一〇四 ムニム市場へ
パチッと目が覚めた。
「おはよー」
マーヤは元気よくシールを叩き起こす。
「マーヤ、早すぎない?」
シールは眠くて目が開けられない。
「うふふ」
と、マーヤは誤魔化すように笑う。
そう、夜はまだ明けていなかった。
明けてないどころか真夜中だった。
「マーヤ・・・」
シールは咎めるようにマーヤの名を呼び、顔を枕に押し付け眠ろうとする。
「なんだかわくわくするの」
マーヤは楽しそうにシールの肩を揺する。
「私はもう少し寝たいわ」
シールはマーヤに顔を向けることなく返事を返す。
「えー」
マーヤは不満の声を上げるが、シールはそれに耳を貸さない。
「おやすみ」
そう言って、眠りにつく。
・・・
「おはよー」
マーヤは元気よくシールを叩き起こす。
その声に、シールはパッと目を開け、ベッドの横に立つマーヤを見る。
「マーヤ、早すぎない?」
シールが叱るような目で睨むと、
「ちゃんと十数えたよ」
マーヤは口を尖らせ、そう言い訳をする。
「・・・」
シールには返す言葉がなかった。
「おほほ」
マーヤは惚けて笑う。
そんなマーヤをシールは真顔で見つめ、
「おほほじゃないわ。あなたも寝なさい。外、真っ暗じゃない」
と、突き放すように言う。
それでマーヤも観念したようだ。
「ちぇっ」
そう言ってマーヤは自分のベッドに戻った。
そして、朝が来た。
「マーヤ、起きなさい」
シールの声がする。
「うーん・・」
マーヤはまだ片足を夢の世界に突っ込んだままのようだ。
寝返りを打ってシールに背を向ける。
「マーヤ、起きなさい!」
シールはマーヤの背中を揺する。
マーヤはぼやーっとした眠気に包まれたまま、
「ねむいよー」
枕に顔を埋め、シールに抵抗した。
シールは呆れ顔で腕組みをし、
「夜中に起きるから悪いんでしょ」
そう言ってマーヤを叱った。
「だって・・・」
シールの指摘は図星だから反論できない。
一向に起きようとしないマーヤに、シールは匙を投げる。
「もう、じゃ、私一人でムニム市場に行くね」
シールがそう言い放つと、マーヤは思い出した。
そうだ、市場に行くんだった!
そう思った瞬間、パチッと目が開いた。
「ちょっちょっちょっと待った!」
と言いながら、マーヤはバッと上半身を起こし、ニッコリと笑顔をシールに向けた。
「おはよー、お姉ちゃん」
マーヤの口元から覗く白い歯が爽やかだった。
「おはよう」
シールはそう返し、微笑むのだった。
それが朝の会話だった。
そして今、二人は馬に乗って未来街道をムニム市場へと向かっているのだった。
ワンピースの下にズボンにブーツ。
そして腰には剣を下げ、一頭に二人乗りして。
ダレロに借りた馬は二頭だが、
「今日は二人乗りがいい」
マーヤのたっての願いでそうなったのだった。
今日は買い物以外にすることもないので、途中の風景を楽しみながら、急がずに向かうことにしていた。
「お姉ちゃん、親衛隊の人たちって、どこまでも付いてくるのね」
マーヤはシールのお腹にしがみつき、その左耳に向かって話しかける。
「それはそうでしょ」
シールは顔を軽く左に傾け、マーヤに返事を返す。
「買い物くらい人目を気にせずにしたいものだわ」
マーヤは言いながら軽く後ろを振り返り、親衛隊隊士の様子を窺う。
「そうね」
そう相槌を打つシールは親衛隊の存在を気にしていなかった。
「でもイスタルって、市街地から離れると急に寂れた感じになるのね」
マーヤはふと街道沿いの風景が気になって話題を変えた。
シールはマーヤの目移りの早さに笑ってしまう。
「ラドリアと比べたらどの都市も長閑な感じだと思うけど、イスタルは霊兎族の都市の中でも唯一ゴーゴイ山脈の東側にある都市だし、賢烏族の国と隣接してるから独特なのかも知れないわね」
シールは言いながら、街道沿いの長閑な景色を眺める。
イスタルの土の色はラドリアと比べると黒が強い気がする。ラドリアは赤黒い感じだけど、イスタルの土はより黒に近いだろうか。だから、街道沿いに広がる景色も引き締まって見える気がしていた。
「ドゴレ様はムニム市場が近づいて来ると賑やかになるって言ってたけど、本当かしら」
マーヤは首を傾げる。
「ドゴレ様が言うなら、間違いないでしょ」
シールはそう応えてムニム市場を想像してみるが、賑やかな雰囲気をぼんやりイメージすることぐらいしかできなかった。
「ドゴレ様って田舎者って感じだからなぁ。賑やかっていってもたかが知れてる気がする」
マーヤが親しみを込めてドゴレを田舎者扱いすると、
「それは失礼よ。ドゴレ様はラドリアの精鋭養成所で育った私たちの先輩なのよ」
シールはそう言って笑った。
「あ、そうだった」
マーヤはそれを思い出して大袈裟に〝しまった〟という顔をし、
「細かいことは気にしないのだ。あはは」
そう言って愉快に笑う。
「ふふふ」
シールの耳にマーヤの笑い声が心地よかった。
二人は馬をリズムよく走らせ街道を行く。
その後ろを親衛隊の乗る馬が二頭、一定の距離を置いて付いて来るのだった。