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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一五〇 ラドリアの戦士が眠る洞窟


 翌朝、タタルはヴィルアンの丘にある洞窟へ三人を案内した。


 洞窟は丘の頂上近くにあり、その入り口は丘の北崖にあるために人が近づくこともなく、草木に覆われているため、それに気づく者もいない。


 タヌ、ラウル、ギルの三人は、タタルに導かれ洞窟の入り口に辿(たど)り着いた。


 洞窟の入り口は狭いながらも人が一人通るには十分な大きさがあり、その縦長の穴を隠すように草木が覆いかぶさっているのだが、ここまで来ればそこに洞窟の入り口があることは一目瞭然だった。


 タタルは手に持つランプに明かりを灯すと、入り口にかかる木の枝を押しのけながら洞窟の中に入って行き、三人はそれに続いた。


 洞窟の入り口を斜めに下りるようにして入って行くと、洞窟の中は外からは想像もできないくらいに広く、ひんやりとした空間になっていた。


 洞窟の中には入り口の他にも風穴があるようで、空気の流れがあり、洞窟内の空気は淀むことなく新鮮だった。


 洞窟の壁面を削っていくつもロウソク台が作られていて、そこには長さのまばらなロウソクが一本ずつ立てられている。


 タタルがロウソクのいくつかに火を灯すと、洞窟内が明るく照らされ、中の様子がよくわかった。


 洞窟の中は広々とした縦長の空間になっていて、その壁面を見れば、ロウソク台もそうだが、そこに人の手が入った痕跡があり、ここが意図的に造られた空間であることがわかる。


 ロウソクの炎が洞窟内を幻想的に照らしている。


「あの奥にラドリアの戦士が眠っています」


 タタルはそう言って洞窟の奥を指さした。


 洞窟の奥には石を積んだ壁が作られていて、その真ん中に、中に入るための入り口があった。


 そこがラドリアの戦士たちが祀られている部屋なのだろう。


「あれか・・・」


 タヌはそう(つぶや)き、洞窟の奥の部屋に近づいていった。


 部屋に近づくにつれ、胸の鼓動が高鳴っていく。


 それは、ラウル、ギルも同じだった。


 洞窟の入り口に立ったときもわくわくしたが、洞窟の中にある部屋は神秘的で、近づくにつれ気が引き締まる思いがするのだった。


 四人は部屋の前で立ち止まる。


 部屋の中は真っ暗で何も見えない。


「なんだかドキドキするな」


 ギルはそう言い、


「うん」


 タヌは頷く。


 ラウルはタヌの横でじっと部屋の奥の闇を見つめた。


「それでは火を灯しますね」


 タタルがランプを片手に中に入って行くと、直ぐに部屋の中がロウソクの灯りで照らされた。


 部屋には奥行きがあり、奥の壁面に見えるのは、腰の高さの位置に掘られた穴と、そこに納められた柩だった。それが複数あるように見える。そして柩の納められたそれぞれの穴の前には、鞘に収められた古い剣が、剣立てに立て掛けられて置かれているのだった。


 剣立ては低い台の上に置かれ、その両脇で揺らめくロウソクの炎が、部屋の中を神秘的にみせているのだった。


 それは厳粛で幻想的な光景だった。


「どうぞ」


 タタルがそう声をかけると、タヌを先頭に三人は中に入っていった。


 部屋の中は横長の広い空間になっていて、正面と側面の壁は洞窟の壁で、入り口側の壁だけ、人工的に作られた壁になっていた。


 部屋の正面の壁には三つの柩が祀られていて、左右の壁にも、一つずつ柩が納められ祀られている。ただ入り口から見て右側にある柩の剣立てには、立て掛けられているはずの剣がなかった。


 三人はラドリアの戦士の柩を前にして厳粛な気持ちになる。


「ここにあるのは、ラドリアの戦士、五人の柩です」


 三人の後ろに立つタタルがそう説明した。


「あの右の柩に剣がないんだけど」


 タヌが気になって尋ねると、


「ぼっちゃん、その目の付け所は流石です」


 タタルは嬉しそうに微笑み、


「その質問に答える前に、ここにある柩について説明しますね」


 と、柩についての説明を始めた。


「ここにある柩は、爬神(はじん)族と戦った勇敢なラドリアの戦士たちの中でも、特に尊敬され、先頭に立って戦った戦士たちのものと言われています。ラドリアの戦いの後、生き残った者たちが人知れず彼らの亡骸をここに納め、祀ったのです。柩をよく見ていただきたいのですが、側面に、それぞれの名前と功績が記されています。左奥の柩がガクサと呼ばれる戦士のものですが、彼は頭脳明晰で、ラドリアの戦士たちを率いたラセルの参謀として信頼も厚く、ラドリアの戦いで一度は爬神軍を撃退できたのも、彼の功績が大きかったようです。また、彼はラセルとは幼馴染みだったとも書かれています」


 タタルはそこで一息入れ、タヌ、ラウル、ギルの三人が、真剣な表情で耳を傾けているのを確かめてから先を続けた。


「そして、正面に三つある柩は左から、クルカ、ジアヌ、イオスのものになります。彼ら三人は、ラドリアの戦士たちの中でも最強といわれる三人になります。ラドリアの戦士たちが爬神族と戦うことを決めたとき、この三人が戦う意志を示したことが、その決断を後押ししたといわれています。ラドリアの戦いにおいても、彼ら三人の戦う姿はラドリアの戦士たちを鼓舞し、力を与え続けたということです。しかし残念ながら、三人の中でも最強と謳われたジアヌは、爬神軍を撃退した戦いで命を落としています。彼がもしそこで死ななかったら、もしかしたら、ドラゴンを倒せたんじゃないか、と言われる程の戦士だったようです。クルカとイオスはその後も勇敢に戦い続けたものの、ここヴィルアンの丘で力尽き、命を落としたということです。そして最後に、右奥にある柩が、ラドリアの戦士たちを率いたラセルのものになります」


 ここまで説明して、タタルはタヌに向かって微笑んだ。


 ラドリアの戦いについて知っていたタヌやラウルでさえも、これほど詳しく伝えられてはいなかったので、タタルが語った内容は二人の胸を揺さぶるものだった。


 ギルはバケじぃの口からしか聞かされていなかったので、ラドリアの戦士なんて嘘くさいとしか思っていなかったのだが、こうして柩を前にしてタタルの話を聞くと、ラドリアの戦士たちの想いのようなものが伝わってきて、得体の知れない感情に胸を震わせているのだった。


「ここでぼっちゃんからの質問に答えさせていただきますが、ラセルの前にだけ剣がない理由ですが、それはラセルの柩だけ、中が空っぽだからです」


 タタルがその理由を告げると、


「えっ」


 タヌは驚いた。


 タヌだけじゃなく、ラウルとギルも同じく驚いた顔でタタルを見つめた。


 タタルはその反応を予想していたかのように小刻みに何度も頷き、説明を付け加えた。


「ラセルがここヴィルアンの丘で戦死したのは間違いないようなのですが、その亡骸が見つからなかったようなのです。ここにあるそれぞれの柩の前に立て掛けられた剣は、それぞれの戦士が実際に使った剣だと言い伝えられています。つまり、ラセルの亡骸が見つけられなかったために、その剣も失われてしまったということなのでしょう。それでラセルは亡骸がないままに、柩を空にしてここで祀られることになったようなのです」


 タタルは難しい顔をしてラセルに(まつ)わる話を伝えた。


「空っぽの柩を祀るってことは、それだけ尊敬されていたってことだね」


 タヌがそんな感想を口にすると、


「実は師匠から、あくまでも噂程度の言い伝えということで教えてもらったのですが、ラセルは実は生き延びていて、〝服従の儀式が行われたときには、すでにラドリアから離れていた〟という言い伝えもあるそうなんです。それはヴィルアンの丘の戦いの最中に、ガクサによって逃がされていた、というものです。ガクサは霊兎族の復興をラセルに託したのでしょう。ここヴィルアンの丘での戦いでは、ここに眠るガクサ、イオス、クルカを始め、勇猛果敢な戦士たちの多くが、不自然に無謀な死に方をしたと言い伝えられていて、その理由がラセルを逃がすためだったんじゃないか、ともいわれています。そういうこともあって、ラセルは生き延びていたという伝説が、まことしやかに語られることになったそうなんです」


 タタルは自分が知っていることを話し終えると、「ふーっ」と大きく息を吐いた。


 タヌ、ラウル、ギルの三人は、タタルの話の中にラドリアの戦士たちの息遣いを感じ、なんとも言えない気持ちで魂を震わせていた。


 遥か昔、この地で戦いが行われ、誇り高き戦士たちが確かに存在していたのだと思ったら、


 彼らの想いを自分たちが果たさなければならない・・・


 タヌ、ラウル、ギルの三人はそう思わずにはいられなかった。


「もしラセルが生き延びていたとして、その後どういう人生を送ったんだろうね」


 タヌは感慨深く呟き、


「そうですねぇ・・・」


 タタルはそれには答えられなかった。


 タヌは色々思いを巡らせる。


 もしラセルが生き延びていたとしても、その後の霊兎族が辿った歴史を考えれば、きっと失望のうちにこの世を去ったに違いない・・・


 タヌはラセルのその生涯に憐れみを覚えるのだった。


「霊兎族の誇りのために戦った英霊たちは、今のこの世界をどう思うんだろうな」


 ギルが真顔で投げかける。


「何のために命懸けで戦ったんだろうって、嘆いているはずだ」


 ラウルはそう応え、ラドリアの戦士たちの無念さを思う。


「だからこそ、俺たちは彼らの想いを背負って戦わなきゃいけないんだと思う」


 タヌがその思いを込めた眼差しで二人を見ると、


「ああ」


 ラウルはそう応えて頷き、


「そうだ、その通りだ」


 ギルはそう言ってその顔に不敵な笑みを浮かべた。


 そんな三人のやり取りを、タタルは頼もしく見守っている。


 タヌは何気なく入り口側の石積みの壁に目をやり、


「あっ」


 その積まれた石の一つひとつに、名前が刻まれていることに気づいた。


「それは、ラドリアの戦士たちの名前です」


 タタルがそう説明すると、三人はそこにある戦士たちの生きた証に、何とも言えない気持ちになるのだった。


「ルイサ、ビドル、ガノイ、デオマ・・・」


 石に刻まれた戦士一人ひとりの名前を確認するように見ている三人に向かって、


「オホンッ」


 タタルは咳払いをして注意を引いた。


 三人が振り向くと、


「皆さんにお見せしたいものがあります」


 タタルはそう言って意味深な笑みを浮かべた。


「何?」


 タヌが訊くと、タタルは入り口の右の壁際に置かれた木箱をポンポンと叩き、


「この中にあるんです」


 そう答えながら、木箱の蓋をゆっくりと取り外した。


 タヌ、ラウル、ギルの三人は、興味津々でその木箱の前に移動した。


 木箱には三本の剣が等間隔に立てて収められていた。


 箱の大きさの割に三本しか剣が収められていないので、箱の中はかなりスカスカに見える。しかし、その三本の剣から漂う厳かな品格のようなものが、その箱の中の空間を満たしていて、そこにある一本一本の剣の持つ存在感に、三人は言葉なくただ圧倒されるのだった。


 そんな三人に、


「ここにある三本の剣は、師匠が心を込めて打った剣の中でも、最も(すぐ)れた作品になります」


 と、タタルは自慢げに告げた。


「そうなんだ」


 タヌはしみじみとした気持ちになる。


 ここに収められた剣には、父ナイの魂がこめられている。


 そう思ったら、そこに父ナイの生きた証があるような気がして、タヌは何とも言えない切ない気持ちになるのだった。


「この三本の剣は師匠にとって、別の意味でも特別な剣になります」


 そう言いながら、タタルは真ん中の剣を取り出してタヌに差し出した。


「この剣は、師匠がぼっちゃんのために打った剣です」


 タタルがそう告げると、


「えっ・・・」


 タヌは驚いて言葉を失う。


 父ナイが自分のために剣を打っていたとは知らなかった。


「いつかぼっちゃんが仲間と共に立ち上がるときが来たら、この剣を渡して欲しいと師匠にお願いされていたんです」


 タタルはしみじみと言う。


 タヌはタタルの手からその剣を受け取ると、その剣の重み、そこに込められた父の想いに胸が熱くなった。


 剣の柄には〝タヌ〟の名が刻まれていた。


「父さん・・・」


 タヌは目の前に父ナイがいるかのように、その剣に向かって呟いた。


「ふぅー」


 タヌはゆっくりと息を吐いて気持ちを落ち着けると、剣の柄を握り締め、ゆっくりと鞘から引き抜いた。


 ナイがタヌのために打った剣は、ロウソクの炎を反射して艶やかに煌めく見事なものだった。


「すげぇ」


 ギルが思わず声を上げる。


「なんだろう、タヌへの想いが溢れてるな」


 ラウルはそう声を漏らし、どこか(うらや)ましそうにその剣を見つめた。


「さぁ、ラウルさん、これはあなたのものですよ」


 タタルはそう言い、木箱の中の右側に置かれた剣を取り出してラウルに手渡した。


「俺?」


 ラウルがその剣の鞘の部分を握って驚いていると、


「柄を見て下さい」


 タタルは意味深な目でそう言った。


 ラウルが柄に視線を向けると、


「あっ」


 そこには〝ラウル〟の名が刻まれていた。


「どうして・・・」


 ラウルは驚き言葉を失う。


「師匠はハウルさんからあなたのことを聞いていたんです。師匠は私に言っていました。ハウルさんの息子は必ずぼっちゃんと出会い、共に戦うはずだからって」


 タタルがそう告げると、


「嬉しいです・・・」


 ラウルはそこにハウルとナイとの間にある、互いを信頼し合う深い絆のようなものを感じ、熱い想いが込み上げてくるのだった。


 父さんは一人ぼっちじゃなかったんだ・・・


 ラウルのその目に涙が浮かぶ。


 その様子を羨ましそうに見つめているギルに、


「そして、これがギルさんのものです」


 タタルはそう言って最後の一本をギルに手渡した。


「えっ、俺の?」


 ギルは目を丸くして驚いた。


 その顔が嬉しそうだ。


「そうです。師匠はなぜだか三人にこだわっていたんです。それは恐らく、ここに眠る、ジアヌ、イオス、クルカの三人の戦士をイメージしていたんだと思います。その証拠に、その剣の柄には〝クルカ〟と刻まれています」


 タタルがそう説明すると、


「ありがとうございます」


 ギルは柄にもなく殊勝な態度で礼を言い、手渡された剣を大事そうに両手で握り締めるのだった。


「是非、ラドリアの戦士たちの想いを背負って戦って下さい」


 タタルは神妙な面持ちで三人に向かって頭を下げた。


 タヌ、ラウル、ギルの三人は剣を握り締め、精悍な顔つきでタタルに頷いた。


 タヌは父ナイを想う。


—私はお前を捨てるのではない。父として、ひとりの人間として、そしてラドリアの戦士として、その死に様をみせて死ぬつもりだ。


 あの夜、父ナイはそう言った。


 その父ナイの想いがタヌの胸に沁みてくる。


 父さんは俺を捨てるどころか、一緒に戦うつもりだったんだね・・・


 タヌはそっと目を閉じ、心の中でそう呟くのだった。


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