一二八 きっかけ
タケルはアジとサスケ、それぞれと目を合わせ、そして逸らし、宙を睨んで思案する。
気持ちは固まっている。だが、タケルは軽はずみなことを言えない立場の人間だ。
立ち上がるには、立ち上がるための理由がなければならない。
それだけの理由がなければ、ムサシやトノジを説得することはできないし、この二人を説得できなければ賢烏族各国に働きかけることなんて不可能なのだ。
「勝てると思うか」
タケルは単刀直入に訊いた。
タヌはどこか寂しげな表情でタケルを見て、その質問に答える。
「勝つか負けるか、それはやってみなければわからないよ。でも、負けることを恐れたら、そもそも戦うことなんてできないと思うんだ。俺たちにできることは、この間違った世界から目を逸らさずに、自分の信じるもののために戦うってことだけだよ。俺とラウルの父さんは、結果なんて関係なく、志のために剣を抜いたんだ。俺も自分の志のために死ねるなら、喜んでこの命を捧げたいと思ってる。俺はこの世界を変えたいんだ。そこにあるのがたとえ混沌だとしても、嘘の世界の中で生きるよりはよっぽどマシだと思うから」
タヌは自分の胸の内にある熱い想いをタケルたちに打ち明けた。
タヌの熱い想いを受け、ラウルの表情は険しくなり、その目が鋭くなる。
「俺はドラゴンを崇めていた男だ。爬神族に尽くすことが幸せなことだと思い込んでいた男だ。でも、俺はそれが間違っていることに気づいたんだ。爬神族のための人生に何の意味があるんだ。天国に行くために、今の幸せを犠牲にすることに何の意味があるんだ。俺はそれに気づいたんだ。この世界を変えることでしか、俺たちは救われないってことに気づいたんだ。だから、俺は絶対に、この間違った世界をぶっ壊してやる」
ラウルは思い詰めた表情でそう吐き捨てると両手の拳に力を込め、怒りを抑えるように歯を食いしばるのだった。
ラウルから立ち上る凄まじい怒りに、タケル、アジ、サスケの三人は圧倒された。
タケルは自分が恥ずかしくなった。
勝ち負けよりも大切なもの・・・
それは〝志〟だ。
タケルは素直にタヌとラウルに感動し、自分もこうありたいと思った。
「お前たち、格好いいな」
タケルはそう言ってタヌとラウルを羨ましそうに見つめる。
タケルのその言葉で、二人は自分たちが熱くなりすぎていることに気づかされる。
「あっ、いや、そっかな・・・」
タヌは恥ずかしそうに笑い、
「そんなことないよ」
ラウルも照れ臭そうに頭を掻いた。
「お前たちは俺の憧れだ」
アジは二人を見て、思わずそう呟いていた。
サスケはタヌとラウル、二人の言葉、その熱い想いに胸を震わせていた。
セジは苦虫を噛み潰したような顔をして俯いている。
なにが世界をぶっ壊してやるだ。爬神様に刃向かうなんて、ただのバカじゃないか。それを格好いいだって?憧れだって?賢烏族の俺たちが下等な霊兎族に乗せられるなんて、屈辱以外のなにものでもないのに・・・
セジは怒りを抑えるように、ふーっと長い息を吐く。
タケルは腕を組み、俯きがちに何か思案するように宙を睨む。
そして、何かの結論に達すると顔を上げ、
「タヌ、ラウル」
と声をかけた。
二人がタケルに視線を向けると、
「ラドリアで行われる服従の儀式が、俺たちにとっての〝きっかけ〟だと思う」
タケルは真剣な面持ちでそう言い、
「うん」
タヌはタケルのその言葉を待っていたかのように頷き、ラウルも期待の眼差しをタケルに向ける。
「俺の父である元老ムサシをはじめ、サムイコクの元老たち、そして他国の君主たちを説得するには、ドラゴンを倒し、爬神様を滅ぼせるという確証が必要だ」
タケルはそこで言葉を区切り、
「うん」
タヌは一つ頷いて、タケルの次の言葉を待つ。
「もし、お前たちが服従の儀式で勝利し、リザド・シ・リザドへ進軍することができれば、それを一つの確証として、我々賢烏族も、リザド・シ・リザドへ兵を送ることができるかも知れない」
タケルは慎重に言葉を選びながら自らの考えを伝えた。
タヌとラウルはタケルの言葉に息を呑んだ。
タケルに〝サムイコクだけじゃなく、賢烏族全体を動かしてくれ〟と言ったのはあくまで願望のようなものだった。
しかし、タケルはそれを実現するために動こうとしている。
もし賢烏族が立ち上がることになれば、間違いなく世界を変えることができるはずだ・・・
二人はそう思った。
そのとき、場の空気に水を差すように、
「無理だよ」
セジが呆れ顔でそう言い放った。
タケルはその場の空気を壊さないように、慌ててセジを諭す。
「無理かどうかはやってみないとわからないだろ。このままでは霊兎族の都市で行われた公開処刑が、我々賢烏族の国でも行われる可能性が高いんだ。俺たちに差し出す生贄がない以上、霊兎族と共に立ち上がる以外に、公開処刑を回避する方法はないと思う。だから、霊兎族が服従の儀式で勝利することを条件にして、公開処刑を回避するために立ち上がることを訴えれば、父上もトノジおじさんも聞く耳を持ってくれるはずだ。説得は俺に任せろ。他国とはすでに緊密に連絡を取り合っている。何が起こってもすぐに対応できるように準備はできているんだ」
タケルはそう言ってセジを納得させようとしたが、しかし、セジが問題にしているのはそこではなかった。
セジが許せないのは、下等な霊兎族に乗せられて爬神様に刃を向けるという、その愚かさだった。
賢烏族としての屈辱感だった。
「・・・」
セジは俯き何も応えなかった。
そんなセジの態度を、タケルとアジは気にかけていなかった。
セジのそういう態度はいつものことだからだ。
「絶対に服従の儀式で勝利するんだぞ」
アジは力強くそう言って二人を鼓舞する。
「ああ」
ラウルは力強い眼差しでそう応え、
「うん」
タヌは笑って頷いた。
「そのときは俺たちも立ち上がるから」
タケルはそれを約束し、その目を輝かせるのだった。
「今立ち上がらなければ、俺は何のために生まれて来たのかわからない」
サスケは真顔でその想いを口にした。
セジは苦々しい顔を隠すように俯いている。
「お前たちとリザド・シ・リザドで会えたら最高だな」
タケルがそう言って清々しく笑うと、
「ありがとう」
タヌは自然と頭を下げていた。
感謝の気持ちで胸が一杯だった。
タケルはふーっと気持ち良さそうに息を吐くと、
「でも、よくこんな重要な情報を俺たちに話したな。俺たちが爬神様に密告したらお終いだというのに」
そう言って笑った。
タヌはしみじみとした表情で、タケル、アジ、サスケを見る。
「俺はあの新世界橋で初めて会ったときから、お前たちのことは仲間だと思ってるよ」
タヌはそう言って照れくさそうに笑う。
タヌのその言葉に、タケル、アジ、サスケの三人は、ジーンと痺れてしまうのだった。
三人にとって、それはたまらなく嬉しい言葉だった。
「俺だって、あのときから仲間だと思ってるさ」
タケルは素直にそう返して胸を張る。
それはタケルの本心だった。
そして、それをタヌとラウルに直接言えたことが嬉しかった。
「俺もそう思ってるよ」
アジも力強く想いを伝え、
「俺もだ」
サスケもそう言って微かな笑みを浮かべる。
そこには親しみがあり、友情があり、深い絆があった。
「一緒に世界を変えよう」
タヌがそう言って右手を差し出すと、
「ああ、朗報を待ってるぞ」
タケルはそう応え、二人は固い握手を交わした。
その二人をラウルは嬉しそうに見つめ、
「わくわくするな」
「ああ、今から腕が鳴るってものだ」
アジとサスケはそんな言葉を交わしてニコニコしている。
ただ一人、セジだけは、いたたまれない気持ちでそこにいるのだった。