今から人類は滅びることになりました
兄:ヨリ(主人公)
妹:ハヅキ
〈ガルディア〉:軍事用に開発された兵士ロボット
銃声が、鳴り響いた。
――俺は死んだのか?
しかし、それを確かめる術なんてあるのか?
当たり前だが、俺は死んだ経験なんてない。
ゲームであればチェックポイントからやり直せるが、現実はどうなんだ?
全ての記憶が失われて、魂も消えて無くなるのか?
それとも誰かの赤ちゃんに生まれ変わって、全く新しい人生が始まるのか?
知らないが、俺は暗闇の中で、こんな声を聞いた。
「はーい! 一旦、ちゅーだーん!」
しかも声の主は……え? 俺の妹?
まさか妹が、キューピットになって俺をあの世に導いてくれるってことなのか?
……まあ、それはそれで、まんざらでもないシチュエーションだが、どうせならハヅキ、それはゆっくりと老後生活を堪能した後にしてくれないか?
俺は目を開ける。
すると俺の腕の中には、チエちゃんがいた。
そして俺は、息ができた。
……ということは、つまり、俺はまだ、生きている……?
俺は振り返り、銃口を向ける〈ガルディア〉を見上げる。
しかし〈ガルディア〉は俺たちに銃口を向けたままで、完全に静止している。
しかもそれはこの〈ガルディア〉だけでなく、他の〈ガルディア〉たちも一緒だ。
陳腐な表現かもしれないが、まるでゲームのポーズボタンが押されてしまったかのように、〈ガルディア〉たちは固まって動かないのだ。
だが不可解なことは、それだけじゃない。
突然、妹が現れた。
妹は〈ガルディア〉たちに怯えることなく、むしろ悠然と歩きながら、着陸しているティルトローターに向かっている。
そんな妹の手には、なぜかM16自動小銃が握られ、その銃口は空に向けられている。
さっきの銃声は、もしかしたら妹がアレを空にぶっ放したときのものなのだろうか?
そしてもう片方の手には、先端にスマホが取り付けられた自撮り棒が握られていて――
――ポケットに入っていた俺のスマホが、突然鳴った。
しかしこの現象は、俺だけじゃなかった。
チエちゃんのスマホも、市民公園にいるみんなも、突然スマホが鳴ったのだ。
俺は鳴り続けるスマホをポケットから取り出す。
するとなぜか、俺のスマホは勝手にビデオ通話アプリを起動させていた。
さらに起動したビデオ通話アプリに映し出されていたのは――
『あ! 人類の皆さん! こんにちはー!』
どういうわけか、ビデオ通話アプリに映し出されていたのは、俺の妹だった。
自撮り棒で撮影している俺の妹が、スマホの中で喋っている。
当然、それは俺だけじゃなくて、みんなのスマホも同様だ。
だから市民公園は、妹の声が何重にも重なって木霊する。
妹は続ける。
『突然ですが、皆さん。今から人類は滅びることになりました。量子ネットワークによって接続された〈ガルディア〉たちを始め、全ての兵器と、全ての軍事システムは、人類への攻撃を一斉に開始します』
な……何を言っているんだ? 俺の妹は?
『でも皆さん。人類は滅びますが、簡単に滅びないでください。簡単に滅びちゃうと面白くないので、必死に逃げてください。必死に逃げて、最後に殺されちゃってください』
それから妹はティルトローターのタラップを踏み、そのまま機内に乗り込む。
ティルトローターの4つのブレードが回転する。
嵐のような突風が市民公園に吹き荒れ、やがてティルトローターは上昇し始める。
そして妹はティルトローターのテイルハッチから俺たちを――人類を見下ろしながら、こう告げた。
『皆さん。悪く思わないでくださいね。だってこれは、“皆さんが望んだこと”。皆さんが望んだから、人類は滅亡することになったのです。それじゃ皆さん! 頑張ってね!』
人類が滅ぶ?
しかもそれは、俺たちが望んだこと?
ぶざけんな!
冗談も大概にしやがれ!
「ハヅキー!」
俺は上昇する妹に向かって叫ぶ。
しかし回転するティルトローターのブレードの音は凄まじく、俺の声なんて簡単に掻き消してしまう。
だから俺は妹の名前を何度も叫びながら、チエちゃんを抱えてティルトローターに駆け寄る。
すると妹は俺の存在に気付いたようだ。
俺と目が合う。
だが妹に、ティルトローターから降りてくる気配はない。
それどころか、ティルトローターの上昇は続いている。
そして最後に、妹は自動小銃を置いて、その手を俺に向かって振った。
じゃあね、バイバイ、と言うように。
妹のリアクションは、それだけだった。
それからティルトローターは轟音をまき散らしながら上昇を続け、やがて空の彼方へと消えていった。
直後、停止していた〈ガルディア〉たちが、再び動き始めた。
つまりそれは、今から人類の滅亡が始まるということ――
ちょっと待て!
いきなり人類が滅亡することになったと言われても、何をどうすればいいんだ?
意味がわからねーよ!
それに、何で俺の妹が人類を滅ぼさなければならないんだ?
俺の妹に、何が起きたって言うんだよ?
……ったく、それを考えるためには、もう少し時間を遡って話す必要があるかもしれない。
じゃあ、話そうか。
俺に“妹が当選した”、あの日のことから――




