5、
「やあサルシト」
「なんだ、ザカエルか。何の用だ? 頼まれてた家具なら……」
どうやら家具屋の家人、つまりは被害者であるリバリースの息子が帰って来たらしい。おそらくは遺体安置所からといったところか。赤い目が全てを物語る。
仕事どころではないと冷たく言い放とうとしたサルシトに、けれどザカエルは首を横に振って「そうじゃない」という意を示す。
「こちら、ここら一帯の領主様であるアルビエン・グロッサム伯爵様だ」
と紹介されて伯爵が軽く頭を下げた。サルシトは軽く目を見張る。
「へえ、あんたが。随分若いのな」
「……まだ後を継いだばかりでして」
いつも言われることとはいえ、あまり嬉しくない言葉に伯爵が笑顔を顔に張り付かせる。
「いや失礼、別に馬鹿にしたわけじゃないんだ。ただ俺もザカエルも二世として、親と比較されるからな。……あんたの苦労、よく分かるよ」
だが意外にも素直に謝罪してくるサルシト。ごつい図体とは裏腹な彼の配慮ある態度に、今度は伯爵が目を見張る。
こういうタイプは嫌いじゃないと伯爵は内心微笑みながら、声をかけた。
「このたびは、お父上が大変なことに……」
「お気遣いなく。父が亡くなったのは悲しいが、母と俺が忠告したのも聞かずに飲みに出たあの人が悪いんだ」
「飲みに出た?」
伯爵の問いに、サルシトは頷く。
「あの人はいつもそうなんだ。作った家具の出来がいいと、自分への褒美とか言って飲みに行く。家で飲みゃあいいのに、祝い酒は外で飲むもんだとか言って……その結果殺されてちゃ、ざまあないよな」
「ちなみにその家具とは?」
その問いには、サルシトは無言で顎をしゃくって、ザカエルを指した。ザカエルはポンと手を叩く。
「ああ、父の依頼の家具、出来たんだ?」
「そういうこと」
孫のための小さな家具、それを依頼したのは町長。
それが完成し、出来の良さに浮かれたリバリースが飲みに出た。
そして殺された。
「家具が完成したことを知っているのは?」
「一緒に作っていた……というか、作っているのを見ていた俺くらいかな。町長にはまだ完成を知らせていない……よな?」
確認するようにザカエルを見れば、彼は頷いた。
「ああ、父はまだ知らない。だから僕も知らなかった」
「ということだ」
言ってサルシトは伯爵を見た。
「そうか、ならやはり無差別……偶然見かけたリバリース氏を、殺人鬼が狙ったってことかな」
「まったく、なんであんな店行くかね」
「というと?」
吐き捨てるように言うサルシトに伯爵が首を傾げれば、
「親父の贔屓の店があるんだけどよ。それが裏通り……治安の悪いとこにあるんだ。昼はともかく、夜はよせって前から言っていたのに」
「なるほど。だから家具職人があんな寂れた裏町にいたわけだね」
リバリースという被害者が、あんな場所にいた理由はこれで分かった。つまり、彼は非常に不運だったと。
「……だそうだ、探偵」
「え」
不意に声をかけられて、ドラ男が驚いた顔を上げた。慌てて目をこするドラ男。
「……キミ、今寝てなかった?」
「滅相もございません」
「寝てたよね」
「はい、寝てました」
否定するドラ男に低い声で聞けば、強張った声が返って来る。
すっかり伯爵のオモチャだな。
完全に傍観者と化しているモンドーは、そんな二人の様子を見てそう感想を抱くのであった。
「じゃ、今夜から見回り宜しくね、探偵」
「え、俺が!? なんで!?」
ドラ男の肩をポンと叩いて伯爵が言えば、なぜだと返って来る。その肩をちょっと強めに握って、「キミが探偵だからに決まっているだろう?」と言えば、青い顔でドラ男は「そうですね」と返す。
「しばらくは自警団も警備を強化するって言ってました」
「そうか」
サルシトの言葉に、伯爵は頷く。町長ではないが、カルディロンもさすがにこの状況はよろしくないと思ったのだろう。仕事より町の治安を優先すると決めたらしい。
「ときにサルシト君」
「はい?」
話は終わりとばかりに家に入ろうとしていたサルシトを呼び止めれば、怪訝な顔で振り向く。
「キミのお母上と奥方は?」
「母は、まだ父の遺体と共に居ます。妻は……身重な体にさわるといけないので、実家に。俺はちょっと荷物を取りに帰っただけで、また両親のとこに戻るつもりです」
「そうか。お悔やみを」
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げて、サルシトは今度こそ家に入る。が、またすぐに出てきた。
「ザカエル、家具はいつ納品すればいい?」
「え? いや、落ち着いてからでいいよ」
まさかの申し出に、ザカエルが驚いた顔をする。するとサルシトは寂し気な顔で、「親父の最後の仕事なんだ。是非受け取ってくれよ」と言うので、「ありがとう」とザカエルは返した。
「父に聞いておく」
「ああ、頼む」
そう言って、今度こそサルシトは家に入り、出てくることはなかった。
「さて、帰るか」
「え、俺は?」
帰ろうと促す伯爵に、ドラ男が問えば、伯爵は振り向いた。
「だから見回りヨロシクって言っただろ?」
「俺、どこで寝泊まりすればいいの? 寝に帰るには、家、遠いんだけど」
「なに言ってるんだ、キミなら……まあいいさ。うちに泊まればいい」
「喜んで!」
なにがそんなに嬉しいのか。随分伯爵の手玉にとられて、苦手意識もありそうなのに、それでもドラ男は伯爵の家に泊まれると聞いて嬉しそうにする。
どうにも変な奴だな、と思うモンジーもまた、狼少年で立派に変人であることを理解していないのだった。
さて、ここで解散かとザカエルが伯爵に挨拶しようとして、だが伯爵の口が開くほうが少し早い。
「ときにザカエル」
さきほどサルシトにしたような声かけをして、伯爵は体をザカエルに向けた。
「子供の家具ってことは、キミ……というかキミの一家は親父さんの、町長の家に同居するのかい?」
「え? いや、同居はもうとうにしてますよ」
「そうなのか?」
「はい。半年ほど前から」
「そうだったんだね。いや、全然この町に来なかったから知らなかったよ」
言えばザカエルは苦笑して、「伯爵様は父が苦手ですからね」と言ってきたので、思わず目を泳がせる伯爵。
「バレてたか」
「分かりますよ。まああの父が苦手でない人なんて、そうそう居ないでしょうけど。伯爵様のお父上も、やはり父を苦手とされていましたよね」
「……そうだね」
それは父ではなく、伯爵自身なのだけれど。とは言わない。記憶操作されている彼に、そんな事実は知る由もないのだ。
そうして、伯爵一行とザカエルは別れて帰路につくのだった。
「犯人はザカエルで決定だろう」
屋敷に帰るや否や、開口一番伯爵が言う。それを呆れた顔で見るのは、モンドーだ。
「また唐突ですね。何を根拠に?」
「町の連続殺人が始まったのは半年ほど前からって、モンドーも知っているだろう?」
「ええ」
「そしてザカエルもまた、半年前から町に戻って親元で同居している」
「そう言ってましたね。で?」
熱弁する伯爵に、とりあえず話を聞いてあげますな態度のモンドーが先を促した。
だが伯爵は「で? とはなんだ?」と聞き返してくる。
「ザカエルを犯人だと決めつける理由は他にもあるんでしょ?」
「ない」
「ないんかい!」
それだけで犯人と決めつけるとは、なんというお粗末な推理か。さすが結末を先に見ちゃう伯爵。結論が極端すぎる。
「そもそも動機は?」
「そりゃ親からの抑圧による、ストレス……の発散だろう」
「あの町長から受けるストレスが原因と?」
「そういうこと。きっとザカエルは画家一本で生きていきたいはずだ。だが町長はそれを認めていない、あくまで町長後継として働けと言っている。画業は遊びと判じている」
「だからって、人殺ししますかあ?」
至極もっともな意見に、伯爵は分かってないなと首を振る。
「ああいう人のよさそうな人間は、色々溜め込んでいるんだよ。そして何かをキッカケに爆発させるんだ」
「はあ……」
「推理小説では、まさかと思う人間が犯人なんだよ」
「でも、俺らの知らない人間の可能性だって……」
「犯人が最後の最後に突然出てくるなんて、三流以下の小説だよ!」
知らんがな! とはさすがに言えないモンドー狼少年。ヤレヤレと大きく溜め息をついて、精神は大人な彼は大人な対応をする。
「それにですね、半年前からあの町に住み始めた人間なんて他にもいるでしょ」
「まあ確かに」
「更に言えば、あの町の住人じゃない可能性だってあります」
「まあ確かに」
「更に更に言えば……」
「よし、あとはドラ男、頼んだ」
「え、俺?」
急にふられて、自分の顔を指すドラ男に伯爵はニコリと微笑みかける。
「色々な矛盾点や疑問点も、見回りとあわせて調べてくれたまえ」
「マジかよ。お前、面倒になっただろう」
「なんのことやら」
それを図星という、とばかりに肩をすくめる。
「別にいいけど、報酬あるんだろうな」
ジトリと睨んでくるドラ男に、伯爵はニヤリと微笑んだ。
「僕にかけた呪い、解いてくれるならね」
「……」
それ以上ドラ男の発言がないことを確認して、伯爵はそそくさと自室へと戻るのだった。
「ドンマイ」
肩を落とすドラ男をポンと叩いて、かけられるモンドーの励まし。それがドラ男に届いたかどうかは、本人以外に分からない。