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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一二三 イスタルの土産話


 シールとマーヤの二人はダレロの執務室を後にすると、施設裏のジウリウ川に向かった。


 そこにトマスがいると思ったからだ。


 予想通り、トマスはエラスと一緒にジウリウ川に入って遊んでいた。


「お姉ちゃん、おかえり!」


 トマスは土手の上に立つ二人に気づくと、そう声を張り上げ土手を駆け登った。


「ただいま」


 シールはトマスの頭を撫で、


「はい、お土産」


 そう言って飴玉の入った巾着袋を手渡した。


 その飴玉はあの時もらった物で、マーヤが抱えていた袋の一番下に入れられていたのを、後になって気づいたという代物だった。


 トマスは急いで巾着袋の口を開ける。


 そして、中に琥珀色の飴玉を見つけると、目を丸くして喜んだ。


「うわぁ、美味しそ〜」


 トマスはさっそく一粒手に取って口の中に放り込んだ。


「あま〜い」


 そう言ってトマスは幸せそうな顔をする。


「一日一個にしなさいよ」


 マーヤがそう注意すると、


「むーりーだ、むーりーだ、僕にはむーりーだ」


 トマスは即興で歌を歌い、それに合わせて上体を左右に揺らした。


 いかにもトマスらしい反応だった。


 その場が笑いに包まれ、


「虫歯だらけになっても知らないわよ」


 マーヤが困り顔で言うと、


「大丈夫だよ」


 トマスは胸を張って応え、袋からもう一粒飴玉を取り出して口の中に放り込むのだった。


「トマス、まだ一個目が口の中に残ってるでしょ!」


 マーヤは声を荒げるが、言うことを聞かないトマスに呆れるしかなかった。


「イスタルどうだった?」


 トマスが興味津々に訊くと、


「暇だったわ」


 シールが優しく答える。


 マーヤは飴玉で膨らんだトマスのほっぺをツンツンとつつく。


「タヌとラウルに会えた?」


 トマスが訊くと、


「うん」


 シールは笑顔で頷き、


「会えたよぉ」


 マーヤはそう言いながら、前屈みになってトマスに顔を近づけるのだった。


 トマスは二人がタヌとラウルに会えたと聞いて驚いた。


「えっ、ほんと?」


 そのキョトンとした顔が可愛らしい。


 二人は思わず吹き出して笑ってしまう。


「本当よ」


 シールがそう返すと、


「会えたというより、見たってのが正しいかな」


 マーヤは自分の発言を訂正し、トマスの鼻をチョンとつついた。


「でも、見たんだよね?」


 トマスは目の前にあるマーヤの顔に向かって目をパチクリさせる。


「うん」


 マーヤは嘘のない眼差しでトマスの目をしっかりと見て、にっこり微笑んだ。


 トマスの顔がパッと明るくなる。


「タヌとラウル、どうだった?」


 トマスは目を輝かせて尋ね、


「とーっても、格好良かった!」


 マーヤが冗談めかして答えると、


「本当かなぁ」


 トマスは疑うような相槌を打って、マーヤの証言の真偽を確かめるような目つきでシールに視線を向けた。


「格好良かったわ」


 シールはそう言って微笑み、トマスの頭を撫でる。


 事実の確認が取れると、


「えー、いいなぁ。僕も見たかったなぁ」


 トマスは心の底から二人を(うらや)ましがった。


 そこへ、エラスが土手を登ってやって来た。


「おかえり」


 エラスは笑顔で二人に声をかける。


「ただいま」


 シールはそう言って微笑み、


「エラス、元気そうね」


 マーヤも笑顔を返す。


「イスタル、どうだった?」


 エラスが尋ねると、


「有意義だったわ」


 シールはそう答え、


「悪くはなかったわね」


 マーヤは意味深な笑みを浮かべる。


「そうなんだ」


 エラスはそう相槌を打ち、


「タヌに会えた?」


 と、さり気なく訊いてみる。


「うん!」


 マーヤは屈託のない笑顔で即答し、


「うそ!」


 それにエラスは驚いた。


 訊いてはみたものの、二人が本当にタヌやラウルに会えるとは思っていなかったからだ。


 一瞬、エラスは表情を強張らせたが、マーヤの嬉しそうな笑顔を見ると、それでいいような気がした。


「嘘じゃないわ」


 マーヤが言い返すと、


「よかったね」


 エラスはそんな言葉をかけ微笑んだ。


 マーヤはエラスが自分の言葉を信じたことを確かめると、


「あのね」


 と、意味深な眼差しをエラスに向けた。


「なに


 エラスが首を傾げると、


「正直に言うとね・・・」


 マーヤは思い詰めた表情で言い、マーヤがそう言ったところで、


「見ただけ〜」


 トマスが目を白目にして割り込んで来た。


 これには、


「ぷっ」


 みんな思わず吹き出してしまう。


「トマスったら」


 シールは笑いながらトマスの背後から手を回し、自分に引き寄せてトマスの顎を撫でた。


「えへへ」


 トマスは白目のまま、ふざけて笑う。


「あはは。そう、トマスの言う通り、見ただけなの」


 マーヤは笑いながらそのことを白状した。


「見ただけ?」


 エラスは首を傾げる。


「うん。見ただけよ」


 マーヤは力強く頷き、


「タヌとラウルが蛮兵をこう、バサッ、バサッて、やっつけてるところを見たの」


 と言いながら、その時のことを思い出しながら、蛮兵を斬る真似をしてみせる。


 それを聞いて、


「えっ、どういうこと?」


 エラスは目を見開いて驚いた。


 あの二人が蛮兵を斬ったってことは、大きな騒動があったってことだ。


 マーヤがそれを楽しそうに話すのが、エラスには理解できなかった。


「教会前広場に行ったら二人が蛮兵に囲まれてたの。それを近くで見てたら、二人がこう、バサッ、バサッて蛮兵を斬ったのよ」


 マーヤは興奮気味に蛮兵を斬る真似をしてみせ、


「でも、タヌとラウルはすぐに逃げちゃったから、向こうは私たちの存在に気づいてないの」


 と、寂しげに肩を落とした。


「そうなんだ」


 エラスは同情して相槌を打ち、


「そうなのよぉ」


 マーヤは泣きそうな顔をする。


「残念だったね」


 エラスが(なぐさ)めると、


「残念ってもんじゃないのよぉ」


 マーヤはそう言って口を(とが)らせるのだった。


 エラスが気になったのは、二人が騒動に巻き込まれなかったかどうかだった。


「二人は大丈夫だったの?」


 エラスはそう言って二人を見る。


「私たち?」


 シールが訊くと、


「うん」


 エラスは頷いた。


「私たちは広場の人混みの中にいて、ラウルとタヌの活躍を見てただけだから」


 シールが笑顔でそのときの状況を伝えると、


「よかった」


 エラスはほっと胸を撫で下ろした。


 マーヤは夢見心地で空を見上げ、


「でも、タヌ、本当に格好良かったなぁ」


 そう言ってため息を漏らし、それからシールに目を向け、


「ね、お姉ちゃん」


 と同意を求めた。


 マーヤは蛮兵に向かっていくタヌの(たくま)しい姿を思い出す度に、胸をときめかせるのだった。


「うん」


 シールは笑顔で頷く。


 正直なところ、その想いはシールもマーヤと変わらなかった。


 蛮兵に立ち向かうラウルのあの鋭い眼差し。アクを相手にしない逞しさ。それでいて、ラドリアにいた頃のあの優しい面影を残したその横顔を思い出す度に、シールは胸がぎゅーっと締め付けられるほどの切なさに襲われるのだった。


「ラウルなんか、アク様を殴って気絶させたんだからね」


 シールに代わってマーヤがラウルの自慢をすると、


「えーっ、あのアク様が?」


 エラスは目玉が飛び出る程に驚いた。


 あの、傍若無人で誰も手に負えない極悪人のアク様が・・・


 エラスにはそんなアクが気絶させられたという事が信じられなかった。


 アクは無敵なはずだった。


 あの残虐非道なアクを倒せる人間は、少なくとも霊兎族の中にはいないはずだった。


 唖然としているエラスに、


「そうよ。アク様なんて、ラウルに一太刀も浴びせることができなかったんだからね」


 またもや、マーヤがシールの代わりに自慢して胸を張った。


「そ、それが本当なら、凄いね」


 エラスはそう返しながら、ラウルに劣等感のようなものを感じてしまう。


 アク様に睨まれるだけで震え上がってしまう自分。


 それに比べ、ラウルは恐れずに立ち向かい、そして、殴って気絶させたと言うのだ。


 その恐れのない心。


 ラウルのその強さに、自分の心の弱さをみせつけられたような気がして胸が痛むのだった。


「あの二人は私たちの想像を遥かに超えていたわ」


 シールがそう言うと、


「痺れたなぁ・・・」


 マーヤは胸の前で手を組み、その目をキラキラさせた。


「じびれだだぁ・・・」


 トマスがマーヤの真似をして目をトロンとさせると、


「トマス、そんな言い方してないでしょ」


 と叱り、マーヤは恥ずかしさで顔を赤らめる。


 そんな二人のやり取りも久しぶりだ。


「うふふ」


 シールはその微笑ましさに笑ってしまう。


 エラスもトマスを見て笑うが、それはその場の雰囲気を壊さないための作り笑いでしかなかった。マーヤのタヌへの想いをみせつけられて、エラスは胸が苦しくて笑える心境ではなかった。


「エラス、服従の儀式の準備で忙しそうね」


 シールはラドリアの状況について尋ねる。


 エラスは肩をすくめ、


「いや、そうでもないよ。儀式自体はシンプルだから。大変なのは背信者を集めることだろうけど、それは僕らが心配することじゃないしね。どっちかっていうと、準備よりも儀式そのものの方が心配かな。儀式の中で人を殺すのは、今までにないことだから。どういう儀式になるんだろうね」


 そう言って皮肉交じりの笑みを浮かべた。


「嫌な儀式だよね」


 マーヤはそう言って顔をしかめる。


「罪のない人たちが公開処刑されるよりはマシってことなんだろ、きっと」


 エラスが真顔で自分なりの見解を口にすると、


「そもそも公開処刑を行うってひどくない?」


 マーヤは公開処刑に対する不満をエラスにぶつけた。


 マーヤにとってエラスは爬神教の体現者であり、熱心にドラゴンを(あが)め、爬神族に忠誠を誓う人間、つまり爬神族側の人間だった。


 エラスはマーヤの自分を責める眼差しに顔を引きつらせ、


「うーん」


 と唸って目を閉じた。


 それから何か思案するように黙り込む。


「・・・」


 少しの時間が流れ、エラスは微かに頷いて目を開けると、


「ひどいし、間違ってるよ」


 そうマーヤに向かって言い切った。


「えっ」


 マーヤは驚いた。


 エラスのその言葉に耳を疑った。


 それはシールも同じだった。


 エラスが爬神族を否定するような発言をするとは夢にも思わなかったからだ。


 トマスだけ、そんなエラスを見て満足そうな笑みを浮かべていた。


 エラスは思い詰めた表情で言葉を続ける。


「公開処刑も服従の儀式も間違ってる。献上の儀式だって・・・何のために僕たち霊兎は殺されなきゃいけないんだ。何で僕たち霊兎はドラゴンのために命を捨てなきゃならないんだ。僕たちにだって僕たちなりの幸せってものがあるはずなのに・・・」


 エラスは絞り出すようにその想いを口にし、歯を食いしばって宙を睨みつけた。


 それはエラスにとって、爬神教との決別を意味していた。


 自分たちがイスタルに行っている間に何があったのかわからないけれど、エラスが初めて心を開いて、本当の自分を見せてくれたような気がした。


「エラスは爬神様の手下とばかり思ってた。ごめん」


 マーヤはエラスの変わりように驚き、


「手下ってなんだよ」


 エラスが愚痴をこぼすと、


「でも、今は違う。素晴らしい」


 そう言って頼もしくエラスを見るのだった。


 そんな風に見られるのはなんだか照れくさいことだった。


「それならいいけど」


 照れるエラスに、


「いい顔してるわよ」


 シールはそう声をかけ、


「そ、そっかな」


 満更でもないエラスに、


「真面目なところは相変わらずだけどね」


 トマスはそう言って笑うのだった。


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