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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一五三 ヴィルアンの丘


「ここがヴィルアンの丘か・・・」


 バケじぃはヴィルアンの丘の頂上にある何もない原っぱに立つと、感慨深くそう呟いた。


 かつてラドリアで若い頃を過ごしたバケじぃも、ここに来るのは初めてのことだった。


 若い頃はラドリアの戦士たちの言い伝えについて知ってはいても思い入れが今とは違い、どちらかというと護衛隊隊士として爬神教を守る気持ちが強く、ヴィルアンの丘に纏わる言い伝えについても〝そういう話があるのか〟くらいにしか思っていなかった。ゆえに、若きドルスはヴィルアンの丘に近づくこともなくイスタルへ発ったのだった。


「バケじぃ、なんもないな」


 グランは真っ暗な原っぱを見渡し、拍子抜けした声を出した。


「何もないからいいんじゃ。ラドリアの戦士たちの想いを感じないか」


 丘の北側から眼下に見えるはずのラドリアの街並みも、暗闇の中に消えている。


 だから目に見えるものではなく、目に見えないものを感じ取れ、とバケじぃは言っているのだ。


 グランは目を閉じて深呼吸をし、それから、


「感じない」


 とそっけなく答え、一緒にいたパパンも、


「感じない」


 と声を揃えた。


「お前らは鈍いからな」


 バケじぃが不満顔で口を(とが)らせると、


「たしかに空気は違うわね」


 と、キーナが感想を口にし、


「うん。なんか不思議な感じがする」


 スーニも少し驚いた顔で、何もない原っぱの足元を見つめた。


 その声に、


「そうじゃろ、そうじゃろ」


 バケじぃは満足げに相槌を打ち、グランらに向かって、


「ここで何も感じない奴は、鈍すぎて話にならん」


 そう愚痴を言ってその鈍感さに呆れるのだった。


 ラビッツの霊兎たちは夕方、日暮れまでにヴィルアンの丘に到着していた。


 総勢三百名のラビッツが一斉に行動すると怪しまれるので、それぞれがラドリア住民を装って、バラバラに集まったのである。


 一同はまずヴィルアンの丘の中腹あたりで全員の到着を待ってから、頂上を目指したため、頂上に着く頃には日も落ち、辺りは真っ暗になっていた。


 何もない丘の上のその静けさが、服従の儀式を明日に控えたラビッツたちの高ぶる気持ちを鎮めてくれるようだった。


 皆原っぱの草の上に座り、それぞれに雑談などをして過ごした。


 キレイな星空に見惚れている者もいる。


 バケじぃはリーダー達と共に、じっとタヌ、ラウル、ギルの三人を待った。


 しばらくすると、


「おーい」


 麓へ下る山道の先から声が聞こえてきた。


 バケじぃが目を()らすと、星明かりに微かに照らされたタヌ、ラウル、ギル、三人の姿がボンヤリと見えた。


 バケじぃは三人を迎えるために立ち上がり、そこにいるラビッツたちも一斉に立ち上がった。


 タヌ、ラウル、ギルの三人が丘の上に辿り着き、バケじぃの前に立つと、


「見つかったか」


 バケじぃは険しい表情で尋ねた。


「あったりまえだろ」


 ギルがしたり顔で答える。


「そこにあるんだ」


 タヌはそう言って原っぱの先に視線を向ける。


 そこは崖で、洞窟があるようには思えない。


 バケじぃがタヌの視線を追って崖の方を見て、


「うん?」


 首を傾げると、


「あそこから洞窟のある場所まで下りられるんだ」


 ラウルがそう付け加えた。


 それでバケじぃは納得した。


「なるほど」


 バケじぃはラドリアの戦士を祀る洞窟が、まさか崖下にあるとは思っていなかったから驚いたのだが、たしかにそこなら誰にも気づかれないし、近づこうとする者もいないだろう。


「それじゃ、案内するからついてきな」


 ギルは偉そうに言うと、手に持つランプをコンコンと出発の合図のように叩き、意気揚々と歩き出すのだった。


 洞窟へは崖を直接下るのではなく、そこへ下りる道筋が作られていて、ギルはその下り口へ向かう。


 それにタヌとラウルが続く。


「なんじゃ、あいつ」


 バケじぃは顔を引きつらせてギルの背中を睨みつけてから、


「行くぞ」


 グランにそう声をかけ、三人の後を追った。


「うん」


 グランはラビッツのリーダー達に目配せをし、その後に続く。


「緊張するよね」


 崖に向かう途中、ミズワがテナリとスーニに声をかける。


「ああ、何だか不思議な気分だ」


 テナリはそう応え、


「バケじぃが嘘をつくとは思ってなかったけど、やっぱりラドリアの戦士っていたんだね。何だかドキドキするわ」


 スーニは目を輝かせるのだった。


「足元気をつけろよ」


 ギルはみんなに声をかけ、十メートル程の崖を斜めに下っていく細い崖道に入っていった。その崖道は自然にできた道のように見えて、よく見れば人工的に作られた道だということがわかる。そんな道だ。


 星明かりに照らされた崖道を、一同慎重に下り、無事洞窟の入り口に辿り着くことができた。


 ギルは全員の到着を確認すると持っていた火種でランプに火を灯し、後ろを振り返り、


「行くぞ」


 そう言って洞窟の中に入っていった。


 それにタヌとラウルが続き、


「お前たち、失礼のないようにな」


 バケじぃはリーダー達に声をかけてから洞窟の中に入っていった。


 リーダー達もそれに続く。


 ギルが洞窟の中のロウソクに火を灯すと、


「おおっ・・・」


 バケじぃは洞窟内に漂う厳粛な空気に思わず声を漏らした。


「なんだろう、この不思議な感覚は」


 グランはそう呟き、


「身震いするぜ」


 パパンはそう言って両脇を締め腹に力を入れる。


 皆それぞれに感じるものがあるようだ。


「みんな、あの奥の部屋にラドリアの戦士が祀られてるんだ」


 ギルは神妙は面持ちで洞窟の奥を指差した。


 あれだけバケじぃに偉そうな態度を取っていたギルも、洞窟の中では大人しい。


 タヌとギルが先に部屋に入って中のロウソクに火を灯すと、


「入るぞ」


 と言い、バケじぃから中に入っていった。


 バケじぃは部屋の中に入ると、


「これが、ラドリアの戦士か・・・」


 戦士たちの棺を前にしてそんな声を漏らし、興奮した。


 みんなが中に入って行くのを見ながら、ラウルだけ部屋の外で待つことにした。


 みんなは部屋の中に入ると、そこにあるラドリアの戦士の柩と、柩の前に置かれた剣の持つ厳かさに圧倒された。


「本当にいたんだ・・・」


 デニトは涙を浮かべ、


「バケじぃは嘘つきじゃなかったんだ・・・」


 リーレはそう呟いた。


「誰が嘘つきじゃ。お前だけだぞ、わしを嘘つき呼ばわりするのは」


 バケじぃがそう言って不機嫌にリーレを睨みつけると、ギルは顔の前で手を振って、


「いやいや、ここにいるみんなだよ」


 と冷静に告げるのだった。


「お前なぁ・・・」


 バケじぃは頬をピクピクさせてギルを睨み、


「ラドリアの戦士が見てるぜ」


 ギルは平然とバケじぃを注意する。


 その言葉にバケじぃははっとし、


「そうじゃな」


 珍しく素直に頷き、


「すみませんでした」


 目の前にあるジアヌの柩に向かって頭を下げるのだった。


 そんなバケじぃの殊勝な姿に、皆クスッと笑う。


「タヌ、あの柩の前にだけ剣が置かれてないんだけど」


 キーナがラセルの柩を指差すと、


「いい質問だ」


 タヌはそれをきっかけに、タタルから聞かされたラドリアの戦士に纏わる話を、そこにいる全員に話して聞かせた。


 タヌが話し終わると、それぞれがラドリアの戦士の息吹とその想いを感じ、明日の戦いに懸ける想いを強くするのだった。


 部屋を出ると、バケじぃは全員を部屋の前に整列させ、誓いの言葉をラドリアの戦士に捧げた。


「ここに祀られている、ラセル、ガクサ、ジアヌ、イオス、クルカ、そしてすべてのラドリアの戦士たちに誓います。我々は、我々霊兎族がかつて失った、霊兎族の誇りを取り戻すために、この命を懸けて戦います。我々ラビッツは、あなた達の想いを背負って戦います。そして必ずや、爬神族を滅ぼしてみせます。どうか、我々の戦う姿を見ていて下さい」


 バケじぃは胸の前で手を合わせ、祈るように誓いの言葉を述べた。


 そしてその言葉を、そこにいる全員が噛み締めたのだった。


 丘の上に戻ると、バケじぃはラビッツのメンバー全員に向かって気合いを入れた。


「よし!これで明日の準備は整った!後は迷わず、何も考えず、ぶつかっていくだけじゃ!いいな!」


 バケじぃが声を押し殺して叫ぶと、


「おおー!」


 みな小声で雄叫びを上げ、顔の高さに拳を突き上げるのだった。


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