15.弟
「今なんて……」
「グリードの旦那は死んだって言ったんだ」
「そんな、どうして!?」
「呆気ない最後だったさ。お前を置いてあの部屋から出た後、別のトラップに引っ掛かったんだ。よくある四方八方から矢が飛び出るタイプのものさ。だがこのダンジョンのいやらしい所は冒険者が矢を避けるために移動しそうな所に別のトラップを仕掛けてたことだな。あっさり旦那はそのトラップを踏んじまった」
「それじゃあ、グリードさんはそこで」
「ああ、落とし穴型のトラップだったから死んだところは確認してないけど、あの深さじゃまず助からない。って、おいおいなんで旦那にあそこまでされたお前が泣いてんだよ。ったく、つくづく甘いやつだな。ほらよ」
ミギブがポケットから緑色のハンカチをソラに投げる。
「すいません。でも、ミギブさんだけでも無事でよかったです。一緒に帰りましょう」
その言葉にミギブとルナの顔が曇る。
「ソラさんはこの男を連れて帰るつもりですか?」
「そのつもりですけど、どういう意味ですか?」
「私はソラさんのことをずっと見ていました。もちろんこの男がソラさんを狼の群れに置いて逃げ去る所も。正直に言います。自分の命欲しさにソラさんの命を犠牲にした男を私はソラさんが助ける義理はないと思います」
「そんな!?」
「いや、その姉ちゃんの言う通りだ。俺はお前に助けてもらえる理由はない。それに、俺を連れてったらお前らは生きてこのダンジョンを出られなくなる。今の俺はお荷物以外の何者でもないからな」
そう言って右足のズボンを巻くってみせる。
そこには何かに貫かれたかのような深い裂傷があった。
「矢のトラップを何本か食らってな。実はもうほとんど歩けないんだ。こんな状態のやつを連れてったら命がいくつあっても帰還なんてできないさ。俺はとっくに命なんて諦めてる。だから置いていけ。ま、最後にお前に会えてよかったよ。達者でな」
これで終わりだと言わんばかりにひらひらと右手を振る。
「この男もこう言ってることだし私達も行きましょう、か、ソラさん!?」
ソラをおぶったままミギブに背を向けようとしたルナが叫ぶ。
なぜならソラがルナの背中から突如飛び降り、ミギブの元に歩き出したからだ。
そしてミギブの元へ辿り着くと身体の痛みを顔に出さないように平然を装いながらミギブの右手を自らの肩に乗せ始める。
「お、おい。ソラお前なにやってるんだよ。さっきの話し聞いてなかったのかよ。俺はもう命は諦めてるんだ。別に助けて欲しいなんて思ってねぇ。早くあの姉ちゃんと一緒にいけよ」
「じゃあなんで僕らに声を掛けたんですか? 命を諦めてたんだったら誰が近くにいようと声なんて掛けずにジッとしてれば良かったじゃないですか。そもそもそんな痛みに耐えるくらいなら短剣で自殺しちゃえば苦しい思いもしなくてすむし、それにその傷、応急処置をしてますよね? なんで命を諦めた人がそんなことするんですか?」
「うっ、それは」
「ミギブさん。ほんとうは死にたくないんでしょう。命を諦めたくないんでしょ?」
ソラはミギブに肩を貸しゆっくり立ち上がる。
「ここに来たのが僕だったから。弱い僕だったからミギブさんはそんな嘘をついたんですよね。ミギブさんは優しいから怪我した自分がついてったらみんな死んじゃうと思ったんですよね?」
「別にそういうわけじゃねーよ! それにそもそも俺は優しくなんかねぇ!! 現にさっきもお前を置いて逃げ出した。お前を見殺しにする選択を躊躇わずにとったんだ。少なくともお前はそんな奴の命に自分の命を賭けちゃいけねぇ!! さっさと離せこのウスノロ!!!」
ミギブがソラの手を振りほどこうと足掻くが何故かその手の力は強く今までの軟弱な少年のステータスでは考えられないものだった。そう、まるでこの短時間で急激にレベルアップしてしまったかのような。
「僕の目にはミギブさんはあの広間を出る時、何度も僕の方を振り返って辛そうな顔をしてるように見えました。それに誰もやりたがらない魔物の解体の仕方を教えてくれたのもミギブさんです。一緒に冒険に行く時、グリードさんに内緒でいつも僕に傷薬を渡してくれました」
「それはお前がいつまでたっても解体覚えなくてグリードの旦那がイライラするから教えただけだ。傷薬だってお前がウスノロだから怪我して冒険に支障をきたしたら困るから渡したんだよ!」
「そうですか。それでも僕は嬉しかった。家族のいない僕はその優しさが温かったんです。それにミギブさんが僕をみる視線は他の人と違って馬鹿にしたものじゃなかったって勝手に僕は思ってます」
「そんなのお前が勝手にそう思ってるだけだろ! 俺はお前が思ってるような人間じゃねぇ!!」
それでもソラはミギブを離さない。
「僕はそうは思わない。だって今も僕がミギブさんを連れてけば自分の命が助かる可能性があるのに、あえてひどい言葉を言って、僕らのために自分を犠牲にしようとしてるじゃないですか! いいですかミギブ僕はあなたがなんと言おうとどれだけ暴れようとあなたをナイトランドに連れて帰ります!!」
いつもおどおどしていた少年が明確な意志を示す。
ミギブが見つめた蒼い瞳には揺るぎない強い意志が宿っていた。
そのどこまでも純粋でバカ正直な瞳に射抜かれたミギブは声にならない声を上げた後、天を仰いだ。
そして振り絞るように喉を鳴らす。
「ーーーーーッツ、弟が、弟がいたんだ」
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