43.花弁が落ちる先③
子どもの悪魔と遭遇してしまった時、ノウマスは何を思っていたのだろうか。
ニールが必死に筆を走らせて、今のこの場所を書き留めようとしている。
サリ軍隊長に逃げろと言われ走ってきた先で、悪魔がクルォール・クリスタルと言う悪魔にとって非常に大切な宝石を運んでいるところを見てしまったからだ。
この情報は何としてもサリ軍隊長に持ち帰らなくては行けない。
何があってもこの情報を持ち帰らなければいけない。
その思いからニールは紙に記録し、俺は周囲を見てこの場を目に焼き付けようとしていた。
ここまで来る時に何を見たか、何か変わった物は無かったか。
この場所と、辿り着くまでの道のりを頭の中で必死に繋げていく。
変わり映えのない森の中、この木の種類は?獣道は?大きな岩でも無かったか?
と、記憶を絞り出して行く。
「よし、サリ軍隊長と落ち合おう。」
書き終えたニールが俺に呼びかけたらしいが、その時は考える事に精一杯で何も聞こえていなかった。
ハッとしてニールが居たはずの場所を見た時にはもう姿が無く、慌てて姿勢を直して動こうと腰を上げた時、何かが俺の服を引っ張った。
どこかに引っ掛けたのかと振り向いた時、あまりの衝撃に心臓が飛び跳ねて一気に冷や汗が背中を流れる。
「あ、くま…」
耳に赤く煌めピアス、俺の目を捉える視線。
小さな子どもではあったが、一度悪魔の能力に支配された記憶が走馬灯のように蘇る。
「ニール、ニール。」
大きい声なんて出すことができない状況で、必死に小声でニールの名前を呼ぶ。
悪魔はキョロキョロと辺りを見回し、服の裾を強く掴んだまま離さない。
どうこの場を切り抜ける…
そう考えていた時、立ち上がり木の影に隠れるニールの姿が見えた。
ニールも俺を確認できたようだ。
しかし、悪魔は未だに離れようとしない。
親でも探しているのだろう。
大きく深呼吸をした時、ニールと目が合った。
手で空を切り、声を出さずに何か言っているようだ。
先ほどのサリの時のように、じっと見つめて口と動きを読んで行く。
やれ やれ やれ
…殺れ。
この子どもの悪魔を殺れと言っている。
手の動きは剣で切れ。
そうだ。
忌まわしき悪魔は殺さなくては行けない。
なのに、この子どもの悪魔を見ていると自分の妹が脳裏に浮かんでしまう。
頭では分かっている。
これは悪魔である事なんて分かっている。
しかし、剣を握るものの鞘から抜くことができない。
なぜこんな子どもなんだ。
大人なら躊躇いなく切ることができたのに。
そう思っていると、剣を抜いたニールがゆっくりとこちらへ近づく姿が見えた。
やめろ!!!!と心で叫び、口の動きだけで伝えるがニールの目は俺ではなく悪魔しか見ていない。
その時、キョロキョロとしていた子どもの悪魔の表情がパッと明るくなり声を上げた。
「あ!」
やばい、親を見つけたか!?
ニールも表情の変化に気づき、一気に走り出す。
剣を振りかぶる影がどんどん近づき大きくなっていく。
これは悪魔だ、ニールが正しい、俺が間違っている。
「うわあああああっっ!!!!」
ニールの間合いに入る瞬間、勝手に自分の口から大声が漏れ、服の裾を掴む手を払い除ると悪魔の顔面を鷲掴みにしていた。
瞬間のできごとに剣を振りかぶったまま固まるニールだったが、そんな物は目に入っておらず、掴んだ顔面を背後の木に向かって投げ飛ばす。
「ぎゃあああ!!!!」
投げ飛ばされて後頭部を木に打ちつけた悪魔が悲鳴を上げる。
その声にハッとし、悪魔の姿を見ると木にはベッタリと赤い血が付着し、ズルズルと崩れ落ちて泣き叫ぶ姿が見えた。
「おい!!!」
「どうした!?!?」
遠くから聞きなれない声が聞こえ、バタバタとしている事が分かる。
他の悪魔が騒がしさに気がついたのだろう。
「ノウマス!!早く!!!」
ニールが叫ぶ声が聞こえる。
「ノウマス!!いい加減にしろ!!」
肩を押されてようやく正気に戻った。
一瞬、あの子供の悪魔を見たい衝動に駆られたが、前を向き直し悪魔たちが辿り着く前にその場から離れた。
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「ノウマス、あれはどういう事だ。」
「すまない…」
「謝るだけじゃ分からない。
なぜ殺らなかった。」
「……妹に、妹に見えてしまった。
悪魔には子どもも存在する事はもちろん分かってるんだ。
でも、実際に目の前にしたら、妹と同じくらいの年頃で…」
「それで切れなかった?」
「そうだ…
自分が情けないよ。
頭では分かってたんだ…でも…」
「…悪魔を切れないのに何故ここにいる?
俺たちはなぜ兵士になった?」
「ニール…」
「兵士をやめて一般市民に戻るといい。
そして、妹と一緒に悪魔の脅威に毎夜怯えていればいい。
妹を守るために握っていたはずの剣なんか手放したらどうだ。」
「…っ」
「子どもだろうとあれは悪魔だ。
人間を殺すことを覚えれば、いつかお前の家族の命を奪いに来るかもしれない。」
「ああ、本当に切らなかった自分を悔やんでるよ。
……ごめん」
「…いや、こちらこそすまなかった。」
「ニールは悪くないよ。
嫌なこと言わせちゃった…
もう同じ事は絶対にしないって約束する。」
「……ああ、頼もしいよ。」
お互いに手を握り、ギュッと力を込める。
ずっと泣きそうだった顔だけど、ゆっくりと口角が上がるのが分かった。
ついさっきニールに言った通り、もう2度と剣を振るうことを迷わない。
俺を叱っているのに、あんなに辛そうな顔をしている仲間の顔なんかもう見たくないから。
自分を守るため、仲間を守るため、人々を守るため、そして妹…家族を守るために俺は兵士になった。
この決意はもう揺るがない。
肩をポンポンと叩き合い、サリと合流するためにまた歩き出した。




