天を裂く花
五十六ページ目。天咲花。
空間を裂いて咲く花がある。和名『天咲花』と呼ばれるその花は、枝と花だけで構成されており、葉がどのような形をしているのか、未だ誰も見たことがない。
突然空中に一本の線が生まれ裂くように出てくるそれは、薄い紫の美しい花を咲かせる。どういうわけか、その花を摘むと再び同じ花が咲き、一度咲いた天咲花が枯れることは無い。
変わらない位置に咲き続ける特性から、『変わらない意思』という花言葉が定着した。
しかし、この花の花言葉は一つではない。もう一つの花言葉に『闇に消える』というものがある。
これは天咲花が裂いた空間にものをねじ込むと、二度と戻ってくることは無いという特性からつけられたもので、実際目を付けた暗い業者が天咲花を活用して証拠隠滅に励んでいるらしい。
ただし、裂く空間は数センチ程度であまり活用されることは少ないのだとか。
「一度ぐらい見てみたいなあ」
「この世界の花じゃないからねぇ……」
いつから傍にいたのか、老婆が本を読む私の隣に腰掛けていた。もっともこの本は彼女の所有物であり、執筆物であり、勝手に部屋にあった本を読んでいたのは私の方なのだけれど。
彼女は無数の世界を飛び回る旅人だったらしく、旅路で見つけた珍しい花々を記録として残していた。
手元にある分厚い本は、いわば彼女にとっての日記帳なのだ。
自称旅人の老婆の戯言だという人もいるかもしれないが、私はそうは思わない。この本に出てくる花や、それに纏わる話はどれも私の心を揺らす、憧れの世界の話だった。
「この花って本当にどこにでも現れるの?」
「そうだよ。それがたとえ水中でも、空中でも、建物の中でも――生物の中でも」
「生き物の中……それって怖くない?」
「そりゃ怖いさ。この世界を旅する時に一番怖かったのはこの花による不審死だからね」
「え、咲いたら死んじゃうの」
咲くだけで死ぬ花とは、食べるだけで死ぬ花の何倍も怖い。
「運悪く体内で咲いた場合、その裂け目を塞ぐことはできないんだよ。実際稀ではあるけれど体内で咲いて亡くなる人もいたし、よその世界の攻撃してくる花よりもおっかなかったねえ」
「『闇に消える』じゃすまないね……」
「不幸花とか、人裂き花とか、そんな風にも呼ばれていたよ」
嫌な呼び名もあったものだ。彼岸花の親戚だろうか。
「でも、咲くと本当にきれいなんだよ。何もないところに咲いていて、土も太陽も雨も要らない孤高の花。初めて見たときはびっくりしたもんだ」
キラキラと目を輝かせる彼女は、年を感じさせないワクワク感に溢れている。彼女の花好きは、きっと歳を重ねても変わらなかった強い意志。
その姿を見ていると、また一ページ先に進みたくなる。
まだ見ぬ、花を求めて。
花や花言葉が好きなら、いっそ空想上の花や花言葉を作ればいいのではないか。そんな風に思って書き始めた短編小説です。良ければお付き合いください。




