだろう?


 トマスはつくづく不思議な奴だ。


 エラスはそう思った。


 マーヤは儀式に参加させて欲しいとダレロに懇願していたが、結局ダレロはそれを許さなかった。


 武術の上級クラスの生徒には戦闘の最終局面でラビッツの旗を掲げる役割が与えられているため、ダレロはそれに協力することをマーヤに求めたのだった。


 マーヤはそれに反発したが、


「お前が参戦しても足手まといになるだけだ。作戦の邪魔をするのはお前の本望ではないはずだ。シールの納められた生贄の柩はラビッツによって取り戻されるから安心しろ」


 そうダレロに説得され、タヌとラウルを信じてそれを受け入れたのだった。


 しかし、マーヤは明らかにそれに満足していなかった。


 タヌやラウルと一緒に戦うことを夢見ていたマーヤにとって、ただそれを見ているだけというのは死ぬほど辛いことに違いない。


 エラスはそんなマーヤの気持ちを推し量ると同時に、マーヤが戦闘に参加しないことを喜んでもいるのだった。


 とはいえ、ダレロの説得を受け入れたときの、


「お姉ちゃん、ごめん・・・」


 と苦しげに呟く、マーヤの何とも言えない辛そうな顔を思い出して、エラスは不安な気持ちになるのだった。


 それでエラスはマーヤを探しているのだ。


 マーヤはいったいどこに行ってしまったんだろう・・・


 エラスはなんだか嫌な胸騒ぎがしていた。


「朝食のときもいなかったよね」


 エラスが言うと、


「いなかったねー」


 トマスはエラスに見向きもせずに応え、


「心配じゃないの?」


 エラスが尋ねると、トマスはそのとき初めてエラスに顔を向け、


「うん?なんで心配するの?」


 キョトンとした顔で首を傾げるのだった。


 あ、ダメだ・・・


 エラスはそう思った。


「もしマーヤを見かけたら、僕が探してるって伝えてくれる?」


 エラスが頼むと、


「はーい」


 トマスは軽い返事を返すだけで、ちゃんと聞いているようには思えなかった。


 エラスはマーヤを探しに施設裏のジウリウ川に向かった。


 そこがマーヤのお気に入りの場所だからだ。


 施設裏に出ると、エラスは驚いた。


 ジウリウ川の対岸の果樹園に、護衛隊の隊士たちが大勢潜んでいるのが見えたからだ。


 隊士たちは気配を消していて、こんなに大勢いるのに目を瞑ったらまったく気づかない、それぐらい静かだった。


 あの中にマーヤがいるわけないか・・・


 そう思いながら目を凝らすと、ジウリウ川にかかる橋の近くにダレロの姿を見つけた。


 そして、そのそばにマーヤはいた。


「いた・・・」


 エラスはそう声を漏らし、心底ほっとした。


 それと同時に、


 ダレロ様に会いに行くなら僕も誘ってくれればいいのに・・・


 と思って寂しくなる。


 エラスは急いで橋を渡り二人に近づいて行ったが、マーヤの表情が固いのが気になった。


「おはよう」


 エラスはマーヤに声をかけてから、


「おはようございます」


 と、ダレロに挨拶をした。


「おはよう。よく眠れたか」


 ダレロは爽やかな笑顔で応え、


「いえ、あまり眠れませんでした」


 そう言ってエラスが恥ずかしそうにすると、


「まぁ、それは仕方ない」


 ダレロは優しい眼差しで微笑み、


「ところで、どうした?」


 と、用件を尋ねた。


 その質問に答えるように、


「マーヤ、探したんだよ」


 エラスはそう言ってマーヤを見つめ、マーヤはエラスから顔を逸らして何も応えなかった。


 そこにある重たい空気。


 ダレロとマーヤの間にどういう会話があったのかはわからないけれど、自分がここにいることが場違いな気がして、エラスは急に気まずくなる。


 エラスが愛想笑いを浮かべ戸惑(とまど)っていると、


「そうそう、お前たち二人にお願いしたいことがあるんだ」


 ダレロが気を遣って話しかけてくれた。


 エラスがほっとした表情でダレロに視線を向けると、


「護衛隊からの伝言を今回の任務につく生徒たちに伝えてくれないか」


 ダレロはそう言って二人に護衛隊からの伝言を伝えた。


「お前たちが最終盤で掲げる予定の茜色の旗は、すでに護衛隊隊舎に用意されているのだが、取りに行く場所が倉庫ではなく、大会議室に変さらになったと伝えてくれ。それからもう一つ、大会議室では護衛隊の装備一式も与えるので、すぐにそれに着替えられるような恰好で来るように、とのことだ」


 ダレロがそう告げると、


「わかりました」


 エラスはしっかりと返事を返し、マーヤは俯いているだけだった。


 ダレロはマーヤの様子を気にかけながらも、それに気づかない振りをして明るく話しかける。


「お前たちの役割は重要だぞ。お前たちの掲げる旗が、神兵たちにトドメを刺すのだからな」


 ダレロはそう言って笑う。


 エラスもその場の空気を察し、


「はい。任せて下さい」


 そう応えて大袈裟に胸を張ってみせるのだった。


 でもマーヤは何も応えない。


 エラスが気になってマーヤを見ると、マーヤは俯きがちにしていてその表情は固かった。


 シールの事が心配なんだね・・・


 エラスはマーヤの気持ちを思うと胸が痛んだ。


「いよいよだね」


 エラスがそう声をかけると、


「うん」


 マーヤは強張った表情のまま、小さく頷いた。


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