正義とは何か?悪とは何か?6ー近藤刑事の場合(前編)ー
ーーーーーー近藤刑事の場合(前編)ーーーーーーーーー
俺は高校の時に番長をやっていた。別に番長なるつもりはなかった。ただ体が大きい俺は3年の番長から目をつけられ、先に殴られたのでボコボコにしたら、次の日からは番長になっていた。ただそれだけだ。俺は普段授業中ずっと寝ていたが、センコーに文句を言われることもなかった。一応番長だからな。クラスの連中はそんな俺を腫れ物触るような目で見ていた。ただ二人を除いては一人目は倫理の時間に俺がいびきをかいて寝ていたら
「君」
と呼ばれた。俺は寝ぼけた眼でそいつを見た。目の細い優男だった。
「なんだよ!」
俺は少々機嫌が悪かった。寝ているのを邪魔されたからだ。クラスの人間は先生も含め黙っていた。
「寝るのは君の自由意思だが、いびきをかいて私の楽しみな時間を妨げるのどうかと思うが、君はどう思うかね?」
「俺いびきかいてたのか?」
「ああ、それに君は授業中ずっと寝ているがなぜだい?」
「えっ、つまんねえからだよ。」
「確かに、君の中ではつまらない授業かもしれない。しかし、君以外の人間にとっては面白い授業かもしれないじゃないか?それを邪魔しているかもしれない。そうは思わないか?」
一瞬考えた。
「・・・ああ、そうかもな」
「しかし、そんな君の傍若無人な態度を見て、同級生・先生は注意もしない。なぜだと思う?」
「知らねえよ」
「答えは簡単だ。君が恐ろしいからだよ。君が暴力を振るって、痛い目にあうじゃないかと思っているんだよ?」
「ふ~ん」
「君は自分というものを分かっていない。力は暴力であり、暴力は権力であり、権力は悪である。君は番長という名を皆からいただいているのだ。それに見合う代価を払わなければ、後からまわりまわってツケがくる。それは今までしてきたことの代償で、おそろしいツケだ。」
「どんなツケだよ?」
優男はため息をついた。
「言ってもわからないようだな。」
俺は笑った
「次はどんなことを言うんだ?院長さん?」
優男はまたため息をついた
「なんだ。そのあだ名を知っていたのか?」
「ああ、お前医者の息子か?」
「いや、父も母も普通のサラリーマンだ」
「じゃあ、なんで院長なんだ?」
「それは相談事を持ち掛けられることが多いんでね。そういう名がついただけさ、ところで君は僕の話を聞いて態度を改めようと思ったかい?」
「いや、ちっとも」
俺は笑いながら、親指と人差し指の間に少し間を作り、院長に見せた。
「そうか・・・では申し訳ないが・・・」
院長は目を剥き
「時田、梶谷、皆下。捕縛しろ!」
後ろの席にいた時田と前の席にいた梶谷が俺を机におしつけて、横にいた皆下が素早く俺を机ごと縄で縛った。俺は暴れまわったが素早い連携プレーにより俺は机に縛り付けられた
「梶谷!番長の手をロープで結べ!」
ロープで俺の手を結ぼうとする梶谷に俺は抵抗した
「時田!番長の足をロープで椅子と結べ!」
時田が足を結ぼうとするので俺は足をばたつかせた
「皆下!番長の顔を殴れ!」
俺は皆下を睨んだ
「皆下!殴ってみろ!俺はお前3年間いじめるぞ!」
皆下は怯えていた。
「皆下!お前がいいだしたことだぞ!」
皆下は院長の顔を見て、俺を殴りはじめた
「皆下!お前!」
皆下は目をつぶりながら俺を殴っていた。
「皆下殺すぞ!」
皆下は目をつぶりながら殴り続ける。
「皆下その調子で殴り続けるんだ。」
院長はそう言ってスタスタ歩き、センコーの所へ向かい、コソコソと話していた。院長の方も気になったが、自分が皆下のような人間に殴られていることに腹が立った。普段この男は俺が命令したら、ヘラヘラ笑い、ヘコヘコ頭下げて言うことを聞く男だ。そんな男に殴られている。
「皆下!こんなことしてどうなるかわかってるんだろうな!」
皆下は怯えながらも殴り続けていた。皆下に意識が集中したせいか、梶谷と時田に完全に手足を縛られてしまった。皆下は殴りつかれたせいか俺を殴る手が段々止まっていた。時田と梶谷が皆下のもとにやってきて、自分がやるといいだした。俺は完全にキレていた
「お前らー!」
その時
「や、やめろ!」
皆が驚いた。それは今まで黙っていた倫理のセンコーが止めに入ったのだ。
「と、時田・梶谷・皆下一緒に職員室に来い。優和は席に座っていろ、近藤はしばらくそのままだ。」
時田と梶谷は不満そうに着いていったが、皆下は疲れていたのか時田に支えられながら職員室に行った。俺は優和を見た
「お前、優和って言うんだな。」
優和はまたスタスタと席にもどった
「ああ、自己紹介がまだだったな。私は優和七五三だ。」
「お前センコーに何を言ったんだ?」
非力な皆下とはいえ、何度も殴られたので唇が痛んだ。
「君は群衆というものをしらない。群衆はときとして一人のカリスマを倒してしまうムーブメントを起すんだ。」
「そんな御託はどうでもいいんだよ!センコーに何を言ったんだ!」
「それが今から話す話に重要になってくるんだ。さすがにこのまま事が進んでしまえば、君や時田・梶谷・皆下・私の誰かが退学になる可能性があった。」
「なんでだ?」
「途中で梶谷や時田まで自分から殴ると言ってきただろ?」
「ああ」
「それは皆の心に火を着けてしまったんだよ。そうなると、ある一種の空気が作りあがり、それが心身に対する致命傷に繋がる。だから、先生に言ったんだ。「このままでは話が大きくなるんで自分も含め全員停学にしてください」と」
「なんで自分も含めるんだ?」
優和は呆れた顔をした
「そこが君が群衆というものをわかっていない証拠なんだよ。もし、私を除く他の者が処分されたらどうなる?」
その頃の俺にはわからなかった。優和はため息をついた。
「どうして優和だけ?となるだろう?大岡裁きという奴だ。先生の面子も保てるし、空気に水を指し、全てを無効化することもできるんだ。」
「・・・そうか、だがな、俺はお前や皆下達に対する怒りはまだ残っているぞ。」
「なるほど、では仕方ないな。」
優和ゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと俺の元へ向かってきた。
「このやりかただけはしたくなかった。」
ポケットから折り畳みのナイフを取り出した。クラスの全員が悲鳴をあげた。優和はユラユラと向かってくる
「や、やめろ。」
ナイフや銃には少々の知識があったので偽物のナイフかどうかなんてことは一目でわかった。本物だ。そしてこの男の目も本気だ。
「こうなることを考えて、先生を追い出したんだ!」
振りかぶってナイフが自分の頭に向かってくる。目をつぶった。クラスの人間の悲鳴は止まらない。しかし、不思議と俺に痛みはない。生温い液体がたれ落ちてきた。目を開けるとナイフは優和の手の甲に刺さっていた。
「クッ、さすがに痛いな。これでどうだ?五分五分じゃないか?」
こんなに背筋がゾッとするという経験は始めてだった。
「あぁ」
俺は初めて負けたと思った。それとともにこの男に対する恐怖が支配された。皆下達も俺に対してこんな気持ちだったのだろうか?