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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一〇六 ヒーナ


 太陽が西に傾き、日差しが柔らかくなり始めた頃、監車に乗せられた囚人二十人が広場に運ばれてきた。


 一人二人を残酷に処刑したところでラビッツは現れない。それならば、ということで、十人、二十人をいっぺんに処刑して、イスタルの住民を震え上がらせることにしたのだ。


 その恐怖心が怒りに変わり、その怒りがラビッツに向けられればそれでいい。


 たとえ今ラビッツが現れなくても、住民からの支持を得られない殺人武装集団は、いずれ追い詰められるはずだ。


 それがコンドラの考えだった。


 市街地の住民へは特に緊急の用がない限り、広場での処刑を見届けるようにと教会から通達が出されていた。


 理由はこうである。


—神に背く殺人武装集団への協力者が、どのような末路を辿るのか見届けよ。


 つまりこの広場での処刑は、教会の意志として行われているのだ。


 それが教会の意志なら、住民は広場に行かざるを得なかった。


 囚人たちが運ばれてくるのと同時に、広場に人が集まり始める。


 広場に集まるその人混みの中に、ヒーナの姿はあった。


 監車の扉が開き、蛮兵たちの手によって、薄汚れた服に身を包む囚人たちが乱暴に広場に引っ張り出される。


 囚人は頭に布袋を被せられ、俯きがちに一列になって、ゾロゾロと広場の真ん中に引き出されていく。


 ヒーナはその光景を、怒りの眼差しで見つめているのだった。


 広場の真ん中で、ある程度の間隔を空けて横並びに立たされた囚人たちは、頭に被せられた布袋が取られると、一様に光の眩しさに俯いて目を閉じ、それから頻繁に瞬きをしながら目を慣らしていくのだった。


 そして、囚人たちは広場の群衆を見て驚いた。


 ボソボソとその驚きを口にする者がいて、目を見開き、あんぐりと口を開ける者や、俯き、震えるだけの者もいた。


 誰一人として、ここに連れて来られた理由はわかっていないようだ。


 布袋を取られ、その顔を露わにした囚人一人ひとりのその顔を、ヒーナは目を()らして見つめていた。


 右から順に、一人ひとり。


 そして、数人目でヒーナの目は止まった。


 ジーナ!・・・


 見覚えのあるその顔に、ヒーナは雷に打たれたような衝撃を受けた。


 路上生活をしていた頃に、ときには母のように、ときには姉のようにヒーナの面倒を見てくれたのが、今、囚人として群衆の前に立たされているジーナだった。


 ジーナも路上生活をしていて、市場から捨てられるまだ食べられる野菜や果物などを漁っては、それを路上生活をしている子供たちと分け合って暮らしていたのだった。


 それがある日、子供たちの一人が、誕生日プレゼントに甘いお菓子が欲しいと言って泣き出したので、ジーナは泣き止まないその子のために、仕方なく市場から砂糖を固めた飴玉を三つと、ミコン一つを盗んだところを捕まってしまったのだった。


 たかが飴玉三つとミコン一つを盗んだために、ジーナは長く牢に入れられたのだった。


 罪を犯したら償わなければならない。


 それはわかっている。


 それでも、ヒーナは納得できなかった。


 それくらい、ヒーナにとってジーナは大切な存在だった。


 だから、蛮兵が広場で囚人を処刑し始めてからというもの、ヒーナはジーナのことを思い出さずにはいられなかったのである。


 ジーナが処刑されるのではないか。


 いつもそれを恐れていた。


 だからこそ、


—監視団は我々をおびき出すために、今まで以上に酷いことをしてくるだろう。


 バケじぃからそう聞かされたとき、真っ先に思い浮かんだのがジーナの姿だった。


 そして今、ヒーナの最も恐れていたことが、目の前で現実になろうとしていた。


 広場の群衆の前に引き出さたジーナの姿に、ヒーナは胸を痛めた。


 まだ若くて綺麗な白髪の霊兎のはずなのに、その姿は薄汚れ、年老いて見える。


 監視団に引き渡された霊兎は、処刑されるか、死ぬまで労働を課されるかのどちらかしかなく、ジーナは七年にも及ぶきつい労働のために、ボロボロにされていたのだった。


 ヒーナの目から涙がこぼれ、体が恐怖で震える。


 私はどうすればいいの・・・


 ヒーナはどうしていいかわからなかった。


 ただ、ジーナをじっと見つめているだけだった。


 囚人一人につき、蛮兵が二人ついている。


 監視団の隊長サウォが一列に並ぶ囚人たちの前に立ち、サウォの横には処刑を執行する蛮兵が一人立っている。


 サウォは群衆に向かって叫んだ。


「ラビッツなる殺人武装集団が、我々監視団の兵士を襲撃する事件が多発している!我々蛮狼(ばんろう)族は爬神様に仕える番民(ばんみん)である!その我々に対する殺人は、神を冒涜する行為である!」


 サウォはそう叫び、腰に下げた剣を抜いて天に掲げると、さらに声を大きくして叫んだ。


「そして、ここにいる者たちは、ラビッツの協力者たちだ!神を冒涜する者がどう罰せられるのか、しっかりと見ておけ!」


 そして、サウォが掲げた剣を振り下ろすと、それを合図にサウォの横に立っていた蛮兵が移動し、右端の囚人から一人ずつ処刑を開始した。


「な、なんで!」


 囚人たちには訳がわからない。


 必死に抵抗しようとする囚人を、二人の蛮兵が力づくで押さえつけ、執行役の蛮兵が斬り刻んでいく。


「ぎゃああああ!」


 最初の囚人は、まず肘から下を斬り落とされ、叫び声を上げた。


 ヒーナにはそれがジーナの末路と重なって見え、耐えられなくて目を瞑ってしまう。


 処刑はいたぶるように行われていった。


 蛮兵たちはニヤニヤしながら、腕を斬られてもがく霊兎の足首を掴むと、骨に沿ってふくらはぎの肉を削ぎ落としていった。


「やめてぐれぇえええ!」


 囚人の悲鳴が広場に響く。


 サウォは群衆に向かって叫ぶ。


「ラビッツに協力しても、あいつらは見殺しにするだけだ!ラビッツは卑怯者の集まりなのだ!ラビッツに利用されてはならない!」


 サウォはそう叫びながら、群衆の向こうにいるアクを意識していた。


 親衛隊はラビッツが現れたときに備え、群衆の後ろに待機していて、サウォはそこにいるアクに向かって自分がどれだけ恐ろしい人間かを思い知らせているつもりだった。


「だすげでぇぐれぇえ」


 血塗れになった囚人は発狂寸前だった。


 蛮兵が意識を失いつつある囚人の腹を裂き、手を突っ込んで腸を引き千切ると、


「ぎぃああああ!」


 囚人は絶叫し絶命した。


 その凄惨な光景に、群衆の中には吐く者も大勢いた。


 こんな風にして、蛮兵は囚人を一人ひとり惨殺していくのだった。


 刻一刻と自分の番が近づいてくる中、ジーナは惨殺されていく囚人たちの断末魔の叫び声に震え上がり、顔面蒼白になってその場にうずくまり、目を閉じ、耳を塞いで震えているのだった。


 そんなジーナの姿に、ヒーナの胸を打つ鼓動が激しくなる。


 このままではジーナも同じように斬り刻まれ、発狂しながら死んでいくことになる。


 ジーナをそんな目に合わせていいのか・・・


「ぎぃやぁああああ!」


 囚人の叫び声。


 ヒーナは目を閉じ、静かに呼吸をして自分がすべきことを考える。


 あの頃の自分。


 ジーナの自分を見つめる温かな眼差し。


 泣いている自分を慰めてくれたジーナの優しい声。


 ふとした時にみせる寂しげな笑顔。


 ジーナはいつも誰かの幸せのために生きていた。


 そんな人を、こんな酷い目に合わせていいわけがない。


 そんなこと許せない・・・


 ヒーナは目を開けると、人混みを掻き分け、囚人たちの背後に向かって移動を始めた。


「まだ死ぬのは早いぞ」


 蛮兵はそう言って囚人の頭の皮を()ぐ。


「うぉおおおお!」


 囚人は悲鳴を上げ、体をバタバタとさせる。


 蛮兵はそれを楽しそうに見て、


「まだ、まだだ」


 そう言いながら、その囚人の口の中に剣の切っ先を突っ込むと、ゆっくりと押し込んでいくのだった。


「ぐごぉおお!」


 囚人はくぐもった叫び声を上げながら絶命した。


 広場の群衆はあまりの光景に静まり返っていた。


 ほとんどの人が俯いて吐き気を堪えていた。


「つぎ!」


 サウォがそう叫ぶと、執行役の蛮兵はジーナの前に立った。


 うずくまって震えているジーナを、二人の蛮兵が無理矢理立たせる。


「ぎゃぁああ!ぎゃあああ!」


 ジーナは激しく泣き叫び、全力で暴れ、逃れようとするが、屈強な蛮兵二人によって顔を殴られ、思いっきり腹を蹴り上げられると、口から血を流してうずくまり大人しくなった。


「手間かけやがって」


 蛮兵はそう吐き捨て、ジーナの顔に「ぺっ」と唾を吐いた。


 蛮兵二人は腕を掴んで持ち上げ、ジーナを膝立ちの姿勢にさせた。


「いたぶってください」


 ジーナの体を支える蛮兵の一人がそう言い、


「さて、どうやっていたぶろうか」


 剣を握る執行役の蛮兵がジーナを舐めるように見ると、


「ぎゃぁあああ!ぎぁやあああ!」


 ジーナはまたもや発狂し始めた。


「うるせぇな!」


 執行役の蛮兵は怒鳴って剣を振り上げる。


 そのときだった。


 スパッ!


 ジーナの泣き叫ぶ声が止んだかと思ったら、その頭部が胴体から離れ、


 ボトッ、ゴロゴロ・・・


 地面に落ちて転がったのだった。


 そして、ジーナの首の部分から血飛沫が上がる。


 それは一瞬の出来事だった。


 その場にいるすべての人間が、何が起こったのか理解できなかった。


 ジーナを両脇で支えていた蛮兵は血に濡れ、頭が真っ白になる。


 そして、剣を振り上げた蛮兵の目に映るのは、血で濡れた剣を握り締め、凄まじい殺気で自分を睨みつける茶髪の娘の姿だった。


 それは深い悲しみと激しい怒りに体を震わせる、ヒーナの姿だった。


「ひっ」


 執行役の蛮兵が短い悲鳴を上げると、ジーナの体を両脇で支えていた二人の蛮兵はハッとして後ろを振り返った。


 その次の瞬間、


 バサッ!バサッ!


 二人の首は刎ねられ、


 ボトッ、ボトッ、ゴロゴロ・・・


 その頭部が二つ、地面に落ちて転がった。


 一瞬の静寂の後、


「だ、誰だ貴様!」


 隊長のサウォが目を大きく見開き、怒鳴り声を上げた。


「さぁ、誰だろうね」


 ヒーナはそう言って片頬に笑みを浮かべ、すぐに目の前にいる執行役の蛮兵に斬りかかった。


 執行役の蛮兵は剣を振り上げたまま固まっていた。


「ひっ」


 バサッ!


 ヒーナの凄みに動くことができず、執行役の蛮兵は為す術なく首を刎ねられたのだった。


「時間があれば、いたぶってやったんだけどな」


 ヒーナは地面に転がる三つの死体に向かってそう吐き捨てると、すぐさまサウォに襲いかかった。


 サウォは突然の出来事に動揺を隠せない。


「ラビッツだ!殺せ!」


 思わずそう叫んでいた。


「お前は許さない!」


 ヒーナはそう叫びながら、サウォに斬りかかった。


 ガシッ!


 サウォが慌ててヒーナの剣を受け止めると、


「ちっ」


 ヒーナは悔しそうにその顔を歪め、すかさず後ろに跳び退いた。


「こいつを捕まえろ!」


 サウォは叫び、ヒーナの周りを蛮兵たちが取り囲もうとしていた。


 ヒーナの脳裏に浮かんだのは、ラビッツの仲間たちのことだった。


 逃げなきゃ・・・


 ヒーナは咄嗟(とっさ)に群衆の中に飛び込んでいた。


「あの霊兎を逃がすな!追え!」


 サウォが怒鳴ると、その場にいたすべての蛮兵がヒーナを追って群衆の中に飛び込んでいった。


「どけぇ!」


 ヒーナは叫びながら群衆の中を突き進む。


 すると不思議なことに、ヒーナの進行方向に自然と道が開けていくのだった。


 どういうこと?・・・


 ヒーナは信じられない光景の中を走っていた。


 そして人混みの中から、小声でいろんな声が聞こえてきた。


「死ぬなよ」とか、「逃げ切るんだぞ」とか、「応援してるから」とか、そんな声だった。


 その温かい声に、ヒーナは胸が熱くなって泣きそうになる。


 そして、ヒーナが人混みを抜けた、そのときだった。


「逃がさんぞ、ラビッツ!」


 そこに現れたのは、黒緑の髪色をした体の大きな霊兎だった。


 ヒーナの目の前に、十人ほどの親衛隊の隊士たちが立ち塞がった。


 後ろからは蛮兵たちも追ってくる。


 ヒーナは絶体絶命の窮地に追い込まれていた。


「くそっ」


 ヒーナはそう吐き捨て、剣を構える。


 目の前に立ちはだかる大男が只者ではないことは、その異様な殺気からわかる。


 逃げ切れないかも知れない・・・


 ヒーナはそう思った。


 その目に浮かんできたのは、やはり、ラビッツの仲間たちの姿だった。


 みんな、ごめん・・・


 ヒーナは心の中でそう呟いた。


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