46.日常に混ざる泥
「…体より頭が疲れた…」
「確かに、今回は情報量が多すぎたな。」
「あれも、これもで頭がこんがらがっちゃうよね…
早く休みたいよ。」
無事に街へ戻り、情報の整理を終えて自宅へ向かって歩いていた。
ノウマスが悪魔の能力で操られ、悪魔の新しい拠点を発見し、起こった全てを頭に詰め込んだまま数日。
忘れてしまう前に頭の中の記憶を全員で用紙に書き出し、やっとの思いで帰宅できる。
体の疲労感はもちろんだが、それ以上に頭の中が沸騰してしまいそうだ。
「ん?
家の前にいるのカルミナさんじゃないか?」
「確かにそうだな。
おい、ジェム。」
「もう、分かってるよ。
と言うか、いちいち僕の方見ないでくれるかな。」
家の前にいたのはジェムの友人であるカルミナだった。
その隣には、綺麗な白髪の女性の姿もあった。
2人もこちらに気がついたようで、早足で向かってくる。
「ジェム!
もう任務に出て…っ!?」
笑顔で近づいてきた筈のカルミナだったが、急に言葉を詰まらせて固まってしまった。
同じく、隣にいた女性も目を丸くしてこちらを見ている。
「カルミナさん…?」
「どうしたのだろうか…」
「えーっと、カルミナ?」
突然の出来事で驚き、困惑してしまう。
しかし、2人以外からも感じる視線に疑問を覚え、下を向いて自分の姿を確認する。
そこでようやく気がつく事ができた。
今の自分たちは人様の目に触れされられるような状態ではなかったのだ。
「良くないものを見せてしまって、申し訳ない。
汚れた装備は外してから歩くべきだった。」
「あ…いえ、大丈夫よ。
ちょっとびっくりしちゃっただけ。」
大丈夫とは言っているが、かなり驚かせてしまっただろう。
ベッタリと赤黒く染まった男が3人が連なって目の前に立ってしまった事を後悔した。
装備を手に持ってから街に入る事を失念してしまうのは初めてだ。
普段ならこんな失敗はしないし、疲労で頭が回っていなかったのだろう。
「すまない、まずは一旦家に入ろう。
そちらの女性も一緒に。」
「あ…っ
い、嫌っ!」
一歩前に出て、少し屈んで目線を合わせて優しめに話しかけたのだが、目が合った瞬間に怯え、カルミナの肩を強く掴んでいる。
やはりこの姿でいるのはよろしくない。
急いで家に入り、ほんのり誇りを被っている家具を横目に装備を外す。
簡単に水浴びをしてさっぱりすると、改めてカルミナ達へ謝罪をした。
「本当に申し訳なかった。」
「いいのよ。
急に尋ねたのは私達だし、むしろ私達のために戦ってくれているのにあんな態度をしてしまってごめんなさい。」
「ははは。
何も気にする事はない。
俺たちだって普段はしっかり装備は外して街に入っていたんだが、今日はすっかり忘れてしまってな。
悪いのは俺たち3人だ。」
「そうそう。
あんなきったない男3人が、どんよりした顔で歩いてさ。
ジロジロ見られてたのに全然気づかなかった。」
装備を外し、制服も脱いで体が軽くなる。
久しぶりに座った椅子は、岩のようにゴツゴツとした尻に刺さるような固さもなく心地いい。
「本当に私の事は気にしないで。
リリーも大丈夫だった?」
「…ありがとう、ミーナ。
あの、さっきは本当にごめんない。
ガレリアと言います。
ミーナもジェムも前からの友人なの。」
「ガレリアさん、こちらこそさっきは申し訳なかった。
俺はニール。
ジェムとは同僚なんだ。」
「俺はヴァロン。
同じく同僚だ。」
「同じく同僚のジェムだよ。」
「もう、ジェムは名乗らなくても知ってるわよ。
ニールさん、ヴァロンさん、よろしくお願いします。」
カルミナと一緒にいた女性はガレリアと言うらしい。
明るくて笑顔が特徴的なカルミナとは対照的に、落ち着いた雰囲気や柔らかな話し方が印象的だ。
「そういえば、今日は何か用事が?」
「あ、そうなの!
数日前にも来たんだけど留守だったから出直してね、干し肉のお裾分けよ。」
「おお!
美味そうだな。」
「もらっちゃっていいの?」
「遠慮なく受け取ってちょうだい!
だって、まだ全快ではないでしょ…?
栄養を摂るのは大切よ。」
前回に続き、豪快なお見舞いだ。
お礼を告げていると、次はガレリアも持っていた荷物を広げた。
「これは私から。
乾かしたお米なの。
見た目は悪いけど、そのままお菓子みたいに食べる事もできるし、水で戻す事もできる。
日持ちするし携帯できるから、外でも役に立つかなと思って…」
「すごい、こんな携帯食があるんだ。」
「ええ、私も人からたまたま教えてもらったの。
よければ是非。」
「これは助かる!
ニールはよく食べるからなぁ。」
「ほんと大食い。
どれだけあっても足りないもんね。」
「別に今言わなくてもいいだろ…」
「ふふっ
たくさん食べてちょうだい。」
任務で家を空けがちな事を気にかけてくれているのだろう。
干し肉、干した米、どちらも任務で携帯するのにとても適している。
「ねえ、次はしばらく家に居られるの?」
「…いや、またすぐに出発の予定なんだ。」
「え?
だって、今日帰ってきたばかりでしょ?」
「そうだが、今回は任務完了の帰還ではないんだ。
すぐに戻って続行しなくてはいけない。」
「そんな…」
「心配かけてごめんね、カルミナ。
でも大丈夫だから。」
落胆の表情を浮かべるカルミナを心配そうに見つめるガレリア。
心苦しい事だが、カルミナやガレリア、そして人々を守るために戦わなくてはいけない。
「ニールさん、ヴァロンさん、ジェム。
ミーナもそうだけど、私も心配してるの。
前に重傷を負ったって聞いた時、毎日のように神に回復を願ったわ。
だから、帰ってきてね。」
「もちろん。
誰1人かける事なく戻ってくる。」
「次は紅茶でも飲みながらゆっくりと話がしたいものだ。
ジェムの昔話とかな。」
「…僕の昔話は嫌だけど、ちゃんと帰ってくるよ。」
「ふふっ
昔の日記を読み返して、面白い話を用意しておくわね。」
「……わたしも、私も皆んなを待ってる。
好きなものいっぱい作るから、一緒にご飯食べて、いっぱいお話しして、皆んなでお出かけしたり…」
「そうね。
ニールさんもヴァロンさんもいたら、今までよりもっと賑やかで楽しそう。」
「うん、ぜひご一緒したいな。」
「カルミナさんの作る飯は美味いからな。
楽しみだ。」
「いいね、人数が多いときっと楽しいよ。」
ほんの少しの休息だったが、心は温かくやる気に満ちている。
綺麗な制服をクローゼットから出して着替えると、すぐに家を出て本部へと向かい歩き出した。




