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加速器

兄:ヨリ(主人公)

妹:ハヅキ

〈フーム〉:人類を滅亡の危機に追い込んだ謎の生命体

 全身に砂埃を被った姿で、俺と妹は狭い地下通路に降り立った。


 ダクトの中から天井の通気口カバーを妹が蹴り飛ばし、そこから這い出る。

 俺もそれに続こうとする……が、上半身まで外に出たところで、腰の辺りが通気口に引っかかり、出られない。


「……ったく、もう!」


 呆れた表情で、妹は下から俺の腕を引っ張る。

 傍から見れば、まるで馬の出産風景のように見えるだろう。それも難産の。

 そして妹の助けを借りて、俺はようやく通気口から“出産”できた。

 それと同時に、俺の体は床に落下し、腰を強く打った。


「とにかく、散々だったな」


 俺は全身に浴びた砂埃を手ではたきながら言う。


「でも、運が良かった方だよ。お兄ちゃん」

「そうかもな」


 妹の言う通り、運が良かった。

 トンネルの天井が崩落した際、逃げる途中で、たまたま通気口を見つけた。

 そこに逃げ込むことで、難を逃れることができた。

 そしてダクトを伝って〈フーム〉を追い、この狭い地下通路にたどり着いたってわけだ。

 しかし、ここはただの地下通路じゃなさそうだ。

 通路の中央には鉄のパイプが真っ直ぐ伸び、それにはまるでモーターのように胴のコイルが無数に巻かれている。

 それに約10メートルごとの間隔で、ボイラーの装置のようなものが設置され、パイプがその中を通っている。


「何だ、これは? 下水管か?」

「加速器だよ。お兄ちゃん」

「……加速器?」


 加速器のことは、少しだけ知っている。

 と言っても、電子やら陽子やらを光の速さで激突させて宇宙の構造を調べる、ということくらいしか知らない。

 俺の親父が筑波で加速器を使った研究をしているからこの程度の知識はあるが、それ以上のことは、はっきり言って親父とは仲が悪いから、興味もないし、知りたくもない。

 しかも母親と別居状態だから、家に滅多に帰らないし、最近会ってもいない。

 きっと俺の顔なんか忘れてるだろうから、すれ違っても、絶対に気付かないだろう。


「それにしても、何で加速器に〈フーム〉がいるんだ? ハヅキ」

「さあね。でも、加速器は高出力で素粒子同士を激突させれば、小さなブラックホールを出現させる可能性があるから、それで人類もろともブラックホールで呑み込もうとしているのかもしれない。もしくは、それほど大規模なブラックホールを生成できなくても、ブラックホールから異次元の世界とコンタクトを取って、仲間を呼ぶ可能性だってあるよ」

「……ホントか? それ?」

「ホントかどうかはさておき、先を急ごう。言っとくけど、〈フーム〉をあまり甘く見ない方がいいよ、お兄ちゃん。〈奴ら〉は人類を滅亡の危機に追い込んだ、いわば脅威。頭だって、それなりにいい」


 俺は唾を嚥下する。その唾が熱く、喉が焼けそうだ。

 確かに〈奴ら〉は頭がいい。現に俺たちは〈奴ら〉の罠にはまり、手を焼いた。


「特に〈フームα〉には気をつけて、お兄ちゃん。〈あいつ〉に近づけば、私たち人間は神経が麻痺して動けなくなる。近づかなくても、視認しただけで麻痺が起こる。まあ、それだけならまだいいけど」

「何だよ? まだあるのか?」

「武器も兵器も使用できなくなる。〈フームα〉は特殊な信号を発信し続け、人間の神経を麻痺させるだけでなく、機械をも停止させることができるの。だから電子制御されている最近の銃や兵器は、使えなくなる」


 それが、妹が前に言った〈フームα〉が“特別”な理由なのだろう。

 だから誰も倒すことができなかった。


「じゃあ、どうすればいんだよ? ハヅキ」

「私たちの銃は電子制御されていないアンティークなモデルだから影響はないけど、問題は体。だから〈あいつ〉に遭遇したら、これを使って」


 妹は俺に向かって何かを投げた。

 俺はそれを受け取る。

 注射器だろうか? 妹がくれたのは、細くて小さな、プラスティック製の白い棒だった。


「〈フームα〉を見つけたら、それを自分の体に打ち込んで、お兄ちゃん。首であれば、強化外骨格のヘルメットとアーマーの隙間から針を刺せる」

「興奮剤か? 〈フームα〉にも欲情するように?」

「もう、違うってば! 〈フームα〉から発せられる神経遮断信号を、一時的にジャミングできるナノマシーンよ! でも、慎重に使ってね。それはまだ試作品だから、効き目は15秒くらいしかないから」

「15秒って……CMと同じ尺で人類を救えってか?」

「仕方ないじゃない! それしかないんだから! だったらお兄ちゃんが他にいい方法を考えてよ!」


 妹が頬を膨らませて俺に抗議する。

 それを見て、俺は溜息を吐く。わかったよ。これで何とかするさ。何とかするしかないんだろ?


 それから俺たちは加速器に沿って長い通路を歩く。

 妹の索敵によれば、この先に素粒子の衝突地点があり、そこに2体の〈フーム〉の生体反応があるという。

 そのうち、1体は人間に擬態した〈フーム〉で、もう1体は、恐らく〈フームα〉だ。

 そして、あともう少しで〈フーム〉たちがいる衝突地点にたどり着こうとした、そのときだった。


 突然、警報が鳴った。


「何だ?」

「急いで! お兄ちゃん!」

 妹が叫ぶ。「きっと加速器が起動したんだ! 良くないことが起こる!」

「〈フーム〉が俺たちの歓迎パーティーの準備は始めてる、ってわけじゃなさそうだな」

「いい? 私が先行するから、お兄ちゃんは私をカバーして!」

「わかったよ。俺はケガ人だから、前は任せる」


 直後、妹は走り出す。

 それを俺が追う。また『不思議の国のアリス』のプロローグだ。

 しかし、今度はさっきとは違った。

 なぜなら――


 俺をワンダーランドに誘い込む前に、妹が撃たれてしまったからだ。

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