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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一五五 決戦前の動揺


 早朝、ゴリキ・ド・ゴリキ率いる爬神軍は、ラドリアの東西南の三つの門を塞ぐように兵を配置させた。各門付近には蛮狼(ばんろう)族監視団施設があり、突然現れた爬神軍に蛮兵たちは驚いた。


 各門に配置された爬神軍の高位爬武官はそれぞれに監視団に命令を出した。


「蛮兵はすべて儀式に参加し、虐殺に協力せよ」


 と。


 ゴリキ・ド・ゴリキの指示が監視団に伝達されると、蛮兵たちは慌ててその準備に取り掛かるのだった。





 その頃、護衛隊隊舎の会議室ではミカルを中心に隊長たちがテーブルを囲み、儀式における作戦の最終確認をしていた。


「今回の戦いにおける我々の兵力はおよそ二万。その内儀式に参加する兵は背信者役を含め一都市千人で計八千。それに対し儀式に参加する神兵(しんぺい)は三千、蛮兵が五千だ。監視団は儀式に参加しない兵が五千いて、監視団施設で待機となっている。つまり、広場での戦闘は数的には八千対八千だ。しかし、神兵一人倒すのに我が兵は二人、もしくは三人と見積もると、実際の兵力においてはかなり厳しい戦いになる。まともにぶつかって勝てる相手ではないが、爬神軍は我々が剣を抜くとは夢にも思っていない。そこを突いて勢いで攻めれば、ナイとハウルがしたように、一人で多くの神兵、および蛮兵を倒せるはずだ。相手が動揺している間にどれだけ倒せるか、それが勝敗を左右する鍵となる」


 ミカルはそこで一息つき、テーブルに着く隊長たちを見渡した。


 隊長たちは決戦を控え、緊張感のある顔つきでミカルの話を聞いている。


 ミカルはそれを確認して話を続けた。


「我々の勝利を決めるのはラビッツと儀式に参加しない一万二千の兵だ。一万二千のうちの六千に東西南三ヶ所にある監視団施設を襲わせ援軍を断つ。これは我が護衛隊の実力を持ってすれば難しい仕事ではないだろう。残り六千の兵は広場での戦闘が大詰めを迎えたころ、ラビッツが参戦した後に第二陣として広場に突入する。この最後の六千が勝敗を決する大事な役割を担うことになるが、六千の兵が参戦するのと同時に、最後のトドメとして、広場を囲む建物の屋上にラビッツのシンボルである茜色の旗を掲げる。そうする事で、我々にはなおも兵力があることを示すことができ、神兵や蛮兵は戦意を喪失するだろう。そうなれば我々の勝利は間違いない」


 ミカルは兵の配置と役割について告げ、それに対し異論がないことを確かめると、続いて戦闘開始のタイミングについての確認に移った。


「戦闘開始のタイミングは、最初の背信者を斬るタイミングだ。そのとき鳴らされる銅鑼の音だ。その銅鑼の音が鳴ったら、背信者を斬る役の隊士はすぐさま背信者に扮した隊士に剣を渡し、そのまま舞台から爬神軍に向かって突撃する。その後ろで整列している我々もそれに合わせて突撃だ。突撃が始まったら、他の都市の背信者役の兵も直ちに突撃することになる。そのため、待機している背信者役の兵は最初から剣を腰に下げていて構わない」


 ミカルが戦闘開始のタイミングと背信者役の兵士たちの参戦方法について告げると、


「処刑を執行する者は自らの剣を腰に下げ、背信者に渡すための剣は手に持って舞台に上がる必要がある。しかし、それだと怪しまれないか心配だ」


 と、イオンが懸念を示し、


「たしかにそれは私も気になる。それに待機している背信者が剣を下げていて大丈夫だろうか」


 テサカもその懸念を口にし、それに同意するように何人かの隊長が頷いた。


 ミカルは二人の懸念に頷きつつ、


「それは心配いらないだろう。堂々としていれば疑われることはない。自分の剣と背信者を斬る剣を使い分けるのは別におかしなことでもないからな。待機している背信者については誰が気にするというのだ。心配はいらぬ。堂々としていればいい」


 まさに堂々とした態度でそう言い、テーブルに付く一同を見渡した。


 ミカルのその自信に満ちた表情に、皆異論なく黙って頷いた。


 迷いなく自信満々に告げられると、不思議と心配ないように思えてくるのだった。


 そのとき、


 バンッ!


 会議室の扉が勢いよく開かれ、ダレロが慌てて飛び込んできた。


「どうした?」


 ミカルが驚いて尋ねると、


「爬神軍が東西南、各門に兵を配置している」


 ダレロは険しい表情で緊急事態を告げた。


「なんだと!」


 声を荒げたのはユラジだった。


「爬神に我々の動きが察知されていたというのか・・・」


 アミラはそう呟き、眉間(みけん)(しわ)を寄せる。


 予想だにしない展開に皆顔を強張らせた。


 しかし、ミカルは冷静さを失わず、


「各門に配置された神兵の数はどれくらいだ」


 と、爬神軍の追加の兵力を確認する。


「東西南の各門に二千はいるようだ。しかも待機するはずの蛮兵たちも戦闘の準備を始めているらしい」


 ダレロが険しい表情で告げると、


「ということは、その六千を合わせると爬神軍は九千、待機するはずの蛮兵が参加するとなれば監視団は一万になるのか・・・」


 ミカルは眉間に皺を寄せ、苦悩の表情を浮かべる。


 ミカルの隣に座るドゴレがその顔を引きつらせながら口を開いた。


「しかも我々の作戦は、我々が奇襲することによって成り立つものだ。油断している爬神軍の不意を打ち、その混乱に乗じて有利に戦いを進めることが前提だ。しかし、爬神軍が戦闘するつもりでそれだけの兵を送って来たとなると話が違う」


 ドゴレがそう言って顔面蒼白になると、


「相手が一枚上手だったということか・・・」


 ミカルは絶望的な表情で呟くのだった。


 その場が深刻な空気に支配される。


「それでもここで引き下がるわけにはいきません」


 ラルスがそう訴えると、ミカルは宙を見つめ答えを探した。


「何か良い策はないものか」


 最年長のイオンは救いを求めるような眼差しでミカルを見る。


 ミカルは思案し、ふぅーっと長い息を吐いて顔を上げると、厳しい表情で一同を見渡した。


「おそらく、各門に配置された神兵も広場で戦闘が始まれば、広場に集まってくるだろう。蛮兵にしても同じだ。そう考えれば、基本的に作戦は今のままでいくしかない。監視団を急襲する予定の六千を第二陣に組み込み、一万二千の兵で勝負を決することにする」


 ミカルはきっぱりとそう告げ、


「大丈夫なのか」


 と問うイオンを一瞥してから、自らの方針を一同に伝えた。


「今から作戦を変更すれば隊士たちが動揺しかねない。そうなればもう戦う前から敗けは確定しているようなものだ。今の我々の作戦は広場の第一陣で敵兵をできるだけ減らし、追い打ちをかけるようにラビッツに参戦してもらい、トドメとして第二陣が広場に突入するというものだ。これは敵兵の数が増えたとしても有効な作戦といえるだろう」


 ミカルは淡々とそう説明し、それを聞いて、


「儀式に参加する第一陣に兵を追加できないのはわかるが、八千を相手に戦うのと一万九千を相手に戦うのでは天と地ほどの差があるぞ。特に神兵の数が三倍になったのはこちらとしては絶望的だ」


 イオンはその顔を引きつらせ、他の隊長たちも深刻な顔をしている。


「それはわかっている。だが、我々が勝利するにはそれしかないのだ」


 ミカルはそう応え、隊長としての覚悟を問うかのように一同を見渡した。


「儀式に参加する第一陣、八千の兵がどれだけ多くの神兵および蛮兵を倒せるか、どれだけ疲弊させることができるか、それにすべてはかかっていると言っていいだろう。第二陣の投入は効果を最大限に発揮させるためにも、ギリギリまで遅らせなければならない。つまり、儀式に参加する隊士たちには全滅を覚悟で戦ってもらうことになる。あとはラビッツがどう動くか、どれだけの力があるかだが、少なくともラビッツが動けば、隊士たちの士気も上がり、タヌ、ラウルの存在が我々を一つにしてくれることは間違いない。そこに期待するしかないだろう。最後は戦う気持ちだ。すべての隊士が心を一つにして戦うことができれば、そこに我々の勝機が見えて来るだろう」


 ミカルがそう訴えると、隊長たちはそのミカルの熱さに笑顔をみせるのだった。


 そもそも今回の儀式に参加する隊士に命を惜しむものはいない。


 隊長たちならなおさらだ。


「まぁとにかく、全滅しようが最初の八千の兵でどこまで頑張れるかだな」


 ユラジはそう応えてニヤリと笑い、


「私は最初から全滅する覚悟だったけどな」


 マイスも当然といった風に笑みを浮かべる。


「それしかないなら、それに全力を尽くすのみだ」


 イオンが納得して頷くと、テサカも「異議なし」そう言って頷いた。


 年長の二人が賛意を示すと、それで作戦は決まった。


「武者震いが止まらないな」


 ユラジは目を輝かせ、頬の傷を人差し指で掻いた。


「小便チビんなよ」


 マイスがユラジをからかうと、


「ガキじゃあるまいし」


 ユラジはそう言い返して笑う。


 同い年の二人は若かりし頃から何事にも常に張り合って来た仲なので、こんな状況にあっても張り合うことをやめない。ちなみにその影響は部下の隊士たちにも及んでいて、ユラジ率いるボルデン護衛隊とマイス率いるのミンスキ護衛隊は隊士たちが互いをライバル視する関係だった。


 ミカルは隊長たちの怖れのない態度を嬉しく思う。


 そこには勝ち負けを超えた覚悟があった。


「しかし、第二陣の兵は誰が指揮を執るのだ?」


 アミラは素朴な疑問を口にした。


 ミカルはアミラを見て、


「いるじゃないか、ここに」


 そう言って意味深な笑みを浮かべる。


「誰だ?」


 アミラが首を傾げると、ミカルは悪戯っぽい笑みを浮かべてダレロに視線を向けた。


 皆の視線がダレロに向かう。


 突然第二陣の指揮官に指名され、


「私が?」


 ダレロは驚き、唖然とした。


 ダレロは服従の儀式に参加し、最前線で戦うつもりでいたからだ。


「第二陣をどこにどう配置し、どのタイミングで突入させるか。その判断ができるのはお前しかいない」


 ミカルがそう言うと、


「ダレロ、お前しかいない」


 ドゴレも強くそれを後押しした。


 その場の誰もが、第二陣の指揮官にはダレロが相応しいと思っていた。


「たしかに、ダレロが第二陣の指揮を執るなら、我々は安心して死んでいける」


 アミラはそう言って納得の意志を示した。


「お願いします!」


 そう声を上げたのは、最年少のラルスだった。


 ラドリアにいた頃、ダレロに憧れていたラルスは懇願するように頭を下げた。


 皆の期待の眼差しがダレロに集まる。


「しかし、私は武術の教官に過ぎない。だから一人の戦士として戦いたいんだ」


 ダレロはそう弁明して首を縦には振らない。


 そんなダレロを、


「馬鹿者!お前がただの教官に過ぎないのなら、我々がお前にそれを託すことはない。我々はお前の見識と胆力を買って頼んでいるのだ。それが分からんのか!」


 イオンは声を荒げて叱りつけた。


 その場の空気が張り詰め、


「そう言われると、なんとも言えないが・・・」


 ダレロは俯き思案する。


「我々霊兎族の未来のために引き受けてくれないか」


 イオンがそう畳み掛けると、


「わかった。私にできるだけのことはしよう」


 ダレロは覚悟を決めてそれを引き受けた。


 ダレロが第二陣の指揮を取ることが決まると、皆安堵(あんど)の表情を浮かべるのだった。


「第一陣である我々は死力を尽くして戦い、第二陣であるダレロに、霊兎族の未来を託すことにする。異論はないな」


 ミカルが真顔で隊長たちの意志を確認すると、皆覚悟を決めた眼差しで静かに頷いた。


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