39.混沌に誘われ②
「ノウマス、体調はどうだ?」
「大丈夫、平気平気。
次は絶対にこんなヘマはしないから。
本当にすまない。」
「そんなに気負わなくてもいい。
次は俺が能力にかかるかもしれないしね。」
「ニール…
ありがとう。」
「俺の時は遠慮なくやってくれ。
そうでもしないと止まらんだろうからな。」
「確かに…
ヴァロンが暴れ出したら3人がかりでも辛いんじゃない?
僕だったら、とっ捕まえて木にでもぶら下げといてね。」
「ヴァロンもジェムもありがとう。
でも、お前たちはきっと大丈夫だと思う。」
「ははっ
だといいな。」
落ち着けそうな場所を見つけ、ほんの短時間ではあるが体を休める事ができた。
どこにいても安心とは言えない状況で、談笑を楽しみながらも気を抜かない姿勢を保っている事がとても頼もしく感じる。
やっと冷静に物事を考えられるようになったタイミングですべきなのは、本部宛に通信鳩を飛ばす事だ。
どれ程の悪魔が周囲に潜んでいるのか分からない中、この人数で行動するのは非常に危険で、どうにか増員が欲しい。
限られた大きさの紙面に、簡潔だが危険な状態である事をガリガリと力強く書き込んでいく。
力が入って角がぐしゃりと丸まってしまうが、手のひらで優しく伸ばす。
しかし、土がついた手で丸まった紙を伸ばしてしまい薄い茶色が紙の下から上に向かって染まってしまう。
「ニール、落ち着いて書こう。
俺の字、誰も読めないって怒られるくらい下手だから任せちゃったけど、慌てないで。」
「す、すまない。
上手くまとめられなくて力が…」
「この中ではニールが1番語彙力があるからな…
任せっきりですまない。」
「文字はちょーーっと苦手なんだよね…」
「お前ら、いつもそんな感じでニールに任せっきりなのか?」
「まあ、俺は好きでやってるから特に気にはしてないけど。」
「そう言ってもらえてありがたい。」
「いつもありがと!
ニール様様だね。」
「おいおい…」
突如訪れた和やかな空気で、スラスラと手が進んだ。
どうにか書き上げた報告書を通信鳩に括り付け、木々の間から綺麗に空が抜けている場所に立った。
優しい風が髪を靡かせる方向は、おそらく街だろう。
上手い事風に乗ることができればいいのだが。
「よし、頼んだぞ。」
青空に向かって通信鳩を放つと、バサバサと翼の音を立てて飛び立っていく。
姿が見えなくなるまで見届けた後、みんなの元へ戻る。
「何から何まで悪いな。
ありがとう。」
「いいんだ。
気にしないでくれ。
それより、ノウマスにちょっと聞きたいんだけど…」
「ん?
何でも聞いてくれ。」
「悪魔の能力にかかってる時、ノウマス自身の意識ってどうなってるのかな…って。」
この間のニックの件の時から気になっていたことだ。
兵士である以上、知識として知ってはいるが実際に目にしたのはニックが初めてだった。
そして、今回は目の前で能力にかかる瞬間を目撃し、悪魔を殺す事でその能力は時間をかける事なく解かれている。
完全に意識がないのか、意識はあるものの抗えないのか、聞きたいことがたくさんあった。
「…悪魔と目が合った瞬間、一瞬だけ金縛りにみたいに体が動かなくなるんだ。
その一瞬が終わると、体が乗っ取られて自分の意思が伝わらないイメージ。」
「それは…ずっと意識はあるって事か…」
「そう。
ヴァロンに押さえつけられてた時の痛みも感じてたし、俺を呼ぶ声もしっかり聞こえてた。
でも、ずっと頭の中で考えてるって言えばいいのかな…
喋ってるつもり、勝手に動く体を止めてるつもりなのに、実際にはそれが届いてない…みたいな。」
「なるほど…
ずっと俺たちの呼びかけは聞こえてたんだ…」
「ちゃんと聞こえてたよ。
俺から離れろ、ジェムに足でも腹でも貫けって叫んでた。」
「ちょ、ちょっとノウマス!
僕に仲間を射れって事?」
「ははっ
そうでもしないと止められないだろ?
武装してまあまあ体格のいい俺なら無理矢理にでもって思ってさ。
でも、俺自身は痛みを感じてても、体は勝手に動くから意味なかったなって後から気づいたんだ。」
「あ、そうか…
確かに、足を切断したとか物理的に動けない状態じゃないと駄目な可能性もあるのか…」
「かもしれないって思ったよ。
だから、ジェムに俺をやれとは叫んでたつもりだけど怖かった。
矢でハリネズミ状態になっても剣を振り回してるんじゃないかって。」
「ハリネズミ…」
「俺の振るった剣で仲間が傷つかなくて本当に良かったんだ。
止められない体で、仲間を意識したまま切るなんて絶対にしたくなかったから。」
「…ああ、そうだな。」
冗談を交えつつも、ギュッと拳を握って地面を見つめる視線はとても辛そうに見えた。
意識はあるのに体が勝手に動き、仲間を殺そうと剣を振るう恐怖は同じ状態になった人間にしか分からないだろう。
そんな事を思っていると、ふとアルマの事が頭に浮かんだ。
アルマは一体どっちなのだろうか。
遺体となっていた所を悪魔の操り人形として使役されているのか、まだ生きていて一時的に悪魔の能力にかかっているのか。
生きている人間に対してだと、能力の続く時間には限度がある。
どちらかと言えば圧倒的に前者なのだろう。
…しかし、限りなく低い可能性でも希望を捨てたく無いとの思いも勿論ある。
生きているのか死んでいるのか判断をする方法は、人間には簡単に分からない。
これから先、どう戦えばいいのか迷いが生じてしまう可能性だってあるかもしれない。
「おーい、ニール。
考え込んでどうした?」
「どこか痛むか?」
「大丈夫?
僕たちが見てるから横になってもいいよ。」
優しい言葉をかけ、いつでも気遣ってくれる頼もしい仲間達。
そんな仲間をアルマが傷つけた時、自分はどんな行動を取るのだろうか。
考えても今はまだ分からない。
「なんでもない、大丈夫。
結構休んだし、一晩明かせそうな場所を探そう。」
腰掛けていた大きな石から立ち上がり、今日の拠点を求めて歩き出す。
…つい、今回の任務でアルマとは遭遇しなければいいかもしれないと思ってしまった。




