◆第5話 悪意の火種(前)-1
酒場のお昼、お客の入りが落ち着いた頃、見覚えのある黒い三角帽子が窓の外で揺れていた。彼女は帽子を脱いで店に入ってくる。群青の綺麗な髪が姿を見せた。
「あら……、パララさん!」
私より先にラナさんが声をかけた。
「こっ…こんにちは! ラナさん、ユタタさん」
頭の天辺から糸で吊るされたように背筋を伸ばした姿勢でパララさんは挨拶をしてくれる。私たちと話すときの緊張はほとんどなくなったように思っていたが、少し間を空けると再び戻ってきてしまったようだ。
彼女とは魔法ギルドの面接試験の練習をした時以来だった。今日の彼女の表情はとても明るく、相談事で来た感じではなかった。
「きっ、き…今日はお伝えすることがあって来ました!」
「あらあらなんでしょう? 今、お茶を淹れますので座って待っていて下さいね?」
そう言ってラナさんは厨房へ入っていった。そういえば、パララさんはまだ尊敬するローゼンバーグ卿がラナさんと知らないはずだ。私から伝えるべきではないと思うが、ラナさんはそもそも話すつもりがあるのだろうか?
一時すると、お盆に紅茶をのせてラナさんが戻ってきた。カップは3つ、私の分もあるようだ。カウンター席に座ったパララさんの前に紅茶を出して、彼女は私を手招きして呼んだ。紅茶の良い香りが漂ってくる。
「それで……、どんなお話ですか?」
ラナさんは視線をパララさんに合わせるようにしてカウンターについた。こうして見ると幼い子と大人の女性が対話している姿に見える。ただ、おそらく二人の年齢はそれほど変わらないはずである。
「じっじ、じ実は…きちんとしたお仕事に就くことができそうでして、そのっご報告にやってきました!」
パララさんは目を輝かせて嬉しそうにそう言った。これを聞いて私も嬉しさが込み上げてくる。隣りを見るとラナさんの表情にも嬉しさがにじみ出ているのがわかった。
「それは……、おめでとうございます! 私も自分のことのようにうれしいです」
魔法ギルド「知恵の結晶」の面接試験は、結果が奮わなかった。しかし、彼女のがんばる姿を見て、きっと近いうちに別の形で報われる日が来るとは思っていたのだ。それがこうも早くにやってくるとは……。
「おめでとうございます。それを聞いてボクも安心しました」
「はい! こっこ…ここ数日かは1日限りの仕事をしてまわってたんですが、偶然人手が足りてない魔法ギルドの募集の話をもらいまして!」
「なるほど、今度は入団試験のようなものはなかったのですか?」
「はい! そっそ、それもあの――、『やどりき』に所属することになりそうなんです!」
「やどりき」――、恐らく魔法ギルドの名前なんだろうが、そこの知識がまだまだ私は乏しかった。ラナさんの顔を伺って見ると、彼女は私の意図を察してくれたようでにこりと笑って見せた。
「『やどりき』は『知恵の結晶』とほぼ同格の規模の大きい魔法ギルドです。魔法使いなら、『やどりき』に所属というだけでひとつのステータスになりますよ」
なるほど……、大手有名企業に就職できたように解釈すればいいのかな。




