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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一四七 護衛隊隊長たちの想い


 護衛隊隊舎の会議室に、すべての都市の護衛隊隊長が集まって酒を酌み交わしていた。


 そのテーブルを囲むのは、スペルスのラルス、ボルデンのユラジ、ドゴルラのテサカ、ナスラスのアミラ、サットレのイオン、ミンスキのマイス、イスタルのドゴレ、そしてラドリアのミカル、さらに、ラドリアの武術教官ダレロの九人だった。


 ミカル、ドゴレ、ダレロは幼馴染みだが、他の隊長たちもすべてラドリア出身のため、皆互いを知っていた。


「久しぶりにラドリアに戻ったが、変わらないな」


 イオンは感慨深くコップの酒を一口飲んだ。


 イオンはこの中で最年長の白髪の霊兎だった。サットレに班長として赴任したのは二十年前、まだ二十歳になったばかりの頃だった。それから一度もラドリアに戻ることはなかった。だから、久しぶりのラドリアに懐かしさで胸が一杯になる。


「たしかに、変わりませんね」


 ラルスが相槌を打つ。


 ラルスもラドリアに帰るのは七、八年ぶりとなる。ラルスは三十絡みの白髪の霊兎で、スペルスでは副隊長として隊長のミズホに仕えていたが、先の公開処刑においてミズホが命を落としたため、隊長に昇格させられたのだった。


「ミズホを失ったことは実に残念なことだった」


 イオンはしみじみと言い、悔しそうな顔をする。


 イオンはミズホと歳が近く、同じく歳が近いテサカを含めた三人は、ラドリアにいる頃は一緒に学んだ仲だった。ゆえに、ミズホの死を最も悲しんだのが、このイオンとテサカの二人だった。


「私は、ミズホ様の勇姿を一生忘れません」


 ラルスはそう応えて涙ぐむ。


「公開処刑と言えば、ミンスキもそうだよな」


 そう言ってマイスに視線を向けたのはユラジだ。


 ユラジは三十代半ばの茶髪の霊兎だ。右頬に傷痕があり、その傷については、ユラジがボルデンに派遣されて直ぐの頃、蛮狼族監視団の隊長と揉めて付けられたものという噂があったが、ユラジがその真相を語ることはなかった。


「ああ。私はあれほどの虐殺がこの世にあるとは想像さえしていなかった。それぐらい、あれは見るに堪えない凄惨な光景だった」


 マイスはミンスキで行われた公開処刑の血に塗れた光景を思い出し、そのおぞましさに顔をしかめ身震いした。


 マイスは瞼に浮かぶ光景を振り払うかのように、コップの酒を一気に飲み干した。


 マイスはユラジと同い年の白髪の霊兎で、ラドリアにいる頃はユラジとライバル関係にあり、互いに腕を競って切磋琢磨した間柄だった。


「お前が身震いするなんて、よっぽどのことだな」


 ユラジはマイスの顔から血の気が引くのを見て、改めて公開処刑を許せなく思う。


「あの公開処刑を止める方法が、屈辱的な儀式しかないなんて、我々霊兎族ほど惨めな人種族もないだろう」


 マイスは思い詰めた表情でそう吐き捨てるのだった。


 その言葉を受け、テサカが口を開く。


「そうだな。その惨めな我々の目を覚まさせてくれたのが、ラドリアの惨劇のナイとハウルの二人だ。それをきっかけに我々の意識は少しずつ変わっていった。そして、ミカルがその二人の子供であるタヌとラウルをイスタルに逃がし、我々にいつかその二人と共に立ち上がることを訴えたときから、我々はその時が来ることを信じて準備を進めてきたのだ。それがなければ我々は服従の儀式で立ち上がることもなく、大切なものを失ったまま、喜んで爬神にその身を捧げ続けたことだろう」


 テサカは真顔でしみじみと語る。


 テサカは四十代前半の白髪の霊兎で、霊兎族の誇りを取り戻す為に立ち上がることを、ミカルが最初に説得した男だった。


—タヌとラウルがもし立ち上がる日が来るなら、一緒に立ち上がらないか。


 ミカルからの秘密の書簡を受け取ったとき、テサカはその内容を受け入れることができなかった。それがあまりにも無謀なことに思えたからだ。しかし、ミカルがわざわざドゴルラまで訪ねて来たとき、ミカルが本気だということがわかった。ミカルは霊兎族の誇りを取り戻すことを熱く訴え、テサカはその熱い想いに胸を打たれ、ミカルと共に立ち上がることを決めたのである。そして、テサカがイオンや今は亡きミズホを説得したことで、他の都市の隊長たちも共に立ち上がることを決めたのだった。


 テサカの言葉にアミラが深く頷いた。


「まったくだ。ミカルを信じて準備を進めていなければ、我々が今こうしてタヌやラウルと共に立ち上がることはなかっただろう。我々はミカルに感謝しなければならない」


 アミラはそう言って酒を啜った。


 アミラは三十代後半の灰色の霊兎だ。ラドリアの惨劇の後、ミカルからその様子を知らせる秘密の書簡を受け取ったとき、アミラはそこに描かれていたナイとハウルの姿にラドリアの戦士の姿を見て胸を熱くしたのだった。とはいえ、そのときはまさか自分が爬神族に反旗を翻すことになるとは思っていなかった。


 ミカルはアミラに向かって首を横にふる。


「すべての始まりはラドリアの惨劇だ。ナイとハウル、この二人の志がなければ、ラビッツも、今の我々もない。私は鬼気迫る二人の姿を目の当たりにした者として、その責任を果たしたに過ぎない」


 ミカルが想いを込めた眼差しで一同を見渡すと、皆それに深く同意して頷いた。


「しかし、ラビッツは想像以上だぞ」


 そう発言したのはドゴレだった。


 それを聞いて、ダレロとミカルは互いに目を見合わせてニヤリと笑い、


「ほぉ」


 ラビッツを知らない他の隊長たちはその発言に興味を示し、その視線をドゴレへ向けた。


「タヌ、ラウル、そしてもう一人、ギルという奴がいるんだが、この三人は蛮兵四十人に囲まれたにも拘わらず、まったく怯むことがなかった。それどころか、あっという間にその全員を斬り殺したのだ。それはもう見事としか言いようがなかった」


 ドゴレが教会前広場での三人の活躍を伝えると、


「おお、それは凄い」


 頬に傷のあるユラジは感嘆の声を上げ、


「二人は我々が思っていた以上に成長してくれたようだな」


 ユラジのライバルであるマイスはそう言って喜び、


「ラビッツと共に戦うのが楽しみだ」


 最年長のイオンは嬉しそうにコップの酒をくゆらせる。


 隊長たちは挨拶がわりの雑談を楽しみ、それが落ち着くと、


「ところで、服従の儀式に参加する兎神官たちの扱いだが」


 と、ダレロが本題を切り出した。


 皆がダレロに注目する。


「統治兎神官とその従者をどうするか考えなければならない。統治兎神官は我々の先頭に立つため、戦闘が始まれば、神兵と我々との間で板挟みになるのだからな」


 ダレロが難しい顔でその点を指摘し、手に持つコップをテーブルの上に置いて腕組みをすると、皆も無意識に酒の入ったコップをテーブルの上に置いて腕を組むのだった。


「なるほど。戦闘に巻き込まれたらまず助からないな」


 イオンは眉間に皺を寄せ、


「それは考えていなかった」


 テサカは困った顔をして右手で左頬を撫でる。


 皆がどうすべきか思案する中、


「イスタルの統治兎神官は見殺しにして構わない」


 ドゴレはその目に怒りの色を浮かべ、そう言い放った。


 その強い言葉に皆は驚き、


「ほぉ、どういうことだ」


 アミラが興味深々にその理由を尋ねる。


 ドゴレは怒りを鎮めるかのように「ふぅー」と大きく息を吐く。


 そして、


「コンドラの元の名は、ドリルだ」


 ドゴレは吐き捨てるようにその名を告げた。


 ドゴレが口にしたその名に、


「おお」


 その場に大きな驚きの声が上がった。


「ドリルか、覚えているぞ。あいつには何度も鞭で打たれたものだ」


 アミラはその当時のことを思い出して嫌な顔をし、


「私も何度打たれたかわからない。自分が気に入らないと直ぐに鞭で打つからたまったもんじゃなかった。あれほど嫌な奴は未だに見たことがないぞ」


 ユラジは不機嫌にそう吐き捨てる。


 さらに、


「私が施設に入ったばかりの子供の頃、ドリルはまだ若い兎神官だったが、その頃から狡猾で嫌な奴だった。自分が気にいらない生徒にはわざと答えられない質問をし、答えられないと嬉しそうに打ってたからな。私も何度もそれで泣かされたものだ」


 イオンが不快な表情をみせ、


「それは私もよくわかる。というより、ここにいる誰もが、いや、ラドリア精鋭養成所の殆どの子供たちは、ドリルにはひどい目に合わされたはずだ」


 テサカが苦々しい顔をすると、


「そして、タヌとラウルの二人は危うく殺されるところだった・・・」


 ダレロは深刻な面持ちでその最悪の事態を口にするのだった。


 その言葉を受け、


「それで二人をイスタルに逃がしたというわけだ」


 ミカルがそう言うと、


「そうだな」


 ドゴレが深く頷いた。


 ここで一同は一つの疑問にぶち当たる。


「コンクリ様はなぜ、あの卑しい男を統治兎神官にしたのだろうか。わからんものだ」


 マイスは首を傾げ、


「コンクリ様が考えていることは、よくわからん」


 イオンは呆れ顔で肩をすくめる。


「しかし、あのクソ野郎によく統治兎神官が務まるものだな」


 ユラジは不機嫌にテーブルの上のコップを手に取り、中の酒を一息に飲んだ。


「務まるものか」


 ドゴレがそう吐き捨てる。


「何かあったのか」


 ユラジがドゴレの怒りの眼差しに興味を示すと、ドゴレはユラジを一瞥し、


「あいつは罪のない人間に罪を宣告する許可を、監視団に与えていたのだ。蛮兵たちは統治兎神官様のお墨付きを得たことで、爬神を恐れることなくイスタルの住民を襲うことができたのだ。それで何十人も、いや何百人も罪のない人間の命が奪われたのだ」


 と、テーブルに着く一同に告げたのだった。


 それは衝撃的な事実であり、それを聞いた隊長たちの誰もが唖然とし、その顔を歪めるのだった。


 そしてそれと同時に、ドリルならそれをやりかねないとも思うのだった。


 ドゴレの表情が苦渋に歪む。


「私がそれを知ったのはラビッツが現れてからだ。それまでは住民が突然消えたとしても、それは神隠しにあったんだと誰もが信じていたんだ。住民は勿論のこと、我々護衛隊もだ。蛮兵が住民を襲っていたのが、我々護衛隊が活動していない時間に限られていたということもあったし、コンドラがそれを神隠しと明言した上で、護衛隊がそれに関わることを許さなかったこともあって、私はそれに気づくことができなかった。ラビッツのお陰で、生き残った住民からその証言を得ることができたのだ。それで私も何が起こっているのかを理解したのだ。私は蛮兵が罪のない住民を襲っていることをコンドラに伝えたのだが、コンドラは蛮兵たちの悪行を認めなかった。コンドラは生き残った住民が嘘を付いているとみなしたのだ。統治兎神官がそれを認めない以上、我々にはどうすることもできなかった」


 ドゴレは険しい表情でイスタルの状況を説明した。


「しかしラドリア以外の都市では、護衛隊の夜の活動は禁じられていないはずだ。監視団が住民を襲っているとわかった時点で、護衛隊は監視団の動きに目を光らせることができたはずだ」


 テサカがそう指摘すると、


「夜の活動は監視団との調整が必要なため、統治兎神官の許可が必要だ。コンドラがそれを認めなかったのだ。だから我々は表立った活動ができず、ただラビッツの活動を見守ることしかできなかったのだ」


 ドゴレがそう答えると、


「なるほど、それもそうだ。しかし、統治兎神官が護衛隊の活動を邪魔するというのは聞いたことがないぞ」


 テサカはドゴレに同情し、コンドラの卑劣さに呆れるのだった。


 そして他の隊長たちも、


「統治兎神官にあるまじき行為ではないか」


「それにしても(ひど)い」


「許せん」


「ドリルは見殺しで構わないだろう」


 それぞれにコンドラの卑劣さに対する怒りを口にし、ドゴレに同情するのだった。


 そんな中、


「つまり、コンドラの存在こそが、ラビッツ登場のきっかけとも言えるわけだ」


 ユラジはそう言ってニヤリと笑う。


 それを受け、


「それじゃ、コンクリ様はラビッツを登場させるために、わざわざあの卑劣な男をイスタルに送ったようなものだな」


 マイスはコンクリの判断をそう解釈して愉快に笑う。


 そう言われると、ドゴレもなんだかそんな気がしてくる。


「まぁ、見ようによっては、そういうことになるな」


 ドゴレは変に納得して苦笑いを浮かべ、


「さすがコンクリ様だ」


 ミカルが嫌みったらしくそう言うと、皆は失笑するのだった。


 コンクリが選んだ男のお陰でラビッツが誕生し、そのラビッツを反旗のシンボルとして、コンクリの育てた護衛隊が服従の儀式を潰そうとしているのだから、これほど皮肉なこともないだろう。


「コンクリ様もまさかドリルを統治兎神官にしたことが、自分の首を締めることになるとは思ってもいないだろうな」


 ユラジが事の滑稽さを笑うと、みんなはユラジの言葉に愉快な気持ちで頷いた。


「それじゃ、統治兎神官とその従者については一律にどうするか決めるのではなく、それぞれ隊長の判断に任せるということで良いか」


 と、ダレロが確認すると、


「構わない」


 一同、声を揃えて同意した。


「それでは、そろそろお開きとするか」


 ミカルがそう言って背筋を伸ばし、テーブルの上に置いてあるコップを手に持つと、皆一斉にコップを手に持ち姿勢を正した。


 ミカルは静まり返った室内で一人ひとりの顔を見ながら、真剣な面持ちで静かに決意を語る。


「我々の命を、ナイ、ハウルの魂に捧げる。そして我々の命は、タヌ、ラウルと共にある。我々は霊兎族が失った誇りを取り戻すために、爬神に支配されたこの世界を終わらせる」


 ミカルはそこまで言うと、酒の注がれたコップを胸の高さまで持ち上げた。


 それに合わせ、一同胸の高さにコップを持ち上げる。


 ミカルは覚悟を決めた眼差しで皆の顔を見渡し、ミカルのその視線に一同真顔で頷いた。


「霊兎族に誇りを!」


 ミカルがそう叫んでコップを顔の高さに掲げると、


「霊兎族に誇りを!」


 皆それぞれに想いを込めてその言葉を叫び、顔の高さにコップを掲げてから、そのコップの酒を一気に飲み干すのだった。


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