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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一一七 想えばこそ


 シールは馬を飛ばして東門から市街地に入ると、精鋭養成所へ急いだ。


 街に人通りは少なく、馬は颯爽(さっそう)と通りを駆け抜けていく。


 ラビッツに何かあったとすれば、教会前広場で行われている公開処刑と関係があるに違いない。


 精鋭養成所は教会と隣接している施設だ。


 そこにある厩舎に馬を預けてから広場に向かうのが早道だろう。


 二人の後ろから親衛隊の乗る二頭の馬も付いてきていたが、東門をくぐたあたりから見えなくなっていた。


 二人が精鋭養成所に到着した頃、広場にはまだ大勢の人々の姿があった。


 まだ間に合う・・・


 二人は急いで馬を厩舎に預け、慌てて広場に向かった。


 精鋭養成所の南にある出入り口から外に出て、教会堂の後ろを回って広場側に出ると、二人は数段高い教会堂の入り口から広場全体を見渡した。


 広場にはまだ大勢の群衆がいて、広場の中央では囚人たちの無惨な姿が転がっていた。


 しかし、そこにはただ斬り刻まれた肉の塊がいくつも転がっているだけで、蛮兵の姿はなかった。


 よく見ると、群衆は処刑場に背を向け、広場の隅に目を向けていた。


「お姉ちゃん、あそこ!」


 マーヤは広場の南東の隅がざわついていることに気づき、そこにアクを見つけて指差した。そこには親衛隊もいて、誰かを取り囲んでいるように見える。


 そしてそこに、数十名の蛮兵たちが群衆を掻き分け向かっているのが見えた。


 シールはアクから立ち上る殺気に、親衛隊に取り囲まれているのがラビッツだと確信した。


 それなら、そこにラウルとタヌもいるはずだ。


 ラウル・・・


 シールの胸に込み上げてくる想いがあった。


「行くわよ」


 シールはそう言うと急いで群衆の中に入っていき、マーヤもそれに続いた。


 二人は広場の南東の隅を目指した。


「すみません、すみません」


 シールは謝りながら群衆の中を進み、


「お願い、通して、お願い」


 マーヤは焦りの表情で群衆の人混みを掻き分けた。


 二人が広場の南東の隅に近づいていき、そこで何が起こっているのかはっきりと見えるところまで来たとき、蛮兵とラビッツの戦闘が始まった。


 戦闘が始まると、蛮兵は「ぎゃっ」とか「うぎゃ」とか悲鳴を上げながら、バタバタと倒されていくのだった。


 そしてそこに、タヌとラウルの姿があった。


「お姉ちゃん!」


 マーヤは思わず叫んでいた。


「二人がいる!」


 シールも思わず叫んでいた。


 やっと二人の姿を目にすることができた喜びと、切ない想いが二人の胸を締め付ける。


 二人は群衆の中をタヌとラウルの元へ急いだ。


 タヌとラウルは目にも留まらぬ速さで蛮兵を斬り倒していた。


 マーヤはタヌを見ていたのだが、タヌのその動きのしなやかさ、流れるような剣さばきに感動し、全身が痺れるような感覚に包まれていた。


 シールはラウルの素速く無駄のない動き、目にも留まらぬ剣さばきに心を打たれ、ただただ目を見張るのだった。


 二人はタヌとラウルの凄みを目の当たりにし、いつの間にか立ち止まって、群衆の一人としてその光景を見つめているのだった。


 蛮兵がすべて倒されると、タヌ、ラウル、そしてもう一人、亜麻色の霊兎が親衛隊に囲まれた。


 そして、そこにアクが立ちはだかった。


「お姉ちゃん・・・」


 マーヤは剣の柄に手を当てシールに目配せをする。


 シールはアクと対峙するラウルを見て納得するように頷くと、


「私たちの出番はなさそうね」


 そう声を漏らし、マーヤを見て寂しげに微笑むのだった。


 シールは自分に言い聞かせるかのように言葉を続ける。


「私も二人に会いたくてしょうがないんだけど、今私たちが出ていったら、二人を危険な目に合わせることになるわ」


 シールは泣きそうな顔でそう告げた。


 いつも気丈に振る舞うシールの、その泣きそうな顔を見て、マーヤは納得した。


「うん。そうだよね」


 マーヤの目から涙がこぼれ落ちる。


 シールはそんなマーヤを励ますかのように、無理に笑顔を作ってその肩を抱いた。


「ラドリアで二人を待ちましょ」


 シールが明るくそう言うと、


「うん」


 マーヤも笑顔を作って頷くのだった。


 二人の視線の先では、張り詰めた空気の中、ラウルとアクが睨み合っていた。


「行くぞ!」


 その張り詰めた空気を切り裂くように、ラウルはそう叫んでアクに斬りかかった。


 何も心配することなかったのね・・・


 ガキッ!ガキッ!ガキッ!


 ラウルの勢いに、あのアクが防戦一方で後退っている。


 ラウルのその姿にシールは安堵の笑みを浮かべ、そして、〝二人を守る〟なんて思っていた自分が少し恥ずかしくなった。


「くらえぇえええ!」


 ラウルが渾身の一撃をアクにぶつけると、それを受け止めたアクは後ろに飛ばされ仰向けに倒れた。


 そこにラウルが飛びかかって馬乗りになり、思いっきりアクの顔を殴りつけたのだった。


 その背後からタヌと亜麻色の霊兎が走ってきて、ラウルを追い越し広場から飛び出していく。


 マーヤはタヌの姿をその目に焼き付けるかのように、じっと見つめていた。


 タヌが行っちゃう・・・


 そう思うと、居ても立っても居られない悲しい気持ちに襲われるのだった。


「タヌ!」


 マーヤは思わずその名を叫んでいた。


 しかし、その声はタヌには届かない。


 マーヤの目から涙がポロポロと溢れ出し、タヌの姿もその涙で見えなくなる。


 ラウルもタヌの後を追って走り出した。


 ラウルのその去りゆく背中を、シールは夢中で見つめていた。


 すると、寂しさと愛しさと切なさ、いろんな感情が込み上げてきて、シールの胸はぎゅーっと締めつけられるのだった。


「ラウル・・・」


 シールは思わずその名を口にしていた。


 しかし、その想いをラウルが知ることはない。


 ラウルはタヌと亜麻色の霊兎を追って街中に消えていく。


 その背中に向かって、


「元気でね、ラウル・・・」


 シールは無意識にそう呟いていた。


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