4、
「遊びの仕事って?」
共に歩きながら、伯爵はザカエルの顔を見る。彼の顔は曇っていた。
「いえ……僕、画家を生業としているんですが……」
「へえ、それは素晴らしいね」
小説が好きな伯爵は芸術というものに疎い。だが積極的に集めたりはしないが、嫌いではない。疎いからといって嫌いだとは限らないのだ。
「是非屋敷に飾る絵を描いて欲しいな」
「そう言っていただけると嬉しいです。伯爵の肖像画ですか?」
「いやいや、僕は僕に興味ない。そうだなあ、四季折々美しい我が庭園を描いて欲しいね」
「ご希望の季節を言っていただければすぐにでも」
「それは良かった。出来れば全ての……春夏秋冬を描いて欲しいかな。四枚を屋敷のあちこちに飾ろう」
「それは……長い仕事になりそうですね」
「無理かな?」
「いいえ。喜んでお受けします」
伺うように伯爵がチラリと横を見れば、少しばかり明るくなった表情でザカエルはニコリと笑って頷いた。
「見たことはありませんが、伯爵邸の庭はとても立派だとか」
「ああ。美しい花が咲きほこる時分には、一般開放もしているよ」
「素晴らしい庭師がいるのですね」
「そうだね」
庭の手入れをしているのは俺だ! と、モンドーの叫びが伯爵の耳に届いたかどうか。
使用人でコックで御者で庭師、伯爵の相棒はとっても優秀。
そんなことを考えてる伯爵の横で、ザカエルは小さく溜め息をついた。
「ザカエル?」
「父は僕の仕事をよく思っていません」
「そのようだね」
遊びの仕事と言っていたことを思い出す伯爵。
「僕を家に呼び戻した時、画家としての環境を整えてやると言われたからなのですが……」
「約束を反故にされた?」
そう聞けば、ザカエルは無言で首を横に振った。おやと伯爵は思う。
「あの町長が約束を守ったのかい?」
「父なりの譲歩だったようで……画家の仕事もやらせてやるから、町長の仕事もしろ、と」
「というか、画業は趣味、本業は町長、と考えてそうだねあの人は」
「そうなんです」
言ってザカエルは、今度は深々と溜め息をついた。
「妻子は僕の好きにしていいと言ってはくれますが、生活面で考えると画業だけでは苦しくて……」
だからこそ、父親である町長の提案に乗ったのだろう。画家は売れればでかいが、売れなきゃ本当に趣味の域となる。妻子ある身で、それだけで食っていけない画業に専念は難しい。
とはいえ、ならば家庭なぞもつな、とも伯爵には言えない。だって彼は知っているから。ディアナという最愛の人をもつ伯爵には、かけがえのない存在の必要性をよく知っている。
「苦しい立場だねえ……」
「はい」
言って、ザカエルは悲しそうな笑みを浮かべる。
だがパッと顔を上げた彼は、「あ、見えてきました」と表情を切り替えてきた。
「ああ、あそこの……店先にロッキングチェアが飾られている店かな?」
「はい。中に入れば、もっと色々な家具がありますよ」
「それは楽しみだ」
読書の時に座るロッキングチェアは、伯爵の大のお気に入り。とはいえ随分くたびれてきた。そろそろ買い替え時かなと思っていたので、話の流れによってはここで購入するのもありかもしれない。基本、拠点となる街でしか買い物をしない伯爵だが、たまには違う場所で買うのもいいなと思ったり。
そんなことを考えているうちに、二人は店へと辿り着いた。
「誰かいるかな?」と外から店内を覗き込む伯爵に、「ああそう言えば」とザカエルの声がかかる。
「なんだい?」
「父が、椅子とテーブルを注文してたんでした」
「丈夫そうに見えたけど」
思い出されるは、町長宅の大きな椅子とテーブル。町長が乱暴に腰かけてもビクともしていなかった。
「いえ、僕の子供用に小さな物を注文したと言っていました」
「……へえ……」
あんな男でも、孫は可愛いのか。意外というかなんというか……伯爵は驚いたという風に顎をさする。
「といっても、完成してるか怪しいですけど。家具はほとんどリバリースが作成してましたから。息子のサルシトは、まだ修行の身ということなので、どうなることやら……」
そもそも身内に不幸があったばかりで、商売なんてしていられないだろう。
それゆえか、店先には『閉店中』の文字が。それを確認してから、もう一度伯爵は中を覗き込んだ。暗くてよく見えない。それになんだかドヨンと空気が重い。
不意にポンと肩を叩かれて、「わ」と思わず声を上げる伯爵であった。
「失礼、私は別に怪しい者では……」
領地内の人間全てが伯爵の顔を知っているわけではない。むしろ知らない者のほうが圧倒的に多いだろう。思わず言い訳じみたことを言えば、
「どこをどう見ても怪しいでしょ」
と声がしたので振り向いた伯爵は、「なんだ、モンドーか」と拍子抜けする。
「なんだじゃないだろ、人に用を言いつけておいて、なんだってひどくない?」
「ごめんごめん。で、どうしたんだい?」
「だから用を済ませてたんだってば」
不審者と思われたわけではなかったことに安堵しつつ問えば、モンドーはハイッと何かを差し出した。大きなモノだ。
というより人だ。
「なにこのボロ雑巾」
「ボロ雑巾はひどくないか!?」
くたびれた服はところどころ汚れ破れている。黒髪はボサボサで、一体いつ洗ったのかと伯爵は顔をしかめた。
するとボロ雑巾、もといモンドーに連れられたその人物はバッと顔を上げたのである。
「おや、キミか。えーっと……誰だっけ?」
「俺を忘れるやつがあるか!」
「ああ、なんだドラ男か」
本当は分かっているだろうに、つい意地悪したくなる相手。それが伯爵にとっては目の前の男、ドラ男だ。
「なんだはひどくないか、なんだは。なあモンドー」
つい今しがた、『なんだじゃないだろ』と文句垂れてた同志に向かってドラ男が言えば、モンドーは「知らね」と肩をすくめる塩対応。そうなるとドラ男は「みんなして酷くないか?」とすねるのだが、そんなことに構っていられない、伯爵は忙しいのだ。
「あの、この人は?」
一連のやり取りをただ見てることしか出来なかった人物、ザカエルが割って入る。
その問いに伯爵は軽く肩をすくめて、「探偵だよ」と答える。
「え、探偵なんですか?」
「え、俺って探偵なの?」
伯爵の紹介に、驚いたのはザカエル。そしてドラ男。
「なぜキミまで驚いているんだい」
言って伯爵はチラリとモンドーを見た。その目は『説明したの?』と問うている。それにモンドーは肩をすくめて『説明したけど、半分寝てて聞いていない』と答える。全て目でやり取りする器用な二人……いや、ツーカーな二人。
「いや、だって俺は……」
「キミは探偵だろ?」
ズイと伯爵がドラ男に迫る。
「いや、だから俺は……」
「探偵だ。キミは探偵だ」
もはや暗示というか、脅迫に近い迫力を漂わせて、伯爵がドラ男に詰め寄る。
伯爵の美しい空のような青い瞳が、マジすぎて笑っていないことに気付いて、コクコクと人形のようにドラ男は頷く。そして言った「はい、俺は探偵です」と。それを確認して、伯爵は満足げに微笑み、「よし」とドラ男から離れた。
心臓に悪い男だ……とはドラ男の感想。
「えっと……?」
戸惑った様子のザカエルに一度ため息をついて見せてから、ドラ男はザッと前髪をかき上げた。そこに現れた赤い瞳に、ザカエルの心臓がドキリとする。存在しないわけではない、だが希少なその色の瞳を目にして、ザカエルの脳裏に浮かんだのは『描いてみたい』だったかどうかは誰にも分からない。
「失礼した、俺のことは……ドラ男と呼んでくれ。申し訳ない、いきなり連れてこられたもので、少々困惑している。……で、何があったんだ?」
そうそうそれでいい。真面目な顔をすれば、お前もなかなか見られる顔なのだから。なぜかウンウン頷いて、伯爵は満足げに腕を組むのだった。
そこにようやく家人が帰って来る。
「なんだあんたら?」
目を赤く腫らした男が、伯爵たちに声をかけてきた。




