初期の電子書籍作家あがりは悪い見本
電子書籍が普及し始めた当初、個人作家が一夜にして注目を集める時代が訪れた。
たとえば、同人漫画家としての知名度やブログの訪問者数である。
この時期の作家は文学賞を取っていない場合がほとんどで、設定破綻や視点混乱、主人公不在などに気づかずに書かれた作品が多い。
つまり、人気=文学的完成度ではなかったのである。
初期の電子書籍は、紙書籍との競合がほとんど存在しなかった。
読者は新しい表現や軽いエンターテインメントを求めて電子書籍に流れ、作家は自由に書き、素早く発表できた。
この環境では、読者はサンプルしか読むことが出来ず、本屋で立ち読むすることができない。
そのため、創作を学ぶ者が初期の電子書籍作家の作品を手本にすると、人気に惑わされて文学的な基礎を見落とす危険がある。
一方、現在の電子書籍は状況が異なる。
紙書籍との競合が生まれ、読者の期待はより高く、文章の質や物語構成の完成度も重要視されるようになった。
ランキング上位に入るためには、単に話題性や速度だけでなく、設定の一貫性や登場人物の描写、視点の整理なども求められる。
つまり、現代の電子書籍作家は、初期作家よりも文学的完成度のハードルが高くなっているのである。
この違いを理解することは重要だ。
初期電子書籍作家の作品は、文学的手本としては悪い見本である。
現代の作家は紙書籍と競合する環境下で、より高い文章力や構成力を求められるため、学ぶべき点も増えている。
電子書籍作家の世界は、初期と現在で大きく異なる。
自由でスピード重視だった初期と、紙書籍との競合で質が問われる現代。
文学的手本として利用する場合は、完成度や構造の視点を重視することが最も重要である。
要するに、初期の電子書籍作家は、その後紙書籍を数冊出したとしても、すでに出版社から打ち切れている場合が多く、参考にするのは危険である。
こういう書き方をすると2次で蹴られると思ったほうが良い。
ある作家は事実、文学賞は2次で落ちており、ネットでも優秀賞を1回取っただけである。




