妹が当選した日
兄:ヨリ(主人公)
妹:ハヅキ
それは日差しの強い日で、日本中で今年の最高気温を更新するほどの真夏日だった。
そして猛暑とは別に、俺には立ち向かわなければならない現実があった。
その現実というのが――
――俺の偏差値が、40をきった。
高3の夏休み直前の模試の結果がそれだ。
大学受験までに残された時間は、あと半年。
このままじゃ俺は、高校生からプー太郎になるか、浪人生になるか、テキトーに専門学校に行くか、それともフリーターになるか、この4つの選択肢しかない。
しかし!
いずれの選択肢も、許されない。
許さないのは、俺じゃない。
俺のオカンだ!
オカンは大手の出版社で雑誌の編集長を務める、いわばキャリアウーマンだ。
そしてオカン自身、いい大学を出て今の地位を確立したことから、もっぱらの学歴主義で、無論、その思想は俺に容赦なくのしかかる。
と言っても、そんなものがのしかかったところで、オカンの頭のいい遺伝子を引き継ぐことができなかった俺は、独裁政治に苦しむ某国の国民と同じ思いだ。
だがここに、一つだけ救いがある。
それは、オカンが家にいない、ということ。
そうだ。オカンは大手出版社の編集長。
毎日激務で忙殺されている。
しかも出版社は東京にあるから、出版社の近くでマンションを借りて、筑波にあるこの家に帰ってくることは、滅多にない。だから――
いきなり、俺のスマホの着信音が鳴った。
画面には、「オカン」と表示されている。
だから――たとえオカンからこんな風に電話がかかってきても、一度のタップで着信を拒否すればいい。
どうだ? 楽勝だろ?
筑波の加速器で研究をしている親父だって、随分も前にこの家を出て行った。
原因は夫婦喧嘩が勃発したせいで、オカンの給料で建てたこんな家なんかに住みたくない、というのが理由だそうだ。
そういうワケで、俺はこの家に一人で自由気ままに住んでいる。
偏差値が40をきろうが、知ったこっちゃねーよ。
それより、夏休みだ!
今の俺に、束縛するものは何もない!
校則が適用されるのは、まだまだ先の話じゃねーか!
それじゃあ、まず、髪の毛を染めて、バイトして金ためて、好きなことを好きなだけしてやるぜー! 俺の青春は、偏差値なんかで終わらせねーぞ!
――ピンポーン。
家のチャイムが鳴った。
直後、俺の心臓が凍る。
まさかとは思うが、オカンが帰ってきたわけじゃないだろうな?
だとしたら、早々に荷物をまとめて、この家から出ていかなければ……。
俺は恐る恐る、インターホンのモニターを覗き込む。
だがそこに映っていたのは、オカンではなかった。
オカンではなく、作業着を着て、キャップを深くかぶった中年の男性。
どうやら、配送業者のようだ。
俺は心底ホッとし、胸を大袈裟に撫で下ろす。
しかし、ここで俺に疑問が沸く。
何で配送業者がここに来るんだ?
ネットで注文した物は最近ないし、オカンだってネット通販の届け先は、東京のマンションにするはずだ。
じゃあ、何だ?
まあ、いい。
もしかしたら間違いかもしれない。
であれば、ちゃんとそのことを伝えればいいだけの話だ。
しかし――
「あ、すいません。遊間 頼さんでいらっしゃいますか?」
インターホンの向こうで、配送業者は俺の名前を言った。
どうやら、間違いではないらしい。
「……そうですけど、なんですか?」
「おめでとうございます! とってもいいお知らせですよ!」
妙に景気のいい声色の配送業者。
それが逆に、気味が悪い。
「いい知らせって、何ですか? もしかして一流大学の合格通知ですか?」
受験は半年先だ。
だからそんなものが今届くわけがない。
仮に半年経ったとしても、届く可能性なんて、0に等しいがな!
つまりこれは、笑えないジョーク。
しかし、配送業者は俺の笑えないジョークより、さらに強烈なことを言った。
それが、これだ。
「もっといいものですよ! だってあなたには、“妹が当選した”んですから!」
頼む。
俺の聞き間違えじゃなければ、もう一度言ってくれるか?




