「俺」は個性の強い男性主人公の場合のみ
主人公が「俺」の小説の代表格は、夏目漱石の「坊ちゃん」でしょう。
この「俺」は非常に個性が強いです。
それは説明するまでもないでしょう。
ところが個性の強くない主人公を「俺」と書いてある小説が、吉川英治文学新人賞をとった例があります。
佐藤多佳子の「一瞬の風になれ」。
これは例外です。
この「俺」は陸上部であまり練習しない同期の男に勝つのが永遠にかなわない夢だと書いてあります。
普通の男子高校生は、そんなことは絶対に思いません。
「五輪でメダル」
「日本記録か世界記録」
そのくらい思っても当然です。
つまり、この「俺」は女性と同じようなものなのです。
従って、本物の女性に恋してはいるものの、その女性はほとんど出てきません。
「片思い、痛い」だけ。
ではなぜ「一瞬の風になれ」が受賞したのでしょうか?
考えられるのは、以下の状況です。
1.陸上部の取材が膨大で、それが買われた。
2.新人賞なので、他に有力な作品がなかった。
3.作者が女性なので甘くした。
4.内容が多く、審査委員が気づかなかったか、気づいても欠点を言わなかった。
5.出版社サイドにしてみれば、この賞を与えれば少なくとも1冊目は売れるし、これだけボリュームがあれば、ドラマ、アニメにしたときに、脚本家がいくらでも修正できる。
6.書いた本人は女性作家が「俺」を使えば目立つくらいにしか、思ってなかった。
この作品の「俺」の使い方は間違いです。
だが陸上部の取材が行き届いている。
「補欠の調整法」にまで言及しており、その点が買われたものと思われます。




