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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一一〇 イスタルからの通告


 サムイコクに対し、イスタルから通告があった。


—一ヶ月後、ラドリアにて重要な儀式が行われるため、儀式当日を含めた前後合わせて七日間、ムニム市場を閉じ、新世界橋のイスタル側検問所を閉鎖する。よって、当該七日間は、イスタルへの入境を禁ずる。


「どういうことだ・・・」


 ムサシは怪訝(けげん)な顔をして呟いた。


 七日間も橋が閉鎖されたらその影響は計り知れない・・・


 それくらい、イスタルとの交流はサムイコクにとって大きなものになっていた。


 ムサシはテーブルに肘をついて手を組み、組んだ手で顎をトントンと叩く。


 塔の三階にある執務室には、いつもの面子が顔を揃えていた。


 元老であるムサシ、補佐官であるトノジ、ミノル・タヌカ、キヨス・ミザワの三人に、次代を担うタケルにアジ、それからセジである。


 セジの出席はつい最近からで、それはトノジの判断だった。


 タケルとアジは報告を聞くと目を合わせ、互いに微かに頷き合った。


 最近、あの三人に会えていないから、その儀式がどういうものかはわからないが、ラビッツがそこで何かを仕掛ける気がしてならなかった。それはあくまで直感のようなものでしかなかったが、タケルとアジはタヌ、ラウル、ギルのことを思い浮かべ、その儀式がラビッツのためのお膳立ての儀式のような気がしてならなかった。


 イスタルにいる彼らに会いに行くと決めてはいたものの、まだ実行に移してはいなかった。儀式が一ヶ月後だとすると、時間がない。早く会いに行った方がよさそうだ。


 タケルはそんなことを考えていた。


「橋を閉鎖し、ムニム市場を閉じるとは何事だ。ゴーゴイ山脈の向こう側で行われる儀式の為に、そこまでする必要があるのだろうか」


 ムサシが不機嫌に疑問を投げかけ、宗教担当のミノル・タヌカに目を向けると、


「そこまでする必要があると判断した、ということです。その儀式を行うにあたり、ムニム市場の賑わいなどが邪魔になるのでしょう」


 ミノル・タヌカはそう答え、自らの見解に感心するように頷いた。


「イスタルで行われる献上の儀式のときでさえ、橋を閉鎖するようなことはなかったはずだ」


 ムサシはミノル・タヌカの見解を聞いてもなお、ムニム市場の閉鎖に納得できなかった。交渉の余地があるなら、交渉するつもりだ。だからこそ、ムサシはミノル・タヌカに交渉の糸口を求めているのだ。


「献上の儀式は霊兎族にとって祝福される儀式です。ですから、市場の賑わいは問題になりません。おそらく、ラドリアで行われる儀式は祝福されるものではなく、そして、霊兎族全体にとって何か特別な意味を持つ儀式なのでしょう。考えられるのは、公開処刑を止めるための儀式です」


 ミノル・タヌカはラドリアで行われる儀式についてそう結論付け、得意げな表情を浮かべた。


 それを聞いて、


「まさか・・・」


 ムサシは眉間(みけん)(しわ)を寄せ宙を睨む。


 それはムサシにとって予期しないことだった。


 公開処刑については、霊兎族に打つ手があると思っていなかったし、打つ手があるにしても、そを止めるための手段として、〝儀式〟が使えるとはまったく思いもしなかった。


 なぜなら、公開処刑は人々に恐怖を植え付ける為のものだからだ。


 兎人がどのような儀式を行おうとも、そこには恐怖という要素が足りない。


 だからこそ、それをリザド・シ・リザドが受け入れるとは考えられなかった。


 ムサシはミノル・タヌカに念を押して尋ねる。


「公開処刑をやめさせるための儀式に間違いないか」


 ムサシが厳しい表情で視線を向けると、


「そう考えて差し支えないかと・・・」


 ミノル・タヌカは自信に満ちた眼差しと、厳粛な態度で深く頷くのだった。


「ううむ」


 ムサシは宙を睨んで考え、そして、目線を上げて一同を見渡すと、


「もしミノルの見解が正しいとすれば、爬神(はじん)様は霊兎族の都市での処刑を、その儀式をもって終えることになる。そうなると次に来るのは、我々賢烏族の国々での公開処刑だ」


 そう深刻な表情で告げたのだった。


 ムサシのその言葉に、一同の顔色が変わる。


 ムサシはさらに続ける。


「霊兎族は儀式で公開処刑を止めることができるかも知れないが、我々には打つ手がない」


 ムサシがそう告げると、その場の空気がさらに重くなった。


 ムサシは答えを求めるように、ミノル・タヌカに視線を送る。


 だが、


「・・・」


 ミノル・タヌカはムサシの期待に応えようと思案するものの、何も思い浮かばず黙り込むだけだった。


 その場が沈黙に支配される。


 ムサシはトノジに視線を移すが、トノジも眉間に皺を寄せ宙を見つめているだけで、途方に暮れているようにさえ見える。キヨス・ミザワに至っては戸惑(とまど)いを隠せない表情で、ただ視線を泳がせているだけだった。


 ムサシが左隣に座るタケルを横目に見ると、タケルは何か思案するように、じっと宙の一点を睨みつけていた。


 その目に宿るのは間違いなく〝怒り〟だった。


ー国を守るために生贄を差し出すのではなく、生贄をこれ以上差し出さないために戦いたいのです。


 爬神族に剣を抜く覚悟を口にしたタケルの言葉。


 ムサシはそれを思い出す。


 それができるのなら、苦しむこともないのだがな・・・


 ムサシはふっと口元に自嘲的な笑みを浮かべ、それから、トノジの左右に座るアジとセジに目を向けた。


 すると、二人が対照的な表情をしていることに気づいた。


 セジは飄々としていて、特に爬神軍による公開処刑について気にかけているようには見えない。


 アジの表情はというと、タケルと同じだ。思い詰めるように一点を睨みつけていて、その目に宿るのはやはり〝怒り〟だった。


「ふぅ」


 ムサシは短い息を吐き、正面に座るトノジ越しに見える、窓外のイスタルの光景に目をやった。


 緑豊かな肥沃な土地。


 その向こう遠くに見えるゴーゴイ山脈。


 目に映る光景は穏やかだ。


 しかし、間違いなく世界は蠢き始めている。


「まずはラドリアで行われる儀式について、正しい情報を得ることが先決かと思います。それが公開処刑をやめさせるための儀式なら、そこに何かのヒントがあるかも知れません。少なくとも打つ手のない今の状況において、我々にできることは正しい情報を得ることだけです」


 沈黙を破ったのはトノジだった。


 たしかに、やれることといえばそれくらいだろう。


 ムサシはその意見に納得して頷いた。


「トノジの言う通り、まずはその儀式を知ることだ」


 ムサシが同意すると、ミノル・タヌカが難しい顔で意見を述べた。


「しかし、イスタルが我々にその儀式についての情報を提供するとは思えません。統治兎神官(としんかん)がコンドラに代わって以来、教会間の交流が途絶えてしまっています。そのことから考えますと、少なくとも現在のイスタルは、我々に信を置いていない、と言えます。それゆえ、コンドラが我々に情報を与えるとは思えませんし、もし与えるのでしたら、新世界橋閉鎖の通告と共に、その理由を説明したことでしょう」


 ミノル・タヌカはコンドラに対する不快感を隠さない、苦々しい表情でそう告げた。


 たしかに、イスタルの統治兎神官がコンランからコンドラに代わってからというもの、ミノル・タヌカは今までに何度もコンドラへ親書を送り、交流を求めて来たのだが、ほとんど無視に近い状況だった。コンランが統治兎神官だった頃も交流が多かったわけではなかったが、少なくとも、イスタルなら献上の儀式が行われた後、サムイコクなら忠誠の儀式が行われた後に、互いにその労をねぎらう書簡のやりとりぐらいは行っていたものだった。それが統治兎神官がコンドラに代わってからというもの、その年に数回のやりとりさえなくなってしまったのだった。


(いま)だに兎人は我々を警戒しているということでしょうか」


 市場担当のキヨス・ミザワはそう口を挟み、険しい表情で首を傾げる。


 市場担当ということは、霊兎族との交流の先頭に立つ役割を担っているということだ。


 キヨス・ミザワは霊兎族との交流が上手くいっているとばかり思っていたので、ミノル・タヌカのコンドラへの不快感は意外な感じがしたのだった。


 ミノル・タヌカはキヨス・ミザワに視線を向け、


「表向きな態度はどうあれ、兎人が我々を警戒しなかったことはないだろう。しかし、少なくとも教会間には一定の礼儀と交流があったのだ。それなのに、コンドラがイスタルに来てからというもの、それさえも失われてしまっているということだ」


 と吐き捨てるように言う。


 教会間の交流がなくなったことは以前耳にしていたことではあったが、イスタルとの交流の目的が経済にあったため、教会間のそれはムサシにとって大した問題ではないはずだった。


 だが、今は状況が違う。


 ミノル・タヌカの発言を聞いてムサシは苛立った。


 もともとイスタルの教会はサイノ川に橋を架けるのを嫌がっていた。それをリザド・シ・リザドを通じて無理やり橋を架け、市場を開かせたことは事実だが、新世界橋ができ、市場ができたことで、イスタルだって確実に豊かになったはずだ。


 それなに・・・


「新世界橋が完成し、市場を通じた交流も深まっているというのに、兎人はいつになったら我々を信用してくれるというのだ」


 ムサシが霊兎族の警戒心の強さに不快感を示すと、


「弱い者ほど警戒心が強いのです」


 トノジは兎人を見下した冷たい目をしてそう応えるのだった。


 そのトノジの表情が、タケルには不快だった。


 タケルは無意識に口を開いていた。


「我々が兎人を見下している間は、彼らが我々を信用することはないでしょう。それに、兎人は決して弱くなんかありません。ラドリアの惨劇のようなことを、我々烏人ができるでしょうか。蛮兵(ばんぺい)を襲撃する勇気が我々にあるでしょうか。忠誠の儀式で送られた奉仕者が、無惨にも爬神様に食されているというのに、見て見ぬ振りをしている我々の方が、よっぽど臆病者です」


 タケルはその言葉に怒りを込める。


 アジはこの場でそんな発言ができるタケルを、尊敬の眼差しで見つめていた。


 そして横目でトノジの表情を見ると、思った通り、タケルの兎人を持ち上げるような発言に不愉快な顔をしているのだった。


 ムサシはタケルの発言に静かに耳を傾けていたが、タケルが発言を終えると、難しい顔をして首を微かに横に振り、穏やかに反論した。


「我々賢烏族が霊兎族を下に見るのは仕方がないことだ。同じ人間とはいえ、彼らは短絡的だ。ラドリアの惨劇にしろ、ラビッツなる者たちにしろ、自分がしていることの恐ろしさがわからないのだ。もし、彼らが下等な人種族でないというのなら、もっと自制心を働かせるべきだろう」


 ムサシは霊兎族をそんな風に評したうえで、


「それはそれとして、新世界橋が開通して以降、我々は彼らに対して敵対的な態度はとっていないはずだ。もちろん、住民同士のイザコザはあるかも知れないが、それは互いの利益を主張しているだけで、敵対とは違う。我々はむしろ友好的な姿勢で接してきたつもりだ。ミノルの発言にもあったように、宗教的交流もこちらから要請している。市場も民間に任せ、兎人から何かを搾取するような真似もしていない。こちらから無理を言ったことは一度もないはずだ。そういう我々の行いを冷静に見て、兎人には我々を信用してほしいのだ」


 と、霊兎族に対する思いを口にするのだった。


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