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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一三一 儀式についての報告


 テドウ家の塔の三階、ムサシ・テドウの執務室兼会議室。


 会議の席に着く幹部たちは真剣にタケルからの報告に耳を傾けていた。


 会議に参加しているのは元老であるムサシと、トノジ、ミノル・タヌカ、キヨス・ミザワの三補佐官、それからタケル、アジ、セジといったサムイコクの将来を担う人材であり、それはいつもの顔ぶれだった。


 タケルが霊兎(れいと)族の都市ラドリアで行われる儀式についての説明を終えると、


「やはり公開処刑を止めるための儀式だったか・・・」


 ムサシは深刻な表情をしてそう(つぶや)いた。


 ムサシの正面に座るトノジも(うつむ)きがちに宙を睨み、深刻な顔をしている。


 ムサシはトノジのその鋭い目付きが何を見ているのか気になって、


「トノジ、どう思う?」


 と訊いてみる。


 トノジはムサシに視線を向け重々しく口を開く。


「公開処刑を止めるために、そこまでのことをしなければならないということでしたら、公開処刑がどれだけ恐ろしいものなのか想像ができるというものです。もし公開処刑が我がサムイコクで行われることになったら・・・」


 トノジをここでため息をつき、少しの間宙を睨んでから言葉を続けた。


「それを考えるだけで恐ろしい。服従の儀式は霊兎族だからできる儀式です。霊兎族には霊的な力があるからこそ、生贄というものを差し出すことができるのです。しかし、服従の儀式で捧げられる生贄に相当するものを、我々賢烏(けんう)族は持っていません。つまり、我々には公開処刑を止める手立てがないということになります」


 トノジは険しい表情で自らの危機感を伝えた。


 トノジはラドリアで行われる儀式を知ることで、サムイコクでも公開処刑を止める方法が見つかるかも知れないという淡い期待を抱いていたのだが、それが木っ端微塵にうち砕かれ、大きく失望しているのだった。それに加えて、公開処刑が思っていた以上に恐ろしいものである可能性が高いことも、トノジの気持ちを重々しいものにさせているのだった。


 トノジのその懸念に、


「うーん」


 ムサシは唸ってしまう。


 トノジの言う通りだと思った。


 霊兎族が自らの手によって同族の人間を捌き、爬神(はじん)族に差し出さなければならない程の儀式。


 そんな恐ろしい儀式を行ってまでして止めなければならない公開処刑。


 ムサシは元々爬神軍による公開処刑は避けられないと、心のどこかで覚悟はしていた。打つ手があるとは思えなかったからだ。


 それを霊兎族が儀式を行うというので、もしそれが公開処刑を回避するためのものなら、トノジと同じように、そこから何か得るものがあるかも知れないと考えてもいた。とはいえ、それはダメ元の期待でしかなく、ムサシが実際に考えていたのは、公開処刑が行われるとした上で、その規模をどれだけ小さく収めさせるか、ということだった。しかし、公開処刑はそんな生易しいものではないらしい。 


「公開処刑はなんとしても回避しなければならないということか・・・」


 ムサシは眉間(みけん)(しわ)を寄せ、険しい表情で宙を睨む。


 タケルからの報告がトノジを恐怖に陥れ、ムサシの考えを変えさせたのだった。


「公開処刑を回避するにも、今の我々には打つ手がない。我々にできることは、公開処刑が行われないことをただ祈ることだけだ。祈りに頼るなど、サムイコクを守る元老としての私のプライドが許さない。何か回避する方法があれば良いのだが・・・」


 ムサシはそう言ってため息をつく。


 その場の空気が重くなる中、ムサシの言葉に関心を示さず、


「しかし、服従の儀式を行うメリットが良くわかりません」


 と、首を傾げるようにして発言したのはミノル・タヌカだった。


「どういうことだ」


 ムサシはミノル・タヌカに視線を向ける。


兎人(とじん)の手によって兎人を斬り、その肉を自ら捧げるというのは、霊兎族にとって屈辱でしかありません。このようなおぞましい行為を教会の手で行えば、霊兎族の人々の中に爬神教に対する不信感が生まれてもおかしくないでしょう。これは爬神教にとって自殺行為ともいえます。そう考えると、服従の儀式を行うよりも、公開処刑を受け入れた方がよっぽど教会にとって良かったのではないでしょうか」


 ミノル・タヌカは得意げにその見解を述べ、霊兎族の教会の方針に疑問を投げかけた。


「なるほど。そういう見方もあるのか」


 ムサシは宗教担当のミノル・タヌカならではの物の見方に感心しながらも、まるで公開処刑を受け入れろと言わんばかりのその発言に、不快感を覚えていた。


 そんなムサシの心の内を知らないミノル・タヌカは、


「最高兎神官(としんかん)であるコンクリという男はいったい何を考えているのでしょうか。まったく理解に苦しみます」


 訳知り顔でそう応え眉間に皺を寄せた。


 そのミノル・タヌカの見方に理解を示しながら、異論を唱えたのはトノジだった。


「たしかにミルノの言うように、服従の儀式は教会にとって自殺行為になりかねないが、一方で、公開処刑では一度に数千人の霊兎が惨い殺し方で虐殺される。それと比べれば、たとえ服従の儀式が兎人にとって屈辱でしかないとしても、殺すのは罪人である背信者だし、殺される霊兎の数自体も、かなり少なくて済むのだろう。コンクリが罪なき住民の命を守ることを優先させたと考えれば、私にはコンクリの判断は理解できるものだ」


 トノジは住民の命を守る治安部隊の指揮官らしい意見を述べた。


 そのトノジの意見に、ミノル・タヌカは怒りの眼差しで反論した。


「ただ命を守るだけならそれでも良いだろう。しかし、そこに教会の権威が関わってくると話が違う。住民の命より、教会の権威を守ることの方が大切だということがわかっていない。そこが問題なのだ。だから兎人は愚かなのだ」


 ミノル・タヌカはそう吐き捨てる。


 ムサシは二人のやりとりに耳を傾けながらも、サムイコク元老として何をすべきか、自らの取るべき道について思いあぐねていた。


「しかし、我々はどうすれば良いのだろうか・・・」


 ムサシは難しい顔をしてそう呟いた。


 ムサシのその言葉に場が静まり返る。


 三補佐官も黙って宙を見つめ、迂闊(うかつ)な発言を謹んだ。


 重苦しい沈黙の中、タケルが口を開いた。


「霊兎族の教会は愚かかも知れませんが、霊兎族は服従の儀式を受け入れたわけではありません」


 タケルはそう発言し、力のこもった眼差しでムサシを見つめた。


 タケルにとって、ここからが本番だった。


「受け入れていないとはどういうことだ」


 ムサシは鋭い目つきでタケルを見る。


 タケルのその強い口調に、ムサシは感じるものがあった。


 タケルはゆっくりと息を吸って気持ちを落ち着けてから、会議の席に着く一同に向かって口を開いた。


「服従の儀式については説明しましたが、もう一つ重要な情報があります」


 タケルがそう言うと、


「ほう、なんだそれは」


 ムサシはそれに強い興味を示した。


 ここでタケルはもう一度深く息を吸うと、覚悟を決めた眼差しで一同を見渡し、


「服従の儀式に参加する護衛隊は、式の最中、爬神様に剣をぬくつもりです。そして、儀式の始まる正午に合わせて、霊兎族すべての都市で護衛隊は蜂起し、蛮狼(ばんろう)族監視団を襲撃するとのことです」


 と、堂々とした態度と力強い口調でそれを告げたのだった。


 その内容に、それを知っていたアジとセジ以外の者は大きな衝撃を受けた。


「なんだと!」


 ムサシは思わず声を荒げていた。


 ムサシは霊兎族が蜂起するなどということが信じられず頭が真っ白になる。


「なんと!」


 ミノル・タヌカは目を丸くしてただ恐れ(おのの)いた。


「・・・」


 キヨス・ミザワはあまりのことにポカンとし、ただタケルを見つめるだけだった。


 アジは緊張した面持ちでムサシの反応を気にし、そして隣に座るトノジの様子を窺う。


 トノジは恐ろしい顔で黙って宙を睨み、トノジ越しに見えるセジは不機嫌な顔をしていた。


 トノジは難しい顔をしてタケルに視線を向けると、


「それは間違いのない情報でしょうか」


 と、情報の信憑(しんぴょう)性について(たず)ねた。


 タケルはトノジを真っ直ぐに見て、


「間違いありません」


 そうきっぱりと答える。


 しかしトノジは納得せず、


「間違いないと言えるのはなぜでしょうか」


 と問い詰めた。


 タケルはトノジの鋭い眼差しに気圧されないように、「ふぅ」と息を吐いて肩の力を抜く。


 ムキになって自分を信じろと言えば、逆に信憑性を疑われると思った。


「彼らには嘘を付く理由がないからです。わざわざ嘘をついてまで、服従の儀式で爬神様に剣を抜くことや、蛮狼族監視団への襲撃を口にするでしょうか。彼らが私たちを信頼して、本当のことを告げてくれたと考える方が自然です。イスタルで蛮兵(ばんぺい)を襲撃しているラビッツなる武装集団を覚えていると思いますが、今回の蜂起はそのラビッツなる武装集団が深く関わっています。そして私たちに服従の儀式について教えてくれたのが、そのラビッツのメンバーなのです」


 タケルは穏やかに、それでいて自信に満ちた表情で答えた。


 トノジは右眉をピクッと動かし、


「うーむ」


 と唸ってしまう。


「ラビッツか・・・なるほど」


 ムサシは驚きもせず相槌を打ち、思案するように宙を睨む。


 ムサシは自分の中で納得すると、


「それなら信じていいかも知れないな」


 そう言って小刻みに(うなず)くのだった。


 ラビッツが暗躍できたのも護衛隊と繋がっていたからと考えれば納得できる。ラビッツのその行動が護衛隊の意志を示しているのなら、服従の儀式をきっかけに爬神族に反旗を翻すのもわからなくもない。


 ムサシはそう考えて納得したのである。


「服従の儀式において、ラビッツは護衛隊と共に爬神軍、蛮狼族監視団を殲滅し、リザド・シ・リザドへ向かうそうです」


 タケルは活き活きとそう告げ、それを聞いたムサシは怪訝(けげん)な表情を浮かべた。


「リザド・シ・リザドへ?」


 ムサシは思わず聞き返していた。


 タケルは落ち着いた表情でムサシに頷いてみせる。


「はい。霊兎族の目的はドラゴンを倒し、爬神族を滅ぼすことです」


 タケルのその説明で、ムサシは霊兎族が何をしようとしているのかを理解し、その霊兎族の野望にただ驚愕するのだった。


 兎人はただ抵抗するだけじゃなく、爬神様を滅ぼすというのか・・・


 ムサシの表情が険しくなる。


「服従の儀式は服従の為の儀式ではなく、爬神様に対し反旗の狼煙を上げる為の儀式ということだな」


 ムサシがそう解釈し、それを確かめるようにタケルを見ると、


「はい」


 タケルは力強く頷いた。


「兎人は本気で爬神様を滅ぼすつもりなのだな」


 ムサシが深刻な面持ちで念を押すと、


「はい。爬神様を滅ぼし、世界を変えるというのが彼らの意志です」


 タケルは真剣な表情できっぱりと答えた。


 タケルのその返事に、


「なんと大それたことを!そんなこと許されませんぞ!」


 ミノル・タヌカが怒りの声を上げた。


 その場の全員が一斉にミノル・タヌカに注目する。


 ミノル・タヌカは全員の視線を浴びるとさらに感情を高ぶらせた。


神民(しんみん)である爬神様を滅ぼそうとは、なんということでしょうか。もしそのようなことがあれば、この世界は混沌とし、大きな災によって滅びてしまうでしょう!」


 ミノル・タヌカは怒りを露わにし、両手でテーブルをバンッと叩いた。


 場の空気が張り詰める。


 ムサシはそんな荒ぶるミノル・タヌカの態度を、宗教を担当する者の態度として理解し、


「たしかにミノルの懸念はわかる」


 そう優しく声をかけ、微かな笑みを浮かべ頷いてみせる。


 ムサシのその穏やかな態度にミノル・タヌカは我に返り、


「わかっていただければ・・・」


 ボソッとそう言い、声を荒げたことを恥じるように目を伏せるのだった。


 タケルはこのまま話を終わらせるわけにはいかなかった。


「もし爬神様を滅ぼすことができれば、我々は毎年奉仕者を提供する必要もなくなり、そしてなにより、公開処刑が行われることを心配する必要もなくなります」


 タケルは一同に向け、爬神族が滅ぼされることの恩恵を訴えた。


 そのタケルの言葉に、ミノル・タヌカが間髪入れず噛み付いた。


「タケル様、爬神様が滅びることを望むのは神に対する冒涜ですぞ」


 ミノル・タヌカはまるでタケルを(おど)すかのような目つきでそう警告した。


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