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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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一〇二 残された時間


 夕方、シールとマーヤの二人は教官であるラーミの執務室に呼ばれ、


「親衛隊は七日後にラドリアへ帰るそうよ」


 と告げられた。


 ラーミは薄灰色の(つや)のある髪が美しい霊兎で、柔らかな雰囲気の中に強い芯を持っている強い女性だった。


 ラドリア出身でダレロと歳が近く、子供の頃は女の子と遊ぶよりも男の子と一緒になって剣術や弓術の力比べをして遊ぶことを好むような女の子だった。


 ラーミは武術の授業を受けることはなかったが、ダレロやミカルから技術を教わったことで、かなりの腕前があると言ってよかった。今でも護衛隊隊長のドゴレから「いつでも護衛隊はお前を歓迎するぞ」と言われるほどだった。


 そんなラーミだからこそ、ダレロは信頼して二人を預けたのである。


 突然の知らせに、


「えっ」


 二人は驚き言葉を失ってしまう。


 二人がイスタルにいることを許されているのは親衛隊が滞在している期間に限られている。


 このまま会えないままこの地を去ることになるのか・・・


 その強烈な寂しさに、二人は立っていられないほどの焦りを感じるのだった。


 ラーミはそんな二人を見て、


「コンクリ様は至急戻るように命じたらしいわ。だから、七日の猶予をもらったと思って喜びなさい」


 そう言って微かな笑みをその口元に浮かべるのだった。


「でも、どうして急に」


 シールが尋ねると、


「一ヶ月後に服従の儀式が行われることになったの。それが関係していると思うわ」


 ラーミはその事実を伝えた。


「服従の儀式?」


 二人は初めて聞く儀式の名にキョトンとする。


 そんな二人の顔を見て、ラーミは軽く握った右手の拳を下唇に当てるようにして、


「そうよね。知らないよね・・・」


 そう独り言のように呟くと、ほんの少しの時間考え、小さく頷いてから二人に目を向け、


「服従の儀式のことは、まぁ、ラドリアに帰ってから、ダレロに詳しく訊きなさい。その方がいいと思う。今はこの七日間をどう過ごすか考えることね」


 そう言って微笑むのだった。


 シールはそのラーミの柔らかな微笑みに、自分たちへの愛情を感じた。


「ラーミ様がそうおっしゃるなら」


 シールは素直にラーミの言葉を受け入れる。


「これからの七日間は、監視団と親衛隊が何をするかわからないわ。変に疑われる行動は避けることよ」


 ラーミがそう助言を与えると、


「はい」


 二人はそれに真顔で応え、気を引き締めた。


 親衛隊と監視団が何をしてくるかわからないと思ったら、不安な気持ちが先に来る。しかし、ラウルとタヌを守るためにここに来たことを忘れてはいけない。


 この命にかえても、私は二人を守ってみせる・・・


 シールは不安な気持ちを拭い去るように、改めてその覚悟を決めるのだった。


「七日後か・・・」


 マーヤはそう呟き、その時間の短さを思う。


「あなた達も帰り支度を始めなさい」


 二人の未練を断ち切るかのように、ラーミはきっぱりと告げた。


「もう少しここに残ることはできないでしょうか」


 シールはダメ元でお願いしてみる。


「あとちょっとだけ」


 マーヤもシールを後押しするように、ラーミに懇願した。


 ラーミも二人の気持ちがわからないわけではない。それが許されるなら、もちろん許しているだろう。しかし、そうはいかないのだ。


 ラーミは微かな笑みを浮かべ、それでいて、二人に交渉の余地のないことを淡々と告げた。


「あなた達は元々親衛隊がいる間、という約束で派遣されたのだから、その約束は守らなければならないわ。それに、あなた達にはラビッツに幼馴染みがいるってダレロからの手紙に書いてあったわよ。それはコンクリ様も知っていることだと。それでアクはあなた達に監視役の兵士をつけてるんじゃないのかしら。親衛隊だけ帰ってあなた達がイスタルに残るなんてことが許されるわけがないし、もし、残るようなことがあったら、今度は蛮兵たちに監視されることになるでしょうね」


 そう言い終わる頃には、ラーミの顔から笑みは消え、厳しい表情になっていた。


「そうですね」


 シールはそう返事を返し、納得するしかなかった。


 ラーミに自分の心の甘さを見透かされた気がして、少し恥ずかしい気持ちにもなる。


「わかっちゃいるんですけど・・・」


 シールの横でマーヤは往生際の悪いことを言って口を尖らせ、体を左右に揺らしてモジモジとする。


 そんな駄々をこねるマーヤが可愛らしくて、ラーミはふと笑顔になる。


「ダレロと約束したんでしょ」


 ラーミは二人の気持ちを吹っ切るように、爽やかな笑顔でそう言った。


 その爽やかな笑顔、明るい声に、シールとマーヤのモヤモヤも吹っ切れる。


 そして、


—必ず帰って来いよ。お前たちだって、私の可愛い教え子なんだからな。


 そのダレロの言葉を思い出し、ラドリアへ帰る踏ん切りがついたのである。


「そうでした。ダレロ様との約束は守ります」


 シールはきっぱりと言い、


「仕方ない。帰ります」


 マーヤも諦め顔で心を決めた。


「それじゃ、この七日間を有意義に過ごしなさい」


 ラーミはそう言ってシールの目をしっかりと見、それからマーヤの目をしっかりと見つめた。


「わかりました」


 シールは頭を下げ、


「はーい」


 マーヤはマーヤらしく応えるのだった。


 ラーミはそんな素直な二人に目を細める。


 こんな素敵な姉妹はどこにもいないだろうな・・・


 ラーミはそう思う。


 それから、


「あなた達にはお礼を言わないとね。武術の授業を手伝ってくれてありがとう。あなた達の腕前にみんな驚いていたそうよ。みんなあなた達みたいになりたいって、すごく稽古に励むようになったって、人のことを絶対に褒めないあのサガロが、あなた達のこと凄く褒めてたわ」


 ラーミはそう言って二人の労をねぎらった。


 サガロとは言うまでもなく武術の教官の名前である。


「私たちも色々学ぶことができて楽しかったです。こちらこそ、ありがとうございました」


 シールは笑顔で礼を言い、


「私も楽しかったです。ありがとうございました」


 マーヤも礼を言って深々と頭を下げた。


 教えることは学ぶことだ。


 生徒たちを教えることで得たものも大きかった。


 二人はそのことにも感謝しているのだった。


「残りの七日間、絶対に無茶なことしないでね」


 ラーミは退室する二人にそう念を押した。


「はい。無茶はしません」


 シールが深々とお辞儀をして部屋を出ると、


「わかってます、ラーミ様!」


 マーヤは元気よくそう応え、優しくドアを閉めた。


 パタンッ。


 二人が去ると、ラーミは寂しい気持ちになった。


 いつかまた会えるかしら・・・


 ラーミは二人が去った後のドアを見つめ、ふと優しい笑みを浮かべるのだった。


 ラーミの執務室を後にした二人は、寮の部屋に寄って着替えを取ってから、汗を流しに浴場に向かった。


 施設の中庭に植えられた木々の間を歩きながら、二人は残された時間の過ごし方を考える。


「残り七日かぁ」


 マーヤは空を見上げて時間の短さを嘆く。


 そんなマーヤに、


「親衛隊はね。私たちはその前日に発ちましょ」


 シールはそう提案した。


「えっ?」


 マーヤは目を丸くして驚いた。


 七日でも短いのに六日で帰るなんて、もう二人に会うのを諦めたってこと?・・・


 マーヤにはシールの提案が理解できない。


「親衛隊より早く帰って、服従の儀式のこととか、ダレロ様に色々訊きたいことがあるの」


 シールは早く帰ることの理由をそう説明した。


「お姉ちゃんはもう二人に会うのを諦めたの?」


 マーヤが悲しそうに尋ねると、


「うん」


 シールは爽やかな笑顔で頷いた。


 あまりにあっさりした返事に、


「うそでょ」


 マーヤは信じられないといった顔をする。


 そんなマーヤに、


「帰るって決めたら、なんだかグズグズしたくないなって思ったの。っていうか、もうラビッツは現れないと思う」


 シールはどこか寂しげな笑みを浮かべそう言うのだった。


「そうかも知れないけど、まだ何が起こるかわからないと思うし・・・」


 まだ諦めていないマーヤは口を尖らせ、


「毎日、見せしめの処刑が行われているのよ。それでも現れないってことは、ラビッツはそれだけの覚悟を決めてるってことだと思うの。ラウルとタヌのことだから、ちゃんと考えがあるに決まってるわ」


 シールは自信を持ってそう応える。


 そう言われると、マーヤの気持ちも揺れる。


「そうかなぁ」


 そう言って納得しようとしないマーヤに、


「間違いなくそうよ。そうじゃなかったら、あの二人が見殺しにするはずないわ」


 シールは真っ直ぐにその目を見て断言した。


 シールのその自信に満ちた言葉と、二人を信じ切った眼差しに、マーヤは心を打たれた。


 たしかにそうだ。あの二人があんな残酷な処刑を意味もなく許すはずがないわ・・・


 そう思ったら、


「そうね」


 マーヤは素直に納得した。


「私が保証するわ」


 シールがそう言うと、マーヤはさっきまでの不安な気持ちが一掃され、明るい気持ちになっている自分に気づくのだった。


「わかった」


 マーヤは屈託のない笑顔で応える。


「それじゃ、帰る前にムニム市場に行って、お土産を買いましょ」


 シールが悪戯っぽくマーヤの顔を覗き込むと、


「うん、そうしよう!」


 マーヤはいつもの元気さでそう応え、大股で歩き出すのだった。


 タヌに会えないのは寂しいけれど、いつかきっと会える。


 そんな気がするのだった。


 日暮れ前の穏やかな時間の流れの中で、二人の美しい姉妹は優しい光に包まれ、まるで何者かに祝福されているかのように見えなくもなかった。


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