一二六 初対面、セジの驚き
ガヤガヤガヤ・・・
ムニム市場の賑やかさはいつもと変わらない。
「ミコンいがかがですかー」
タヌの呼び込みの声もいつもと変わらない。
いつもの風景。
「タヌ、変わる?」
タヌの後ろで椅子に腰掛けて休んでいたラーラが声をかけた。
タヌはラーラに振り返り、
「後少しだし、大丈夫だよ」
そう応えて笑顔をみせる。
商品台に置かれたミコンを載せた笊が五つで、朝運んできた分はこれで全部だった。
お昼までにテムスとラウルが追加でミコンを運んで来ることになっている。
ラーラはタヌの後ろ姿を不安な表情で見つめていた。
教会前広場で起こった騒動に、タヌとラウルが関わっているんじゃないか・・・
そう思うと胸騒ぎがしてしょうがないのだ。
「ミコンいかがですかー」
タヌはいつもと変わらない。
だから、心配はいらないのかも知れない。
「美味しそうなミコンだね」
烏人の商人らしき中年男がタヌに声をかけた。
「テムス農園のミコンは美味しいって評判なんですよ」
タヌがそう応えると、
「実はその評判を聞いて来たんだよ。だけど残りがこれだけしかないのか・・・」
中年男が残念そうな顔をすると、
「お昼には追加のミコンが運ばれてきます」
タヌはそう笑顔で返す。
「それじゃ、お昼過ぎに来るとしようか」
中年男はそれを喜び、
「百個は買うから取っておいてくれよ」
そう言い残して去っていった。
「ありがとうございます!」
タヌは溌剌と礼を言い、
「おばさん、凄いよ。百個だって!」
ラーラに振り返って喜んだ。
そんな無邪気なタヌに、
「ほんと、嬉しいねぇ」
ラーラはそう応えて微笑むのだった。
しばらくすると、ラウルがミコンの詰まったカゴを背負ってやってきた。
「早かったね」
タヌが声をかける。
「ちょっと頑張ったからな」
ラウルは得意げにそう応え、
「おじさんは?」
タヌが訊くと、
「いるよ」
そう答えるラウルの後ろから、テムスがニコニコと姿をみせた。
タヌはテムスの姿を確認すると、
「おじさん、さっき烏人の商人が来て、ミコンを百個注文していったよ」
そう笑顔で告げた。
「すげぇ」
ラウルは驚き、
「おー、それは嬉しいなぁ」
テムスは目を大きくして喜んだ。
「タヌのおかげだよ」
ラーラは椅子に座ったままテムスに声をかける。
「ほんと、そうだ」
テムスが頷くと、
「それは違うよ。あの人はテムス農園の評判を聞いて来たって言ってたから、俺は関係ないよ」
タヌは顔の前で手を振ってそれを否定する。
タヌとラウル、二人がいる和やかな時間。
ラーラは温かな眼差しで目の前の光景を見つめ、この瞬間に幸せを感じずにはいられなかった。
ラウルがミコンの入ったカゴを下ろすと、タヌはラウルと共に残りのミコンを荷馬車に取りに行った。
二人がミコンを取りに行くと、ラーラは寂しそうに宙を見つめ黙り込む。
テムスはそれに気づいて声をかけた。
「どうした、ラーラ」
ラーラははっとしてテムスに顔を向けると、
「なんだか胸騒ぎがするのよ」
そう言って自分の胸を押さえるのだった。
テムスにはラーラのその気持ちがわかるような気がした。
「私もだ」
テムスがラーラの目を見て頷くと、
「何も起こんなきゃいいけど・・・」
ラーラは不安な表情で呟いた。
そんなラーラを優しく見つめテムスは言った。
「あの二人には背負っているものがある。どんなことがあっても、私たちは二人を支えよう」
テムスはラーラに歩み寄り、そっとラーラの肩に手を置いた。
ラーラはそのテムスの手に自分の手を重ね、「そうね」と頷いた。
店の外から、
「結構たくさん積んできたんだね」
ラウルに話しかけるタヌの声が聞こえたかと思うと、二人は出入り口の扉から、背中に背負ったミコンで一杯のカゴを下ろしながら入ってきた。
二人はカゴを店の奥に詰めて置くと、次のカゴを取りに行く。
「急がなくていいからな」
テムスが声をかけると、
「平気、平気」
タヌは笑顔を返す。
二人が荷馬車からミコンのカゴを運んでいる間に、テムスとラーラはミコンを山盛りにして笊に載せ、商品台の上に並べていった。
この日、商品台の上にはミコンしか置かれていなかった。
それはつまり、今がミコンの旬だということだ。
タヌとラウルの二人はミコンを運び終えると、商品台の前に立って呼び込みを始めた。
「ミコンいかがですかー」
タヌは元気よく呼び込みの声を上げる。
「美味しいですよー」
ラウルも負けじと声を張り上げる。
「ミコンいかがですかー」
タヌがそう声を上げたとき、
「そのミコンいただこうか」
そう言って、人混みの中から烏人の若者が現れた。
タヌが顔を向けると、
「あれ?」
そこにいたのは、タケルだった。
タヌは驚いてタケルの顔をまじまじと見る。
「俺の顔に何かついてるか?」
タケルはそう言って笑う。
そんなタケルにタヌは何食わぬ顔で、
「うん。目と鼻と口、それから眉毛も」
そう言って笑顔をみせるのだった。
「なんだよ、それ」
タケルはそう応えながら嬉しそうに笑う。
タケルの横にはアジもいて、
「もっと驚けよ」
と文句を言う。
「驚いてるさ」
とラウルは返し、
「サスケは?」
タヌはサスケが一緒じゃないことを気にした。
「サスケはアジの弟のセジと一緒に店番してるよ」
タケルがそう答えると、
「店番?」
タヌはキョットンとした顔をした。
そんなタヌの間抜けな顔にタケルはニヤリとし、
「ああ。特別に許可をもらって、俺たちもここで野菜を売ってるんだぜ」
と自慢げに話し、
「ラタスだ」
アジがそう付け加えた。
「そっか。ラタスってもう収穫できたんだ」
タヌがそのことを驚くと、
「ああ。お前たちが来ないうちにな」
タケルはどこか責めるような口ぶりでそう応え、それから真顔になって、
「そんなことより、お前たちにちょっと訊きたいことがあるんだ」
と言い、真剣な眼差しをタヌとラウルに向けた。
タケルのその表情から、二人は事の重大さを感じた。
二人が後ろを振り返ると、
「行っておいで」
テムスはそう言って微笑んだ。
ラーラもテムスの隣で微笑んでいるが、その顔は強張っているように見えなくもない。
「ありがとう」
タヌとラウルは二人に甘えて休憩を取ることにした。
タケルが商品台の上にあるミコンの一山を買ってから、二人はタケルとアジの後に続いて市場の人混みに消えていった。
その二人の後ろ姿を、テムスとラーラは複雑な思いで見つめているのだった。
タケルとアジはタヌとラウルを東門と北門の間にあるフリースペースへ連れて行った。
そこの一画で、サスケとセジがラタスを売っているのだ。
タケルはひと目につかないようにそこで話すことにした。
市場の人混みの中でなら烏人と兎人が話し込んでいたとしても怪しまれることはない。
念のため、タケルたちは周りと距離を空けるようにして敷物を敷き、ラタス売りをしているので、話し声が聞かれる心配もなかった。
その場所に着くと、タヌとラウルの二人は手を上げてサスケに合図をした。
「ひさしぶり」
タヌがそう声をかけると、
「元気そうだな」
サスケは嬉しそうに返事を返し、それからラウルを見て、
「ラウルも元気そうでなにより」
そう言って笑う。
サスケは久しぶりの再会を心から喜んだ。
そして、
「こっちが俺の弟のセジ」
アジがセジを紹介すると、タヌはすぐにセジに歩み寄り、
「俺はタヌ。よろしく」
そう言って右手を差し出した。
セジはタヌと握手を交わすと、その手から伝わってくる、吸い込まれるような得体の知れない感覚に驚き、タヌの顔をまじまじと見つめた。
目が合うと、タヌのその柔らかな眼差しに惹きつけられ、ただ微笑み返すことしかできなかった。
ラウルもセジに右手を差し出し、
「俺はラウル。よろしく」
と、名を名乗った。
「よろしく」
セジはラウルと握手を交わし、その手から伝わってくるビリビリとした感覚にまたもや驚かされ、自分を見るラウルの力強い眼差しにドキッとして胸を打つ鼓動が速くなるのだった。
なんなんだこの二人は・・・
「ま、座ろうか」
タケルがそう言って座ると、みんなもそれに続き、敷物の上に車座になって座った。
「どう見てもラタス売りには見えないけどな」
タヌが筋骨逞しい四人を笑うと、
「それでもラタスはほとんど売れちまったんだぜ」
タケルは自慢げにそう応えた。
たしかに、敷物に置かれたラタスはもう二、三個しか残っていなかった。
「ほぉ、たしかに」
「やるな」
タヌとラウルが感心していると、
「そういや、ギルは一緒じゃないのか?」
タケルはそのことを気にした。
タヌ、ラウル、ギルはいつも一緒にいるのが当たり前だったので、そこにギルがいないのが居心地が悪かった。
「ギルはそっちに行くときは一緒だけど、ここを手伝うことはないんだ。ギルはギルでやることあるから」
タヌはそう説明しながら、ギルがこの場にいないことを残念に思う。
「そっか」
タケルは残念そうに相槌を打ち、アジとサスケも残念そうにした。
そのやり取りをセジはじっと観察している。
「それで訊きたいことって?」
ラウルが尋ねると、
「それじゃ、本題に入るけど」
タケルは真顔になってタヌとラウルを交互に見つめ、
「ラドリアで儀式が行われるって情報があるんだけど、その儀式について何か知ってたら教えてもらえいないか」
と、率直に尋ねた。