3.父と子
心地よい緊張が僕を深い眠りへといざなう。僕は不思議な夢を見た。
(夢を見ている)
子供の頃の僕が出てくる夢だった。小学校の頃、僕は両親の言いなりとなっていた。それが普通であり間違っているとも思わなかったからだ。ピアノを習い始めたのだって、そんな両親に言われたからで、特別好きな訳でも習いたかったからでもない。学習塾も野球だってそうだった。1週間、習い事だらけで僕は遊ぶ時間などなく、友達も出来なかった。そんな事は気にしてなかったし、どうでも良かった。クラスに良くいる苛めっ子たちも、こんな僕には無関心だった。
父は生前、『音楽の教師になることが夢』だったと良く話していた。僕はそれを何度も聞かされたけど、別に気にも止めなかった。母は音楽の教師であったが、父の夢を僕には強要しなかった。
小学6年生だった僕は、登校前に父と進路の事で揉めた事があった。父の進める学校の願書受付が終わろうとしていた時期、何度も音楽の道へ進むよう言ってきたが『しつこいなぁ』と僕は断った。ほかにやりたい事があったわけでも、反抗したかった訳でもなかったけど、その時は何故か断ってしまった。登校して授業を受けていると、ほかの先生が慌ただしく教室に入ってきて、僕にこう伝えた。
「落ち着いて聞いてくれ。お父さんが倒れたらしい。お母さんが病院に向かったから、君もすぐに行くように」
僕は事の次第をすぐに理解したが、そんなに大げさな事ではないと安心していた。すぐに病院へ行くと、母が先生と話をしていた。その様子からは、僕にでもわかるほど危険な状態だと感じた。『急性心筋梗塞』、あとから聞いた話だが父の病名だ。僕の前で母は泣き崩れ、もう父が助からない事を知った。
葬儀の晩、僕は父の説得を無視した事を悩んでいた。この事が、直接的ではないにしろ父の死因に影響を与えたのではないか。そう思えてならなかったからだ。僕は棺のなかで眠る父の顔を見て、涙が止まらなかった。母は涙をこらえていたようだったけど、みんなが帰ると号泣した。そんな母を見ていたら、僕も号泣してしまった。暗い家の中で霊前灯だけが寂しく灯っていた。
しばらくして、小学校の卒業式を残すのみとなったある日、僕は父の夢であった音楽の道に進む事を考え始めた。今更だけど、あの時、もし父の言う通りにしていたら、父はどれほど喜んでくれただろうと思うと涙が溢れてきた。
そして、僕は無意識にその事を考えないよう過ごす事にした。
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「父さん・・・!?」
目には涙が溢れ、頬まで伝わるのを感じた。
「・・・夢・・・父さんが倒れた時の夢?まさか・・」
父が倒れてから四十九日の法要までは夢に見る事があったけど、それから8年近くも父が夢に現れることはなかった。
(父さん、今は音大に通っていてね、自宅では子供たちにピアノを教える事になったんだよ!)
心の中で、父に近況を伝えた。喜んでくれるかな?応援してくれるかな?
「父さん、応援してくれるかな?喜んでくれるかな?」
また涙が溢れてきた。僕は悲しさと同時に誇らしさも感じていた。
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僕はあまり夢を見ないけど、いや、夢を見てもすぐに忘れてしまうと言った方が近いかな、どうして今頃になって父の夢をみたのか分からなかった。きっとこれも何かの縁、そう思う事にした。
だが、これがほんの始まりに過ぎなかった。