プロローグ
昔ながらのスペースオペラです。
ちょっとスラップスティック。
五隻の上陸艇が地上に降下している。
激しく光っているのは大気圏に突入する時の摩擦熱のためなのか、はたまたそれを阻止しようと地表からのレーザー砲の光跡なのか。
美しく見えるそれはどちらにしても一歩間違えれば死をもたらす地獄の使い………
………のはずだったのだが、実際のところ艇内は落ち着いていた。
私はイリア・ベルクール。
第一戦艦スリップの通信士、まだ見習いだけど。
現状は三隻の戦艦が軌道上にあり、地上からの攻撃を鎮圧するため上陸艇を降下させているところ。
……と言っている間に、早速降下部隊から通信が入った。
「こちら上陸艇一番艦、順調に降下中。全船異常なし」
「こちら戦艦スリップ第一艦橋。テレメトリ確認しました」
「おー新人の嬢ちゃんか、今日は楽勝だな」
「カメラ映像ではレーザー砲を浴びてるみたいですけど大丈夫なんですか?」
「平気平気、バリアは安定してるし万が一破られても装甲は絶対抜けない。そよ風みたいなもんよ」
「了解しました。艦長に伝えます」
こんなにのんびりしていて平気なんだろうか。
今は一応戦闘中なんだけどな。
自席で緊張しながら視線をモニターに落とす。
私はほんの2時間前にこの星域についた時のことを思い出していた。
約12光年のショートジャンプによって、我々宇宙艦隊アシュリーズはこのベガⅡ星系に降り立った。
銀河連邦からの依頼でこの星系にやってきたのは平和裡にこの事件を解決するため。
今回の仕事、私は張り切ってたんだ。
この戦艦に乗って6ヶ月の私に初めて任された対外通信任務だったから。
そんな私の気持ちとは裏腹に、銀河共通回線でこの星系最大の国家である第二惑星パランスに送った通信は、のっけから手酷く拒絶された。
「こちら宇宙艦隊アシュリーズ。銀河連邦の依頼により小惑星帯のトラブル調停のために参りました。依頼番号Ω2-A66B-88です。ご確認下さい」
「確認の必要はない。この星系において小惑星帯のトラブルは認められない。早急に帰還されたし」
どうしよう。
本当なら協議の段取りを付けて、星系の最高責任者とうちの艦長に話を振って終わりのはずだったのに。
えーと、交渉がうまくいかなかった手順はどうだったっけ。
オロオロしていると、
ぽかっ
痛っ! 殴られた。
一体誰よ、ってこんなことする人は1人しかいない。自称敏腕航海士のピアーさんだ。
睨みつけたら、通信システムの横のボタンを指さしてる。
そうか。
銀河連盟公式依頼情報アーカイブ送信ボタンを押せばいいんだ。
これでこの政府もこっちの艦隊が正式な銀河連盟からの依頼で来たことを認識できるはず。
このアーカイブは偽造もできないし通知内容は絶対だ。
紛争を有利に進めていようが、理がどちらにあろうが連盟が「矛を納めろ」という限り、黙って従うしかない。
この銀河全体で事故があれば救援部隊を派遣し、紛争があれば調停する。その他いろんな問題も平和裡に解決するための機関。
それが銀河連盟だ。
ほとんどの星系から支持され、強大なネットワークと戦力を持つ連盟にに逆らえる国家などあるはずもない。
銀河連盟を敵に回すことは銀河に何千万あるかわからない多くの惑星文明に逆らうことになるからだ。
しかし、今は銀河連盟の話なんてどうでもいい。
確かにこのボタンを押さないといけないんだけど、その前に一言言ってやらないと気が済まない。
いきなり私の頭を殴った隣のヒマ人に文句を言ってやらないと!
「何でこんなことするんですか? 承知しませんよ」
「バッカお前、通信入れっぱなしだぞ」
えっ! えっ?
「パランス惑星政府は今の発言を敵対行為とみなし強制排除を決定した」
「ちょっ、今のは違って。待って下さい」
「弁解無用、銀河連邦には国際的礼式を脱した無礼な通信を受けたと報告しておく。不正任務による星系侵入、領空侵犯によりこれより迎撃する。全軍出撃」
「えーーーー!」
しまったー、通信機がONになったままだったぁ。
慌ててOFFにするがすでに後の祭り。
パニックになって周りを見回すと……ブリッジにいるクルーはみんなやれやれという顔をして見ている。
「艦長〜」
「大丈夫よ、外部通信任務としてはまずいけれど相手は最初から話し会う気はなかったみたいだし、結果は変わらないわ」
「そうそう、あれだけ相手を挑発できればある意味大型新人だぜ」
サブリナ艦長は庇ってくれたけど、ピアーさん酷い!
だいたいいきなり、ピアーさんが殴ったりするからいけないんじゃないですかぁ。
むくれていたら、艦長に頭を撫でられた。
子供扱いしないで、って思ったけど我慢我慢……それに艦長に撫られるなら実はちょっと嬉しい。
そのまま艦長は、スクランブルCのボタンを押し、艦隊全体通信を開く。
当直隊員が窓ガラスにシールドを降ろしていく。
完全にシールドが降ろされた後にまた宇宙空間が見えるようになるが、これは船外カメラで捉えている内容を窓ガラスに映し出しているからだ。
クルーは手慣れた様子で作業をこなしていく。
防衛班はバリアーチェック、通信傍受班は全天スキャンを開始し、艦内はスクランブル体制に移行完了した。
サブリナ艦長は総司令官として反撃を宣言。
「アシュリーズは戦闘体制に入る。目的は惑星政府からの攻撃を鎮圧すること。まず安全性の確保、防衛を主眼にして敵の攻撃内容の調査と解析、脅威度を判定して。操舵および通信の各部署は軌道上の障害物及び別働艦隊の有無を確認し、周辺の警戒にあたれ」
「「「「「了解!!」」」」」
この惑星の戦闘能力は低い。
従って艦隊の防御が整ってもすぐに星系から何かが飛んでくるわけではない。
地上から宇宙航行速度の飛行物体が飛んでくるわけがないし、ほとんどの光学関連の砲撃はこちらの戦艦にダメージを与えるほどの出力がない。
ミサイルを打ち出したみたいだけど、まだ数分の余裕がある。
結局、最初に艦隊に届いたのは軌道上の人工衛星から私達の艦隊に向けて撃ったレーザー砲、荷電粒子砲だった。
艦隊に被害なし。
三層に貼ったバリアの最初の一つも抜けないし、ダメージによるエネルギーも測定限界以下。
それもすぐに砲塔を破壊されて今はスクラップ同然。
私は通信士の戦闘時の任務の一つである戦闘データ解析を行なっている。
高精度の周辺探索機器からのデータを読み取り、敵の攻撃がどれだけ危険なのかを評価するのだ。
「いずれも脅威度D以下を確認。全弾命中したとしてもバリアを突破されることはありません。航行に影響なし」
「おっ、それは忘れなかったみたいだな」
「うるさいです、ピアーさん。スクランブル体制なんですよ。席について下さい」
「いや、スクランブルって言ったってCレベルだし、当直以外は寝てたっていいぐらいだ」
「そうかも知れませんけど」
私とピアーさんが口喧嘩していると、自席に戻った艦長から直接コールが端末に。
「あなたたち、いい加減にしなさい。次の寄港先で下船許可出さないわよ」
「「すいません」」
私もピアーさんも即座に謝る。
宇宙艦隊の航行で一番の楽しみは星に降りたり、宇宙ステーションに立ち寄ること。
こんなに設備が整った大きな戦艦であっても、長い船暮らしは飽きるからね。
それを取り上げられたらたまらない。
艦長は艦内通信に切り替えて、指示を飛ばす。
「実体弾は全て撃ち落としなさい。突破されないとわかっていてもバリアを削られるのはありがたくないわ。軌道上の攻撃衛星は砲撃を黙らせればいい、落とす必要はない。こちらからの攻撃としてはまず電子戦を仕掛ける。通信帯域とプロトコルの把握。自動解析が可能ならハックしてシステムに侵入してもいいわ。クラックも許可するけど、地上兵器を誤作動させて爆破させたりしてはダメ。人命に関わらない範囲ならOKよ」
どうやら私たちの艦隊は敵の攻撃で沈められる心配はないらしい。
こちらからはとりあえず相手を黙らせるだけのソフトなものになりそうだ。
あーあ。
平和な話し合いで決着すると思ってた私の初仕事は、惑星政府との戦争になってしまった。
ここまでが2時間前にあった話。
そして、今も戦闘は継続中。
宇宙艦隊アシュリーズ。
Ashley’s Angel Starfleet (アシュリーズの天使) とも呼ばれている超強力な私設宇宙艦隊。
アシュリーズさんが誰かは私は知らないし、なんでこんなに凄い船が大きな組織に入ることもなく存在しているのか謎ばかりだ。
相手もよくやるな。
この艦隊の1戦艦だけでも敵うはずないのに。
まあ、私がやることはこの星系軍との戦闘を収めることだ。
味方にもこの星系の人たちにもなるべく被害を出さないように。
さっきからあらゆる星間通信回線を使って、戦闘の停止を呼びかけてる。
でも聞く気はないみたい。
艦隊としては、このままにして置けないからベガII星系の第二惑星パランスを制圧することになったらしい。
あーあ、こんなことで私の夢は叶うんだろうか。
私は自分の故郷の星を失い、この艦隊に拾われた。
そしてクルーに取り立ててもらえたのだ。
その恩義に応えるためサブリナ艦長の役に立ちたい!
そして、早く一人前の通信士になるのだ!
目標は亜空間機密通信網交信資格を取ること。
そのために何が表示されているかも理解しきれないモニターの情報と睨めっこしているところだ。
船内は異常なし、敵攻撃の分析結果も問題ない、作戦概要とこれまでの指示履歴……うわあ、情報が多すぎる!
「イリア。情報の更新が遅れてるわ」
「すいませ〜ん」
「今日の相手なら概略情報に絞っていいから5分ごとに全味方船の位置と状況をプロットして周辺図をアップデート」
「わかりましたぁ」
私の通信士修行は始まったばかりだけど、先は長そうです。
とほほ。
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