第4話 花の闇(後)-2
常連客で店内は賑わってきた。そしていつもの来店時間とほぼ変わりなく、カレンさんもやってきた。座る席も毎度ほとんど変わらない。ブルードさんは彼女を見つけると注文を聞く前からお酒を出していたので、すぐにそれを運んで行った。
「やぁ、スガ。今日も悪いんだけど夜、頼むね?」
間近にいる私しか聞き取れないくらいの小さな声で彼女はそう言った。
「その件なのですが……、少しだけお話できませんか?」
私は彼女の顔を見てそういった。私の表情からなにかを察したのか、最初は笑っていたカレンさんの表情が真剣なものに変わった。
「今日入れてあと2日、それまで我慢してくれないかい?」
「いえ……、夜に外へ出るのは全然構わないんです。そうではなく――」
「わかってるよ。だからあと2日だけ疑問を持たずに従ってくれないかいって話さ?」
なるほど、カレンさんの「我慢」は、私がなにか聞くのを我慢してくれ、という意味で言っていたのか。
「2日経てば……、この依頼についてきちんと説明してくれますか?」
カレンさんは、うーんと少し考え込むように3秒程度下を向いた。それから顔をあげて私を見つめた。
「全部話せるかはわからない……。けど、協力してもらってるわけだからねぇ。スガが納得できるよう説明はさせてもらうよ?」
「……わかりました。昨日はサージェさんと話をしました。それ以外に報告することはなかったです」
「そうかい。愛想がないやつだったろ?」
「カレンさんをとても尊敬しているのはわかりました」
「はは、私じゃなくてそれ以外のやつに愛想よくしろって言ってんだけどねぇ……」
彼女はそう言いながら目を細めていた。そして目の前のお酒を勢いよくと飲み始めた。私は頭に抱えた考えをそのままに彼女の席を離れた。
酒場の夜はあっという間に時が流れた。忙しいと本当に時間が加速しているように感じる。路面電車の最終便の時間が近づき、お客たちは明日に備えて帰っていく。私は閉店準備をしながらその後の仕事について考えていた。
「今日はお疲れのようですが……、この後のお仕事は大丈夫ですか?」
ラナさんが顔を覗き込みながら尋ねてきた。結局あれから睡眠をとらずにこの時間まできたので、さすがに眠気と疲れが襲ってきていた。
「はい。もうひと踏ん張りしたら今日はよく眠れそうです」
「あまり無理をしないで下さいね」
このままだと駅前のベンチで寝てしまいそうな気がする。さすがにそれは避けたかった。店の閉店業務をして、店内の清掃をする。私もラナさんも黙々と作業をした。一通り終わり、外に出ようかと思ったところでコーヒーの香りが鼻をくすぐった。
「少しだけ濃い目に入れましたので飲んでいってください。今のスガさんの顔を見ているとお仕事中に寝てしまいそうですから」
「そうですか? ありがとうございます。とても助かります」
コーヒーはまだ熱かったが、私はぐいぐい飲み干すとカップをラナさんに返した。
「おいしかったです。それでは今日も行ってまいります!」
「はい。お気をつけて」
外は今日も星が明るく輝いている。人の気配が無くなった街をひとり歩く。きっとすでにサージェ氏が私をどこかで見張っているのだろう。気配を消すのがうまいのか、灯りの少なさも手伝って居場所がまったくわからない。
先ほどのコーヒーのおかげで身体が中から暖かかった。同じ道のりの繰り返しは距離を短く感じさせた。いつもの駅前のベンチにつき、腰をかける。
星空を見上げながら、昨日のことを私は思い出していた。こうしているところにサージェ氏から突然声をかけられたのだ。
――従順なのだな、か……。
たしかに私は従順かもしれない。
あたりを見まわして人の気配を探った。準備運動をするように席から立ち上がって屈伸をする。膝からポキポキと骨の音が鳴る。運動不足かもしれない。
心の中で昨日のサージェ氏の問いかけに答えていた。
従順なのは間違いない。ただ、それはカレンさんに対してではない。他の誰に対してでもない。私は……、私自身の探求心と好奇心に対して従順なのだ。
私は意を決して走り出した。振り返らず、街の入り組んだ路地に駆け込んだ。そこは街灯の灯りも届かないまさに「闇の中」だ。
ここの路地は幾重にも道が別れている。複雑な道になっていて星の灯りもほとんど届かない。いきなりこの道にきたら迷うことは必至だろう。明るい時間にこの道を歩き回って熟知していなければ……。
私はこちらの世界にきてからずっと、時間があれば街中を歩き回っている。この世界のことがわからないため、情報を得るために積極的に外へ出た。歩く道を毎日変えてこの街を知ろうとした。
それゆえにこの路地も熟知している。この中ならばきっとサージェ氏の目を振り切れる。路地に入って右に左にと曲がった後に、高い塀の横に屈んで身を潜めた。しばらくして誰かの足音が聞こえた。
「クソっ! あの男……、なにを考えている!?」
サージェ氏の声が聞こえた。明らかに怒りの感情がこもった声だ。やはり私を追ってきていたようだが、足音は遠のいていった。
私はしばらく身を潜めてあたりの様子を伺った。夜の路地裏は静寂が支配している。人の気配も物音もしない。サージェ氏は恐らく離れたところに行ってしまったのだろう。他に誰かが追ってきている気配もない。
時をおいて私は歩き始めた。サージェ氏の目を振り切ることは、今日カレンさんと話した後に決めていた。
私の勘違いであればいい。
ただ、どうしても確かめたいことがあった。私は周囲を警戒しながら目的の場所へと向かった。




