23.ファビウスのポテンシャル発動
◇23
勝利を確信した刹那、カオスは不気味な笑みを浮かべた。
「……褒めてあげるよ。〝阿鼻叫喚〟」
カオスはそう叫ぶと、背中から茶色い翼が生え、上空に羽ばたいていった。
強烈な耳鳴りが襲いかかってくる。
「……!」
強烈な耳鳴りが僕を襲う。声にならないほどの激しい頭痛や嘔吐感に苛まれた。平衡感覚まで失い、そして片膝を地面に着いてしまった。両手で耳を塞ぎ、全身から嫌な汗が噴き出してくる。言い表すなら、地獄からの「音のない」響きが僕の精神を蝕んでくるようだ。ついには倒れこみ、地面にのたうち回る僕だった。
その時、
「お兄ちゃん! 私の歌、届いて!」
葵の声が響いてくる。そして葵の歌が始まった。軽快なポップスの歌だった。〝歌姫〟の発動が開始されたようだ。葵の歌声が僕の精神を穏やかにしてゆき、カオスの放った精神感応系のポテンシャルの効果を打ち消してゆく。そして、完全に、強烈な〝音のない〟耳鳴りは消え失せていった。
そして再び立ち上がり、大剣を構え直し、臨戦態勢を整えた。
「歌姫のことを忘れていたよ。ならば、〝羅刹〟」
カオスは上空から無数の真空の刃がまだ起き上がれていない僕を襲う。羅刹。真空を操るポテンシャルだ。かつて東条浩平が操っていたポテンシャルだ。やはり話通り、カオスは〝転生〟した人間のポテンシャルまでをも自分の力にすることができるようだ。
僕はすぐに起き上がって、重力波を真空波目がけて疾走させてゆく。無数の真空波は完全にかき消されていった。
(できるか……?)
このまま、カオスが上空にいるようでは、埒があかない。同じフィールドに立たなくては、打倒カオスは達成されない。
僕は心を決めて、重力を自身にかける。
「重力反転!」
と叫ぶと同時に大剣の剣先を地面に叩きつける。僕は空へ向けて〝落下〟するかのように、上空へ舞い上がった。
「どうしたんだい? 〝悪鬼羅刹〟の力を忘れたのかい?」
カオスが叫ぶ。その声は地獄から湧きおこるかのような響きで、僕の心臓が一瞬凍りつきそうになるのを感じた。
上空で一度体勢を取りなおし、カオスへ向けて身体を突進しようとする刹那、呼吸ができなくなった。どうやら、カオスの仕掛けた罠にはまったようだ。
(まずい……)
僕は自分の判断ミスを呪う。
真空の円環の中に捕まった僕は、呼吸すらできない。毛細血管が浮き出る。眼球が飛び出そうなほど激しい痛みを感じる。
しかし、僕は意を決して、ヘヴィバスターを三百六十度展開させようとする。
「二年前の俺とは違う! パワーフィールド全開!」
僕を取り巻く空間に三百六十度四方の重力場が形成され、それが一気に爆発する様に重力が解き放たれてゆく。
そして、真空の円環は完全に崩壊した。
「ポテンシャルの数は持っているようだが、所詮貴様は一人のフォルダーに過ぎない! 過信が貴様の破滅を招くんだ!」
僕は叫びながら、重力を水平に操り、大剣をカオス目がけて突き刺すような構えで、カオス目がけて突進してゆく。
その時、葵の歌が変わる。僕の大好きな、八十年代のロックバンドの歌だ。ラッシュアワーにプラスされて、さらに精神が高揚してくるのが解る。勇気が全身にみなぎってきた。
蒼白く輝く剣先が、赤黒い亜空の障壁に突き刺さる。激しく蒼白い光と赤黒い光がぶつかり合い、火花を散らす。
剣先はグイグイと亜空の障壁を歪ませてゆく。
「これでどうだ! ラッシュアワー、ダブルブースト!」
学ランの奴が叫ぶ。ラッシュアワーが二度がけされたようだ。全身に力がより一層漲ってきた。
「俺の命が尽きたって、貴様を打倒する!」
蒼白い光と赤黒い光が入り乱れ合い、激しい閃光を発する。
「君の憎悪の気持は伝わったよ。そして、僕の君への思いも伝えるよ」
カオスの表情が真剣なものへと変貌してゆく。
「貴様はこの世にいてはいけない存在だ! 消え失せろ!」
さらにヘヴィバスターの剣先は亜空の障壁に浸食するかのように押し込まれてゆく。僕の脳内にアドレナリンが駆け巡っているのが解る。興奮状態が全身に押し寄せる。見えるのはカオスのみ。もう周囲の他のものは見えない。ただ。ヘヴィバスターで亜空の障壁を押し潰すことだけを考えるだけだ。
「……試す価値はある!」
君島の手にはいつもよりも一回り大きめの銀色の拳銃が具現化された。
「これが私の全身全霊! シルバーバレット!」
君島はそう叫ぶと、カオスの亜空の障壁目がけてシルバーバレットを撃ち込んでゆく。銀の弾丸も一回り大きめだ。何度もリロードを繰り返しながら撃ち込んでいった。
シルバーバレットは、亜空の障壁に撃ち当ると、霧のように消えて行ってしまうが、亜空の障壁にも影響は見られた。罅が収束しない。君島は確信に満ちた表情でそのままシルバーバレットを撃ち込んでゆく。
「勝てる! 君島、銃口が焼けるまで撃ち込んでくれ!」
僕は君島に叫ぶ。そして君島のシルバーバレットはより加速して、亜空の障壁に当たってゆく。
「過信しすぎたようだね、新庄君。いくよ……煉獄地獄、〝メギド〟!」
カオスは右手を天に掲げて、魔人の如く瞳を光らせた。掲げた右手の先には、巨大で紅蓮に染まる炎の塊が形成されていた。それは周囲の空気を吸うかのように見る見るうちに巨大になってゆく。カオスを魔人たらしめるポテンシャルは〝亜空の障壁〟でも、七色に使い分けられるポテンシャルの種類でもない、〝メギド〟という超破壊ポテンシャルだ。
僕はそれを忘れていたわけではない。
だが、こっちももう少しで亜空の障壁を打ち破れる。
〝メギド〟が完成するのが先か。
〝亜空の障壁〟を打ち破るのが先か。
まるで拳銃をお互い頭に突きつけている状態だ。
メギドを使ってきたということは、カオスだって真剣勝負に挑んできた証拠だ。奴だって余裕はないはず。一気にこちら側を片づけるという目論見だろう。
「君を認めてあげるよ。幾千年まみえなかった好敵手として!」
カオスは全身に強烈なオーラを纏い、僕を睨めつけてきた。凄まじいプレッシャーだ。だけれども、こちらも怯んではいられない!
「貴様だけは絶対に生かしてはおけない!」
僕はカオスの瞳を凝視しながら叫ぶ。さらにヘヴィバスターへの力を込める。〝歌姫〟の曲調がガラリと変わった。讃美歌のようなバラッドの歌声が響き渡る。カオスの精神へ働きかけるものだろう。カオスの頬に伝う汗を僕は見逃さなかった。案の定、亜空の障壁を形成する赤黒い輝きは薄らいでいったように見え、メギドの炎の塊も膨張してゆく速度が緩んでいった。
突然、あの双剣使いが僕とカオスが対峙する領域へ踊りこんできた。
「ブレイク!」
双剣使いは、黒い双剣を具現化させた。そして、無数の緑の茨に押し上げられて、僕とカオスが対峙している上空へ飛びあがってきた。
「俺にだってやれることはあるハズだ! いつまでも傍観者を決め込むなんて!」
双剣使いが叫びながら接近してくる。
双剣で真空波を放った。
君島が撃ち込むシルバーバレットで作られた罅にそれは命中した。
そして、亜空の障壁に大きな罅割れが生じる。それ目がけて突撃を敢行してくる双剣使いだった。
そして今にも亜空の障壁が押されようとしていた時、カオスが未完成の〝メギド〟を放とうと最後の気合を全身に込めた刹那、突如ファビウスの叫び声が聞こえた。
「ここまでです! カオス! 〝シミュラクル〟……!」
ファビウスは怪しく瞳を輝かせながら叫んだ。
その刹那、気づくと僕は、果てがどこなのかさえ解らない、暗黒の空間にいた。そこには、君島もいた。双剣使いもいる。そしてカオスも。




