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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一一五 ギルの慟哭


「つぎ!」


 サウォが号令をかける。


「ぎゃああああ!」


 死刑囚の絶叫の声が響く。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」


 ギルが市街地に着いたとき、広場では公開処刑が続けられていた。


 ギルはほっと胸を撫で下ろした。


 間に合った・・・


 そう思った。


 来る途中、念のためヒーナが向かったという三番屋敷に寄り、その分市街地に着くのが遅れてしまったので、もしかしたら間に合わないかも知れない、そう思って焦っていたのだ。


 ギルは広場全体を見渡した。


 どこだ、ヒーナ・・・


 広場の人混みの中にヒーナを探すのは難しい。


 ヒーナがいるとしたら、処刑の行われている場所の近くだ・・・


 そう思い、ギルは人混みを掻き分け、処刑場に近づいていく。


「うぎぃああああ!」


 囚人の腕の肉が削ぎ落とされる。


 ギルは処刑場を囲む群衆の前列近くまで行くと、そこを中心にしてヒーナの姿を探した。


 処刑を見つめる人の顔、顔、顔。どれもこれも顔面蒼白だ。恐怖心に強張った顔や、見ていられなくて目を閉じている顔など、どれも耐え難い顔をしている。


 ギルは神経を集中させ、一つひとつの顔を確かめるように探したが、どこにもヒーナを見つけることはできなかった。


 もしかしたら、市街地に来ていないのかも知れないな・・・


 ギルはそう思った。


「うぎぃあああ」


 死刑囚の足が斬り落とされる。


 ギルはもう一度、念入りに群衆の中にヒーナを探し、ヒーナの姿がないことを確認すると、「ふぅ」と安堵(あんど)の息を吐いた。


 ギルは処刑場から離れ、念のため広場の外からヒーナの姿を探してみることにした。


 ギルは人混みを掻き分けて南口の方に進み、群衆の外に出ると、大きく息を吐き、空を(あお)いだ。


 夕方の空は澄んでいた。


「ヒーナ、どこだ・・・」


 ギルがそう呟いて、何気なく広場の隅に目をやったそのとき、その目に信じられない光景が飛び込んできた。


 えっ・・・


 ギルが見つけたのは、ヒーナの無惨な姿だった。


 ヒーナの亡骸は広場の隅に捨てられていた。


 ヒーナは首を落とされ、横たわる体の胸の上に、その頭が載せられていた。


 嘘だ・・・


「ヒーナ!」


 ギルは叫びながら、ヒーナの亡骸に駆け寄った。


 ギルは横たわるヒーナの亡骸を前にして頭が真っ白になる。


 ヒーナ・・・嘘だ・・・


 そう思っても、そこにあるのは間違いなくヒーナの顔だった。


「ひぃいいなぁああああ!」


 ギルは思わずヒーナの頭部を胸に抱き締めていた。


 ギルは泣いた。


 こんなに悲しい思いをしたことなんてなかった。


 そのギルの瞼に、ヒーナの寂しげな笑顔が浮かんでくる。


 俺はお前を守れなかった・・・


「ごめん、ごめん、ごめん・・・」


 ギルの行き場のない想いが、怒りに変わる。


 激しい憤りにギルの体がガタガタと震えた。


 その怒りと悲しみの感情の激しさで、ギルの胸は張り裂けていた。


「誰だ、誰がやったんだ・・・」


 ギルが鬼の形相で呟くと、


「俺だ」


 と背後で声がし、ザザザッとギルの背後を取り囲む足音がした。


 ギルがその声に振り返ると、そこに黒緑色の大男が立っていた。


 アクである。


 ギルはそっとヒーナの頭部を置いて立ち上がると、


「お前か・・・」


 怒りを押し殺した静かな声でそう言い、すっと剣を抜いた。


 ギルのその殺意に満ちた眼差しは、黒緑色の霊兎を捉えて離さない。


 アクは亜麻色の霊兎のその殺意を「ふん」と鼻で笑う。


 こうしてギルはアクと対峙した。


 十数名の親衛隊がギルを取り囲んでいるが、ギルの目にはこの黒緑色の大男しか映っていなかった。


「逆らわなければ、生け捕りにしてやったのにな。バカな女だ」


 アクはそう言って、ヒーナをせせら笑う。


 こいつ、殺してやる・・・


 ギルは激しい怒りに体の震えを抑えきれなかった。


「貴様は生かしちゃおかねぇ」


 ギルの鋭く地を這うような殺意に隊士たちは思わず後退(あとずさ)る。


 広場で処刑を見ていた群衆の一部が、こちらに気づいてざわめき出した。


「ぎゃあああああ!」


 囚人をいたぶっていたサウォは広場の隅のざわめきに気づくと、群衆の視線の先に目を向け、そこにアクと、アクと対峙する亜麻色の霊兎を見たのだった。


 サウォはすぐに亜麻色の霊兎がラビッツだと気づき、


「ラビッツだ、殺せ!」


 処刑を行っている蛮兵たちにそう命じ、広場の隅を剣の切っ先で指し示した。


 ギルは鋭くアクを睨み、剣を構える。


「お前に俺が殺せるとでも思っているのか」


 アクはギルを(さげす)むように見下ろしながら、剣を抜いた。


 そこに、


「死ねぇええ!」


 ギルが斬りかかる。


 ギルはアクに向かって跳び上がると、その頭上から凄まじい一撃を食らわせた。


 ガギーンッ!


 アクは咄嗟にギルの剣を受け止め、


「ぐぐっ」


 思わず声を漏らす。


 こいつ・・・


 アクはギルの一撃に驚いた。


 まずい・・・


 そう直感的に思った。


「やめろ、ラビッツ!」


「大人しくしていろ!」


無駄(むだ)な抵抗はやめろ!」


 隊士たちは剣を構えながら口々にそう叫んでいた。


 ギルは後ろに跳び退くと、


「ちっ」


 仕留められなかったことに苛つき、再度アクに襲いかかった。


「うぉおおおお!」


 ガシッ!ガシッ!ガシッ!ガシッ!ガシッ!ガシッ!


 ギルは怒りをぶつけるように剣を繰り出し続けた。


「なんだ、こいつは・・・」


 アクは防戦一方で、ギルに圧倒された。


 ギルの繰り出す太刀を、アクは必死に受け、躱し、


 ガシッ!


 正面で受け止めると、


「久しぶりに熱くなれそうだぜ」


 そう言って不敵な笑みを浮かべ、剣を押すようにしてギルを突き飛ばした。


 その怪力にギルは後ろに飛ばされ、


 ドサッ、ゴロゴロ・・・


 地面を転がった。


 こいつ、強ぇえ・・・


 ギルはギルでアクの強さをひしひしと感じていた。


「くっ」


 ギルはすぐに立ち上がって剣を構える。


「雑魚が」


 アクは吐き捨て、


「なかなかやるじゃねぇか」


 ギルはそう返して気合いを入れ直す。


「こんどはこちらから行くぞ」


 そう言うが早いか、アクは踏み出していた。


 ビュンッ!


 その大きな体に似合わない俊敏な動き。


 ギルはとっさに後ろに跳び、跳びながら、


 ガキンッ!


 その太刀を払う。


 そこからは激しい打ち合いが続いた。


 ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!


 ガシッ!ガシッ!ガキンッ!


 剣と剣が激しくぶつかり、


「凄い・・・」


 その光景を隊士たちは瞬きもせず見つめた。


 隊士たちにとって驚きなのは、亜麻色の霊兎があのアクと互角に渡りあっていることだった。そして、亜麻色の霊兎のその動きから、


 ラビッツ、恐るべし・・・


 と、ラビッツの実力を推し量るのだった。


 気づけば、二人ともどこかしらを斬られ、服が血で濡れているのだった。


「はぁ、はぁ、雑魚が、調子にのりやがって・・・」


 アクは肩で息をしながらそう言い、


「はぁ、はぁ、すぐに、楽にしてやるからよ・・・」


 ギルはそう言い返して片頬に笑みを浮かべる。


 アクにとって剣を交えることは、相手を一撃で仕留めることだった。


 いつもなら、最初の一太刀で相手を斬り捨てるか、たとえそれが躱されたとしても、二の太刀で勝負はついているはずだった。


 こんなにもやり合うのは初めての経験だった。


 アクは苦々しくギルを睨む。


 ぬぐぐ・・・


 アクにとって絶対的な力を示せないことは屈辱以外の何物でもなかった。


 そんなアクと対峙するギルにとっても、アクの強さは驚きだった。


 ギルが苦戦する相手はタヌとラウルくらいのもので、誰が相手でも一撃で仕留める自信があったからだ。


 これが親衛隊の実力か・・・


 ギルはアクの実力から服従の儀式で共に立ち上がる護衛隊の実力を推し量り、ふと口元に笑みを浮かべた。


 アクにはその笑みが許せない。


 アクが求めているのは自分を見て震え上がり、(おび)える相手の惨めな姿だからだ。


「何を笑ってる!」


 アクが怒鳴ると、


「ふらふらになってるお前のことを笑ってるんだよ」


 ギルはそう言い放ち、それをきっかけに、


「舐めるな!」


 アクは間髪入れず太刀を繰り出した。


 ブンッ!


 上段から繰り出された一撃をギルは左に体重を移動させながら躱し、アクは返す刀ですかさずギルの動いた先に向かって強烈な太刀を繰り出した。


 ガシッ!


 ギルはそれをまともに受け止め、


「ちっ!」


 あまりの威力にバランスを崩し倒れてしまう。


「死ね!」


 そこにアクはさらなる一撃を食らわせた。


 ビュンッ!


 ギルはそれを横に転がって躱し、


 ガンッ!


 アクの一撃は地面を打つ。


 ギルはすぐさま立ち上がり、


「逃がさんぞ!」


 と叫び、アクは太刀を繰り出し続ける。


 ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!


 しかし、


 ガシッ!ガシッ!ガシッ!ガシッ!ガシッ!


 ギルはしっかりとアクの太刀を跳ね返し続けた。


 ヒーナ、お前の仇はとってやるからな・・・


 ギルにあるのはその思いだけだ。


「親衛隊も、大したことねぇな」


 ギルをそう吐き捨て、


「舐めるな!」


 アクは怒りに任せて剣を振り、


「ふんっ」


 ギルはそれを鼻で笑って躱すと、すっとアクの背後に回り込み、怒りを込めて蹴り飛ばす。


 ドンッ!


 アクは尻を蹴られて前につんのめって転び、


「くそがぁ!」


 と怒鳴りながら、素速い動きで立ち上がってすぐに剣を構えた。


 それにしても、部下の隊士たちの前でつんのめって転ぶとは、あまりにも無様であり、屈辱だった。


「はぁ、はぁ、貴様は、ここで、死ね・・・」


 アクは怒りの眼差しでギルを睨みつけ、


「はぁ、はぁ、兎人は、殺さないことになってるんだけどよ。はぁ、はぁ、ヒーナをあざ笑ったお前だけは、許さねぇ・・・」


 ギルはそう言い返し、アクに向かっていくのだった。


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