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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一〇九 何気ない日常、穏やかな時間


 ムニム市場にあるテムス農園の店で、テムスは一人で店番をしていた。


 そこにミコンで一杯のカゴを背負ってタヌが戻ってくる。


 ドサッ。


「おじさん、ラウルが運んでくるやつが最後だからね」


 タヌはそう言ってミコンの入ったカゴを店の奥に置いた。


「おお、早いなぁ」


 テムスは二人の頑張りに目を細める。


「今日はよく売れるね」


 タヌは「ふうっ」と一息ついて、手の甲で額の汗を拭う。


 そこにラウルが最後のカゴを背負ってきて、タヌが置いたカゴの隣に置いた。


 ドサッ。


「おじさん、これでお終いだ」


 ラウルは右手で左肩を揉みながら、テムスに笑顔をみせる。


 その顔は一仕事終えた満足感で溢れていた。


 二人はすぐにテムスの隣に立って店番を始めた。


「今日はいつもよりたくさん積んできたのに、いつもより早く帰れそうだな」


 テムスは腕組みをし、商品台に並べられたミコンを嬉しそうに眺める。


「さすが、テムス農園のミコンだね」


 タヌが誇らしげに言うと、


「いつも買ってくれる常連客のお陰だ。本当に感謝しないといけないな」


 テムスはしみじみとその有難さを口にする。


「ラドリアの紳士もそろそろ来る頃だね」


 ラウルは思い出したように言い、店の外に視線を投げる。


 ラドリアの紳士はバラレスという名で、二人がギルと出会うきっかけを作った人物だ。きっかけを作ったとは言っても、バラレスがテムスから買ったドラゴンの置物をギルに盗まれただけの事ではあるが。それももう二年以上前の話だ。


 あれ以来、バラレスはテムス農園の常連客だった。


「バラレスさん、あれからちょくちょく買いに来てくれるよね」


 タヌはラドリアにいるはずのバラレスのことを思う。


 およそ一ヶ月後には、ラドリアで服従の儀式が行われる。


 バラレスさんはそのことをもう知っているのだろうか・・・


 タヌはそれが気になった。


 服従の儀式では激しい戦闘が予想される。


 何もしなければ多くの住民がその犠牲になるだろう。


「わざわざラドリアから有難いものだ」


 テムスは手を合わせてバラレスに感謝し、その声を聞きながら、


 ミカル様のことだから、ちゃんと住民のことは考えてくれてるよね・・・


 タヌはそう考えて気持ちを切り替えるのだった。


「キャブツとタムネギも頑張って売らないとね」


 タヌは台の上に並べられたキャブツとタムネギを見ながら、自分の頬を両手でパンパンッと叩いて気合いを入れる。


「タヌ、そんなに気合いを入れなくても、夕方までには売り切れると思うぞ」


 テムスはそう言って笑う。


 和やかな空気がそこにはあった。


 ラウルはふとラーラを気にかける。


 ラーラは朝から店に立ち続け、客足が落ち着いたところで、店の中では休めないからと言って市場のあちこちにある休憩所に休みに行っているのだった。


「おじさん、おばさんは大丈夫?」


 ラウルが尋ねると、


「大丈夫だ。今日は朝から張り切り過ぎて、ちょっと疲れただけだろう」


 テムスはそう答え、


「こうしてみんな揃って店番することって、あまりないもんね」


 タヌは笑顔でそう言うのだった。


 実際、ラーラはいつになく張り切っていて、疲れるのは無理もないことだった。


「そうだ。私もこうやってお前たちと一緒に過ごせることが何より嬉しいんだよ。お前たちがいてくれて、本当に嬉しいんだよ」


 テムスは穏やかに、そして笑顔で、どれだけ自分たちが二人との時間を大切に思っているかを伝えた。


 それは二人にとって、とても嬉しい言葉だった。


「これください」


 買い物客の声に三人は振り向き、客の近くに立つタヌがさっと接客に動く。


「ミコンですね」


 タヌは笑顔で応え、小さな笊に小分けにされたミコンを客の持ってきた袋に詰めて手渡した。


「おじさんも休んだら?」


 ラウルはテムスに声をかける。


 テムスは首を横に振り、


「私は大丈夫だ」


 そう答えて笑う。


 今日は朝から忙しくしているから、テムスが疲れていないわけがない。


 ラウルはテムスの体が心配だった。


「おばさん一人だと寂しいと思うよ」


 ラウルはそう言い、ラーラと一緒に休むよう促してみる。


 しかし、


「一人の方がゆっくり休めるって、ラーラはよく言ってるよ」


 テムスはそう言って休もうとしない。


「そうなんだ」


 ラウルが力のない相槌を打つと、


「だから、ラーラの心配はいらないよ」


 テムスはラウルの肩を叩いて優しく頷いた。


 ラウルは首を横に振り、真顔でテムスを見て訴える。


「おじさんの心配してるんだよ。朝から立ちっぱなしじゃないか」


 ラウルの語気が思わず強くなる。


 ラウルのその強い眼差し、強い言葉に、テムスは観念したような笑みをふと漏らす。


「お前たちは本当に優しいな」


 テムスの目が潤む。


「ごめん」


 ラウルは声を荒げたことを謝り、


「でも、最近おじさんが無理しているように見えてたから・・・俺、おじさんにはいつまでも元気でいて欲しいんだ」


 そう正直な想いを伝えた。


 そして、その自分の言葉に寂しさが込み上げてくる。


 テムスやラーラとの何気ない日常、穏やかな時間はもうすぐ終わる。


 そう思うと、胸にぐっと来るものがあった。


 テムスはラウルの心のこもった言葉に、嬉しそうに何度も頷き、


「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらって、私はここで休ませてもらうよ」


 そう言って、店の奥にある椅子に腰掛けた。


「うん」


 ラウルは笑顔で頷くと、タヌと並んで呼び込みの声をかけた。


「ミコンどうですかー」


 タヌは目の前を行き交う買い物客に向かって元気よく呼び込みの声をかけ、


「キャブツにタムネギもありますよー」


 ラウルもそれに負けじと声を張り上げた。


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