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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一二九 平穏で幸せな時間


 鼻歌を歌いながら、シールは洗濯物を干していた。


 シールの隣で、マーヤも鼻歌を歌いながら洗濯物を干している。


 そこへトマスが駆けてきた。


「お姉ちゃーん!」


 トマスはシールに駆け寄り、


「捕まえた!」


 嬉しそうにその背中にしがみつく。


「あらら、トマス、ちょっと待ってね。もうすぐ終わるから」


 シールは困り顔でトマスに振り返り、


「トマス、邪魔!」


 マーヤはそう言ってトマスを叱る。


「マーヤ、べぇー」


 トマスは舌を出してしかめっ面を返すと、逃げるように近くのベンチに向かい、そこに座って足をバタバタとさせながら二人が終わるのを待つのだった。


 シールとマーヤの二人は洗濯物を干し終わると、トマスの待つベンチへ向かった。


 トマスを真ん中にして三人で座ると、トマスは変な顔をして、


「うべべべべぇー」


 と、いつものように意味不明なことを言って二人を笑わせた。


「トマスはいつまでも子供ね」


 シールがトマスを見つめ微笑むと、


「そんなことないよ。僕は大人だよ」


 トマスは胸を張ってみせる。


「それにしては全然、成長しないよね」


 マーヤがそんな嫌味を言って訝しむと、トマスはさっとマーヤに振り返り、


「成長してるよ。背も伸びたし」


 そう言って抗議した。


 トマスはもう十一歳になる。


 しかし、十一歳にしては背も小さいし幼く見えるのだった。


「背は伸びても頭の中は変わらないんじゃない?」


 マーヤは笑いながらトマスの側頭部を軽くツンツンとつつき、トマスはその手を払い除け口を尖らせる。


「マーヤだって変わってないくせに」


 トマスにそう言われると、マーヤも言い返したくなる。


「そんなことないわ。もう大人の女性よ」


 マーヤが澄まし顔でそう言って背筋をピンと伸ばしてみせると、


「おばさーん、うげげげげぇー」


 トマスはそう言って白目を剥くのだった。


「ふふふ」


 シールはトマスの無邪気さが可笑しくて笑う。


「おばさんって、失礼にも程があるわ」


 マーヤはトマスのほっぺをむぎゅっとし、


「僕だって子供じゃないぞ」


 トマスもマーヤのほっぺをむぎゅっとする。


「やったわね」


 むぎゅ。


「そっちこそ」


 むぎゅ。


 二人はほっぺをつねり合う。


 シールはそんな二人を見て、


「ほんと仲が良いわね」


 そう呟いて微笑むのだった。


 他愛のない時間が流れていく。


 くだらないお喋りをしていると、ふいにトマスが昔を懐かしみだした。


「僕がここに一緒に入れたのは、シールお姉ちゃんのおかげだよね」


 トマスはそんなことを口にした。


 シールは驚いてトマスの顔を覗き込む。


「覚えてるの?」


 シールがトマスの目を見て尋ねると、トマスはしっかりと頷いた。


「覚えてるよ。僕だけ年が一つ足りなくて、別の場所に預けられそうになったのを、シールお姉ちゃんが僕の面倒を見るって言って、それで一緒に入れたんだよね」


 トマスはその時の状況を得意げに説明してみせる。


「そうそうそう。よく覚えてるわね」


 シールは感心して優しくトマスの頭を撫でる。


「うん。あと、教会でコンクリ様にじーっと睨まれている間、ドキドキしたのも覚えてるよ」


 トマスは胸に手を当て、目を丸くしてその時の顔をしてみせた。


「なんだか懐かしいわね」


 シールがそう言うと、トマスは宙を見つめるようにしてあの頃を思い出し、


「それから少しして、タヌとラウルが入ってきた」


 そう呟いた。


 その言葉に、シールの顔がぱっと明るくなる。


「ああ、あの日のことは良く覚えてるわ」


 シールは黒服の兎神官に連れられて男子寮に向かうラウルの姿を、今でもはっきりと覚えていた。そのときのラウルは憔悴しきったとても悲しそうな顔をしていて、力なく兎神官の後を歩いていた。シールはそのラウルの眼差しから溢れる悲しみに、〝この子のために何かしてあげたい〟そう思ったのだった。


 そのときから私はラウルしか見てなかったのね・・・


 シールはそのときのことを懐かしく思う。


「私も覚えてる!タヌとラウルが一緒に歩いてて、ラウルはなんか俯いて弱々しく見えたのよね。でも、タヌは顔を上げて、力強く前を睨むようにして歩いてて、格好良かったなぁ・・・ああ、もう、そのときから私はタヌに夢中なの」


 マーヤはそのときの光景を思い出し、そのとき感じたトキメキが蘇ってくるのだった。


「そうだよね。マーヤはタヌにすぐ懐いたもんね」


 シールが目を細め、そんな相槌を打つと、


「えへへ。あの二人がいる頃は楽しかったなぁ」


 マーヤはしみじみと言いながら、タヌとラウルがまだここにいた頃の、懐かしくも楽しい日々を思い出すのだった。


「うん。二人がいる頃が一番幸せだった」


 シールも寂しげな笑顔であの頃を思い出す。


 そんな二人のやりとりを見て、


「お姉ちゃんたち、のろけすぎだ」


 トマスはそう言い、


「おーほっほっほ」


 と、二人をからかうように笑うのだった。


「トマスだってそうでしょ」


 マーヤがトマスの顔を覗き込むと、


「もちろん!二人は僕のヒーローだから」


 トマスは迷うことなくそう答え目を輝かせる。


 たしかに、二人はヒーローだった。


「だね」


 マーヤはそのことに同意して頷き、それから寂しげに宙を見つめる。


 二人は今や霊兎族を導くヒーローなのだ。


 なんだか手の届かない存在になった気がして、マーヤはふと寂しさを感じるのだった。


「またみんな一緒になれるといいな」


 マーヤがため息交じりに言うと、


「なれるわよ、きっと」


 シールはそう言って励ました。


 そうなって欲しい・・・


 シールは心の底からそう思うのだった。


 服従の儀式をきっかけに世界は変わる。


 間違いなく多くの血が流れるだろう。


 その後の世界に自分は存在しているのだろうか・・・


 それは誰にもわからないことだった。


「あのテムス農園のおじさんとおばさん、ちゃんと私たちの伝言伝えてくれたかしら」


 マーヤが思い出したように言うと、


「それは間違いないわ」


 シールはきっぱりと答えた。


 その言い方に、マーヤの気持ちも楽になる。


「私たちの気持ちは伝わってるよね」


 マーヤは胸の前で手を組み、伝言を聞いたときのタヌの表情を勝手に想像してドキドキする。


「あの二人なら伝言なんてなくても、私たちの気持ちはわかってるはずよ」


 シールが自信満々にそう言うと、


「そうだね」


 マーヤは納得して頷くのだった。


 そんな二人のやり取りを聞いていたトマスは、突然ベンチから立ち上がると、


「タヌとラウルは僕たちのところに帰ってくるよ。来なかったら、僕がイスタルに行って連れてくるから!」


 そう言って、力強く自分の胸をドンと叩いてみせるのだった。


「いいこと言うわね、トマス」


 シールが頼もしそうにトマスを見ると、


「でへへ・・・」


 トマスは照れて笑う。


「今のこの世界では、二人は背信の罪を背負い続けなければならないわ。みんなで幸せを掴むためにも、爬神族を滅ぼさなきゃ」


 マーヤは真顔でその決意を語り、


「服従の儀式にあの二人は現れる。一緒に戦うのが楽しみだわ」


 シールはそう言って目を輝かせる。


「新しい世界が素晴らしい世界になりますように・・・」


 マーヤは自然と手を合わせ、そう祈るのだった。


「お姉ちゃん、僕も一緒に戦う!」


 突然、トマスが声を上げた。


 二人の様子を見て、子供ながらに思うところがあったのだろう。


「もう少し大人になったらね」


 シールが優しく諭すと、


「僕、もう大人だ!」


 トマスはそう言い返して聞く耳を持たない。


 そんなトマスにマーヤは呆れ、


「戦場に『うげげげげー』なんて言ってる大人がいたら、真っ先に斬られちゃうわよ」


 そう言いながら優しくトマスのおでこをつついて笑う。


 それでも、


「うるさい、僕も戦うんだ!」


 トマスは仁王立ちになって勇ましさをアピールした。


 トマスのその勇ましい姿は、微笑ましいものだった。


「トマスは男の子だからね。頼もしいわ」


 シールはそう言いながらトマスの服を引っ張ってベンチに座らせる。


「えへん」


 トマスは胸を張り、


「シールお姉ちゃんは僕が守るからね」


 そう宣言してニッと笑う。


「え?私は?」


 マーヤが自分の顔を指差し、目を丸くしてトマスを見ると、トマスはマーヤに振り向いてニヤッと笑い、


「マーヤはしーらない」


 そう言ってぷいっと顔を背けるのだった。


「ひっどーい」


 マーヤはほっぺを膨らませてトマスに文句を言う。


 そんな二人が微笑ましくて、


「あはは」


 シールが楽しそうに笑うと、


「えへへ」


 トマスも鼻をこすって笑い、


「うふふ」


 マーヤも笑ってトマスの頭を撫でるのだった。


 木々と木々との間に干された生徒たちの洗濯物が夕方の日差しに輝き、風に優しく揺れている。


 ベンチに座ってお喋りをしている三姉弟の様子は終始楽しげで、幸せそのものだった。


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