一五一 西地区遠征隊
ウオチ郊外の原っぱに、遠征隊に参加する部隊は集合していた。
西地区治安部隊第十部隊から第十五部隊に加え、救護班、食料班などの支援部隊を合わせたおよそ六千人の遠征隊である。セントラルで他地区の遠征隊と合流し、サムイコク全体としては総勢一万五千人を超える規模となる。
サムイコク遠征隊は、旧クトコクの首都であるセダイで他国と合流することになっている。
賢烏族の歴史の中で他国と合同軍を結成して軍事行動を行うということは、未だかつて無かったことであり、今までの歴史を振り返れば絶対にありえないことだった。
そもそも賢烏族の国々には領土を巡って大小様々な戦争を繰り返して来た歴史があり、表向きは平和なように見えても、ガルスコクがクトコクを吸収したように、領土拡張の野心を失わない国もあり、賢烏族の国々は常に緊張関係にあるのだった。
その緊張関係にある国々を説得しまとめたのがサムイコク元老ムサシ・テドウだった。
テドウ家はかつて各国が覇権を争っていた時代に、負けを知らないサムラコク軍(サムラコクはサムイコクの前身の国である)を率い、その名を轟かせた名家であった。もしテドウ家に野心があれば、ガルスコクの半分はサムイコクのものになっていたかも知れないとまで言われている。その私利私欲のない姿勢によって、テドウ家は他国から一目置かれる存在だった。それゆえ、今でも賢烏族の国々の君主家は、総じてテドウ家に敬意を払って交流を求めてくるのだった。
そういうこともあり、賢烏族が一体となって遠征軍を組織し、軍事行動を行うことができるのも、テドウ家の存在が大きく、ムサシが呼びかけたからに他ならなかった。
兵士たちを前に、タケルは今回の遠征の意義を唱えていた。
「今回の遠征の目的は、あくまで我がサムイコク国民の命を守ることにあります。このサムイコクの地で、爬神様による公開処刑が行われることがないようにするための遠征です。それを胸に刻んで遠征に臨んでください。国民の命を守ること。愛する家族を守ること。それが我々の使命です」
タケルはそこまで言うと、すーっと深く息を吸い、
「そのために命を捨てることを怖れてはなりません!我々はウオチの戦士です!その勇猛果敢さをみせつけてやりましょう!」
そう声を張り上げ兵士たちを鼓舞するのだった。
兵士たちはそれに応え、
「おおー!」
雄叫びを上げ拳を突き上げる。
西地区遠征隊の準備が整い、いよいよ出発するというときに、クミコが原っぱに現れた。
クミコはセジと一緒だった。
「お兄様!」
そう言ってクミコはタケルに駆け寄ってくる。
タケルはクミコに気づくと隣に立つアジをチラッと見、それからクミコに右手を上げて応えた。
タケルと一緒にアジとサスケがいて、アジは目を細めてクミコを見つめ、サスケはそんなアジを見て嬉しそうにしているのだった。
「セジが一緒に見送りに行こうって誘ってくれたのよ」
クミコが三人の前に立って声を弾ませると、
「そっか、見送りにきたのか」
タケルはそう言い、クミコがそれに反応する前に、
「アジを」
と付け加えて悪戯っぽく笑う。
アジは恥ずかしそうにクミコに笑顔をみせ、サスケはこちらに向かって歩いてくるセジを鋭く見つめた。
「お兄様ったら」
クミコは顔を赤くして俯いてしまう。
「図星だな」
タケルがそう言って「ははは」と愉快に笑うと、
「もぉ」
クミコは顔を上げられずに恥ずかしそうにするだけだった。
そんなクミコを見て、
「ごめん」
タケルはあっさり謝ると、
「アジ、頼む」
そう言ってアジの肩をパンッと叩いてクミコの前に押し出した。
「おっと・・・」
クミコの前に押し出されたアジも嬉しいのと恥ずかしいのとで何を言っていいのかわからず、顔を赤くして俯いてしまう。
クミコは俯いたまま、
「アジ、約束、忘れないでね」
そう言うと、勇気を振り絞って顔を上げ、アジを見つめた。
アジもクミコに視線を向け、その目をちゃんと見つめ返す。
アジはクミコの真剣な眼差しに、
「うん。絶対に生きて帰ってくるから」
と応え、優しく微笑むのだった。
そのとき、いつの間にかクミコの少し後ろに立っていたセジが、怒りの眼差しでアジを睨みつけたのを、サスケは見逃さなかった。
「待ってるからね」
クミコはそう言うと、自分の首に付けているネックレスを外し、
「これ、お守りだから」
心を込めてそれをアジに手渡した。
そのネックレスには二人の名前が彫られたプレートがついている。
アジはネックレスを受け取ると、
「ありがとう。クミコがいつもそばにいてくれるみたいで心強いよ」
そう礼を言い、プレートに彫られた二人の名前を見つめるのだった。
「私はいつもアジと一緒にいるんだからね」
クミコがそう言ってはにかむと、その仕草がたまらなく愛しくて、
「うん。わかってる」
アジはそう応えながら、思わずクミコを抱きしめてしまう。
「おっ」
タケルはアジの大胆な行動に驚き、ひやかすような、それでいて嬉しくてたまらないような、そんなニヤニヤとした笑顔になる。
サスケはそんな二人の幸せを願わずにはいられない。
「兄さん!」
セジが注意するように声をかけると、アジは我に返り、
「あっ」
と驚き、抱きしめたクミコの体を慌てて離した。
アジは顔を赤くしてクミコを見、クミコは嬉しそうにアジの服をつまんで笑顔になる。
そんな二人を見て、
「クミコのためにも無事帰って来なきゃダメだよ」
セジは作り笑顔でそう言うのだった。
その目の奥にあるどす黒いものにアジは気づかない。
「ありがとう」
アジは笑顔で応え、
「留守を頼む」
そう言って後のことを託し、
「心配いらないよ。クミコには俺もついてるし」
セジは胸を張ってそれに応えるのだった。
「ああ、任せたぞ」
アジは信頼の眼差しでセジに頷くと、クミコに向き直り、
「それじゃ行ってくる」
そう言ってクミコを不安にさせない爽やかな笑顔で笑ってみせるのだった。
「うん」
クミコが素直に頷くと、
「必ず帰ってくるから」
アジはそう言ってクミコの頭をポンポンと優しく叩く。
「うん」
クミコは強がりな笑顔で頷くと、目に浮かぶ涙を隠すように俯くのだった。
そして、
「さぁ、出発だ!」
タケルが号令をかけ、西地区遠征隊はセントラルへ向け出発した。